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第十一章 欺瞞
84.明かされる真実
仁科と名乗った女性──最果との対面を終えて、間に一日挟んだ二日後の二十八日の朝。
俺とアリスは、再び仁科と会っていた。
ただ、今からする話は、余り他人には聞かせたくなかった為、場所は前回と違い人気のない裏寂れた小さな公園だ。
遊具は申し訳程度にブランコが二台並んでいるだけで、他に目立つ物と言えば、今俺達が座っている年季の入った木製のベンチぐらいだ。
「それで、私に大事な用件があるって事でしたけど、どんな内容なんですか?」
アリスの隣に座る仁科が彼女に尋ねた。特に疑いを抱いている様子はない。
崇拝するアリスに騙されているなど、露程にも思っていないんだろう。
「それは、彼の口から、話して、もらう」
「えっと⋯⋯確か、Aliceさんの従兄弟の相川さんでしたよね? 何故彼が私に?」
きょとんとして小首を傾げる仁科。
「とにかく、聞いてみて」
「は、はい⋯⋯Aliceさんがそう言うのなら⋯⋯」
つっかえながらではあるものの、一応の承諾を得て、俺はそれまで閉じていた口を開いた。
「貴女今、プロ作家のねーじゅ先生に盗作の疑いを掛けて訴えを起こしていますよね?」
単刀直入にそう切り出すと、仁科は、表情を曇らせ、訝しむような視線を向けてきた。
「⋯⋯ええ、そうですけど」
声のトーンが、やや険しいものに変わっている。俺がただの付き添いではないと気付いた様子だ。
「俺はねーじゅ先生の古参ファンで、彼女がWeb作家デビューした当初からその作品を追いかけているんですけど、そのレビューや感想欄で、最果というハンドルネームをよく見掛けていましてね。貴女、最初の頃は、ねーじゅ先生──その頃はまだただのねーじゅでしたね。そのねーじゅさんの作品を絶讃していたのに、ある時期を境に、評価を真逆に変えて、酷評するようになりましたよね?」
「⋯⋯それが、なんだっていうの?」
「いえね。そんなねーじゅ先生に対していい感情を持っていない貴女であれば、彼女を貶めるために、あらぬ疑いをかける──なんていう事もあり得るかと思いまして」
「⋯⋯貴方、もしかして、私の事を疑ってるの?」
「ええ、まぁ」
「ふざけないで。私は、あの女に自分の力作を盗まれた被害者よ」
心外だと言うように反駁する。
ここまでの発言で、だいぶ反感を買ったようだ。声の調子は未だ落ち着いているが、明らかに剣呑さが含まれている。
「じゃあ、俺が今から出す質問に答えて、自分が無実だって事を証明してみてください」
「ええ、いいわよ。私は潔白なんだから、何も恐れる事はないもの」
かかってきなさいとでも言うように、挑戦的に胸を張った。
「では、尋ねさせてもらいます。実は俺は、ねーじゅ先生とプライベートでも付き合いがありましてね。今から二ヶ月と少し前の九月の十四日に、その彼女の家に空き巣が入るという事件が起きたんです。その事は知っていますか?」
「さぁ? 私がそんな事まで知ってる訳ないでしょ」
仁科が嘯く。いいさ。すぐにその仮面を暴いてやる。
「彼女は、特に盗まれた物はなかったと言っていましたが⋯⋯でしたら仁科さん、貴女休日であるその日、一体何をしていたんですか?」
突っ込んで問う。
「九月十四日⋯⋯ああ、その日なら、確か前から楽しみにしていた映画を見ていたわね。その後は、レストランでランチを食べて、街中でショッピングをして、自宅に帰ってきたのは、午後四時くらいだったかしら」
「嘘ですね」
「はぁ? 何を根拠に?」
仁科が声を裏返しながら言い返す。だいぶ苛ついているようだ。
「その日の午後一時頃に、あなたと親しくしているマンションの管理人さんが、知人の引っ越し祝いのお裾分けを持って貴女の部屋を訪れた際に、外から戻ってきた貴女とばったり出くわしたと証言しています。業務帳簿にも記載してあるし、しっかり覚えているとの事でした」
そう言葉の矛盾を指摘すると、彼女は、一瞬焦ったように見えたが、すぐに体裁を整え、発言を撤回した。
「あぁ、そう言えば映画を見にいったのは、その前の週の日曜日だったわ。二ヶ月以上も前の事だから、思い違いをしていたのね」
「苦しい言い訳ですね。それに、本格的な調査が始まれば、街中に設置されている監視カメラの映像などから、貴女がその日、本当に取っていた行動が明るみになる筈です」
「だから何だっていうのよ。休日にどこで何をしていようと私の勝手でしょ?」
「それが、空き巣の犯行があった家の周辺であっても、ですか?」
「仮にそうだったとしても、そんなの偶々そこにいたってだけの事よ」
つらつらと言い訳を募らせる仁科。チェックメイト前の悪あがきだ。
