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第十三章 アイドル転校生との勝負
89.アイドルからの挑戦状と第十五ミッション
イベント尽くしだった二学期と違い、三学期のイベントは少ない。
主なものと言えば、一月下旬に開催される校内マラソン大会。
二月の中旬に行われる学年末考査。
そして、三月の初めに行われる卒業式くらいだろう。
その内の最初のイベント──校内マラソン大会の開催が一週間後に迫ってきた教室。
そこでは、ちらほらと「だりー」だの、「走りたくねー」等の主にそれを厭う声が聞こえるようになってきていた。
長距離を走らされるマラソン大会は、ただの苦行でしかないんだろう。
文化祭や体育祭、修学旅行等の陽キャ達にとっては楽しい事ばかりなイベントと違うからな。
俺はと言えば、毎日日課として朝ランニングしているから、それ程苦にはならない。
むしろ陽キャ達が出しゃばらない分、楽しみにしているまである。
そんな俺が、萎れている陽キャ達を尻目に自分の席で内心ほくそ笑んでいると、後ろの席から怜愛が傍に寄ってきた。
今は登校してきて未だ間もない頃。
朝のホームルームまでは、後三十分程はある。
「マラソン大会が近付いてきて、皆気怠そうにしてるね」
怜愛がクラスメイト達に視線を巡らせる。
「陽キャが大人しくなるなら、俺は大歓迎だ」
彼等が滅んだ世界を思い描きながら、そこに一つの理想を見い出しつつ答えた。
「君は毎日ランニングしてるだけあって余裕そうだね」
「まぁな。十キロ程度なら楽なもんだ」
「頼もしい限りだね。これは上位を狙えるかな?」
とその目に期待の色を宿しながら。
「学年別ではあるものの、流石に毎日のように長距離を走って鍛錬を積んでいる陸上部の連中には敵わないよ」
ある程度好成績を残す自信はある。
それでも、運動部員達を押し退けて十位以内に入る事は至難だろう。
「けど、君には人並み外れた身体能力があるからね。どういう結果になるかは、やってみるまで分からないよ」
過分な評価だが、それは彼女の信頼の証だ。
彼氏としては、少しでもいいところを見せたいものだな。
「まぁ、無理のない範囲で頑張るよ」
二人でそんな会話をしていると、アイドル転校生の鴻上が、その間に割って入ってきた。
始業式の翌日に、怜愛にアプローチを掛けて素気なくあしらわれて以来、鳴りを潜めていたが、ここでアクションを起こしてくるのか。
「緋本、俺と今度のマラソン大会で勝負しないか?」
「勝負だって?」
何を言い出すかと思えば⋯⋯君と俺が争ってなんになる。不毛なだけだろうに。
大人しく、女子達にちやほやされるだけで満足していろ。
「ああ。俺が勝ったら、怜愛さんと一日デート出来る権利をもらう」
「「はぁ?」」
俺と怜愛の声が重なった。
何言ってるんだ、こいつ? 勝手に彼女を下の名前で呼んでもいるし、君のレート帯は、猿山のボスと同程度か?
「もし俺が負けるような事があれば、何か大事な用件がある時など以外は、彼女には一切近付かないと約束しよう。怜愛さんを賭けて争うんだ。こちらもそれくらいのリスクは払わないと、フェアじゃないからな」
「なるほどね。そういう事なら、私は構わないよ」
「怜愛? 君、それでいいのか?」
まさか、怜愛がその申し出を承諾するとは思わなかった。
仮に俺が負けたら、君は蛇蝎の如く嫌っている男とデートしなければいけないんだぞ?