「そうですか。じゃあ、次にこれを見てください」
俺はそう告げると、スマホを操作して、その画面を仁科の方へと向けた。
「これって⋯⋯」
それを見た仁科が、驚きに目を大きく見開く。
──『そうだね⋯⋯その秘密が暴かれた時の彼女の心情を綴るとしたら、「彼女は、その剥がした仮面の下に現れた真実を、驚きと喜び、そしてほんの少しの悲しみを抱きながら迎え入れた」──そんなところかな』
「これは、そのねーじゅ先生が、空き巣被害に遭う十日程前に、俺とRainで交わしたやり取りです。ここにはっきりと、貴女が一字一句違わずに真似されたって主張しているのと同じ言葉が彼女のハンドルネームで記されていますよね? つまり、この時点で既に彼女はこのアイデアを思い付いていたという事になる。そのアイデアを貴女が後になって使ったんだから、盗作したのは、貴女の方だ!」
「──ッ!」
俺が語気を強めて突き付けると、仁科は苦々しげに顔を歪めながら、二の句が継げなくなった。
「このRainのトーク履歴という証拠と、今の証言を俺達が聞いたと言えば、今貴女が起こそうとしている裁判が仮に開かれたとしたら、どういう結果になるでしょうね。逆に貴女が、詐欺罪、虚偽告訴罪、偽計業務妨害罪、偽証罪なんかに問われる事になるかもしれませんよ」
「うるっさいわね! 青臭いガキのくせに、不躾にさっきから、くだらない事をべらべらと! 名探偵でも気取ってんの!?」
それまで唇を戦慄かせていた仁科は、突如豹変したように、声を荒らげて激昂したかと思うと、
「ええ、いいわ。そんなに知りたいなら、話してあげる」
開き直ったようにして、その秘されていた真実を語り始めた。
最初は、強い憧れを抱いていた。
でも、ある時、自分の自信作が、あのクソ女の作品の劣化コピーみたいだと読者に酷評された。
許せなかった。
強い憧れは激しい憎しみに取って代わり、どうにかしてあのクソ女を蹴落としてやりたいと思った。
そんな時、調子に乗った馬鹿──多分あのクソ女の学校の生徒でしょうけど、その個人情報をネット上に晒した。
それで、ねーじゅが青黎に通っている雪代怜愛だって分かった。
偶然にも身元を特定出来た私は、あのクソ女が学校から帰っているところの後をつけて、自宅の場所も突き止めた。
そして、あのクソ女を痛い目に遭わせる為の計画を立てて、それを実行に移した。
休日に、あのクソ女の両親が車で出掛けていくのを物陰で確認してから、監視カメラの死角をついて、窓を破って侵入した。
あのクソ女の家、奇遇な事に私が勤めるセキュリティ会社と契約してたから、その警備状況のデータの管理を任されていた私には、それくらい容易だったわ。
そして、リビングにそっと忍び込むと、あのクソ女がソファで横になって寝ていた。
その前のテーブルには、あいつの物だと思われるノートパソコンが置かれていた。
スリープ状態にしてあった画面を開いて見ると、あの女不用心な事にその設定をしていなかったらしくて、解除にパスワードも要求されなかった。
それを見て、私は計画を変更する事にした。
当初は、パソコンを壊して執筆データを消したりして嫌がらせしてやろうくらいしか考えてなかったけど、気が変わった。
念のためにと持ってきておいたUSBメモリに、『変調愛テロル三巻』と名付けられているファイルのデータをコピーした。
そして、あのクソ女が目を覚ます前に、破った窓から家の外に出た。
後は、話さなくても分かることでしょう?
コピーしたデータを元に作品を執筆して、あいつが新刊を発売する前にその連載を始めておいて、発売された後に、盗作されたって訴えた訳。
仁科は、それらの事実を、自分の仕事ぶりに満足したかのように、鼻高々に語ってみせた。
「やっぱり、そういう事でしたか⋯⋯」
ある程度予想出来ていたが、改めて聞かされると、嫉妬に塗れた逆恨みでしかない非道な犯行だったと分かる。
「でも、だから何? あのクソ女と仲良くしているあんた達がどれだけ証言したって、ただ仲間を庇おうとして嘘を吐いてるって判断されるのがオチ。そのRainのトーク履歴だって、どうせあんたが違法ツールを使って偽造でもしたんでしょう? そんな都合のいいデータが残っている訳ないもんね。私がやっていたっていう確実な証拠はない筈よ。逆にあんた達こそ偽証罪に問われるんじゃない? それが嫌なら、さっさとこの件からは手を引く事ね」
そう最後に言い放つと、仁科は、流石に騙されていたと気付いたらしく、崇拝していたはずのアリスにも別れの挨拶をする事はせず、不快そうに顔をしかめつつ立ち上がると、公園を出ていった。
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