「だって、金輪際彼と関わらなくてもよくなるんでしょ? 君がこんな腐ったキャベツなんかに負ける筈がないし、けちょんけちょんにのしてやってよ」
どこまでも楽観的な怜愛。彼女には、俺が勝利するビジョンしか描けていないらしい。
「腐ったキャベツというのがよく分からないけど⋯⋯怜愛さんもこう言ってるんだ。まさか逃げないよな、緋本?」
不敵な笑みを向けられ、引く事が難しくなった俺は、
「分かったよ。その勝負に応じる」
そう答えを返すしかなかった。
「これは面白くなってきました」
「一人の美少女を巡って、イケメン同士が争う──ねぇ、それ何て少女漫画?」
「俺は緋本が勝つのにジュース一本賭けるぜ!」
「トウヤ君も、アイドルだらけの運動会で活躍してたし、持久力もありそうじゃない?」
俺達の会話を聞いていたクラスメイト達が、いつもの如く騒ぎ立てる。
──今度の校内マラソン大会は、俺にとっての楽しいイベントの筈だったのに⋯⋯。
俺の平穏は、中々戻ってきそうになかった。
§
夜の始まりを鳴らすのは、Nirvanaの『Smells Like Teen Spirit』──。
1990年代に起こったグランジムーブメントを代表する十代の若者達の革命の歌。
オルタナティブ・ロックをメインストリームに位置付けたその曲は、静かなギターとボーカルから、サビで歪んだギターとドラムが激しく鳴る、静から動へのダイナミズム特徴だ。
この前、同じ静と動を一曲の中で表現しているAliceの歌を聴いた影響で、この曲を引っ張り出してきた。
その曲を聴きながら、怜愛とRainでトーク。お決まりのルーティンだ。
ねーじゅ『それでは始めます。第十二回「緋本蒼介成り上がりリア充プロジェクト」会議!』
ブルー『今回のミッションは、言わずと知れた校内マラソン大会だろ?』
ねーじゅ『そういう事。じゃあ、発表するね。第十三ミッション! ──』
ブルー『ちょっと待ってくれ。年末、君が盗作の疑いを掛けられた時に、俺は自分に二つのミッションを課していたんだよ。君への冤罪を晴らす事と、失踪してしまった君を無事に連れ戻すっていうな。それを第十三と第十四のミッションとした』
ねーじゅ『そうだったんだね⋯⋯うん。じゃあ、次は第十五ミッションって事だね。では発表します。第十五ミッション『校内マラソン大会で上位を目指し、あの憎き腐ったキャベツに勝とう!』』
ブルー『来栖といい鴻上といい、何で俺はいつもイケメンとばっかり因縁があるんだろう』
ねーじゅ『業ってやつじゃない?』
ブルー『慎ましく陰に潜んでやってきたつもりだったのに⋯⋯解せぬ』
ねーじゅ『最近じゃ完全にスポットライトが当てられてたけどね。思えば去年は随分と濃い時間だったんじゃない?』
ブルー『ああ。GWのオフ会で君と直接対面してからは、いつも何かしらのイベントでミッションを遂行していて、息を吐く暇もなかった気がするよ』
ねーじゅ『そして、今年は更なる飛躍の年──その為に最大の障害となり得るあの腐ったキャベツを、ここでぎゃふんと言わせて、二度と馬鹿な考えを起こさないようにしてやるんだ』
ブルー『でもあいつ、聞いた話だと顔だけじゃないみたいだぞ? 体力も高いらしい。女子達が話してた』
ねーじゅ『アイドルにしては──って事でしょ? そんなの隠れハイスペックな蒼介君の敵じゃないよ』
ブルー『君の俺に対するその絶対の信頼はどこからくるんだ?』
ねーじゅ『君は私にとってのヒーローだからね』
ブルー『面映ゆいな。ペシミストなヒーローって言ったら、有名なところで、バットマンやロールシャッハか』
ねーじゅ『後、『進撃の巨人』のリヴァイ兵長とかね。そういう観点で見ると、負の側面を持つヒーローって格好良い』
ブルー『俺をそんなキャラクター達と並べないでくれよ、烏滸がましい』
ねーじゅ『ともあれ、ペシミストなヒーローの君には、マラソン大会で頑張ってもらわないとね。私、腐ったキャベツなんかとデートなんかするの、やだよ?』
ブルー『俺だって、君を奪われたくはない。それがたった一日だとしてもな』
ねーじゅ『うん。素直な君はより魅力的だよ。マラソン大会での走り、期待してるね。私も目一杯応援するよ』
ブルー『ああ。任しておけ。落胆させないだけの走りは見せてやるよ』
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