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あらう
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「目が覚めたか」
「今すぐ立て。そうすれば、今のお前の全てを救ってやる」。そう言って、全てを諦めかけた私に勇気をくれた人の声が、目の前の兜の隙間から聞こえた。
その人の声がまた聞こえると言うことは、まだ生きているのか、私は。
背中には柔らかい、ベッドの感触。仰向けで寝かされていて、視界に入るのは銀色の兜と白い天井。
上体を起こそうと腹筋に力を入れようとしたが、どれだけ踏ん張っても、そもそも力が入るどころか逆に抜けていく。顔や右手は辛うじて動くものの、他は動く気配が全くない。
身体の異変に戸惑っていると、再び兜が喋る。
「怪我をした箇所は力が入らないはずだ。薬の副作用で、あと半日はその状態のままだろう。不便になることは分かり切っていたが、止むを得なかった。我慢してくれ」
想像していたよりも優しい口調と言葉遣い。
気を失う前の印象と大分違い、案外怖くない人なのかもしれない。加えて、低めのトーンで落ち着いてはいるものの、声質や喋り方が女性だった。あの時は瀕死過ぎて気付かなかった。
首だけ動かして周りを見渡すと、右方はすぐに白い綺麗な壁、左方は少し開けた空間に鏡やタンスなどが置いてあり、恐らくどこかの民宿か、家か。
視界の端ではガチャガチャと音を立てて、何やら作業をしているであろう甲冑の姿。どうして脱がないんだろう。
「あの……ええと…」
「センダンと呼べ」
「あ…ええと、センダン……さん。えーと」
頭の中でいくつも知りたいことが浮かんできて、何も考えずに口を開いてしまったことを後悔する。口籠って、優柔不断な思考をまとめようと目を回していると、センダンが助け船を出してくれた。
「何故自分が生きているのか気になるか?」
コクコクと頷く。
「そうだな。簡潔に言うのなら、運があったな。しかしその運を掴むまで歩を進めたのは、確かにお前の功績だった。だから助けた。救う価値があったから救った。それまでだ」
「…」
分かったような、全然分からなかったような。分厚い金属の下の誇らしげな顔がありありと浮かぶ。この調子だと、何を聞いても望むままの回答が得られる気がしない。
数秒の沈黙が流れる。気まずさでこの場から離れたくなっても、身体が動かせない以上、甘んじてこの拷問を受ける他ない。近くからぽたぽた、水の弾ける音が聞こえてきたが、この鎧の女は何をする気なのだろう。いい加減不安になってきた。
「あの…何してるんですか?」
満を持して尋ねてみると、一拍置いて、目の前に白いタオルの握られた、同じくらい真っ白な手が伸びてくる。ぎょっとして「わ、わ」と変な声を漏らしていると、タオルが頬に触れ、ひんやりと冷たい、気持ちの良い感触が伝わる。
「その状態で風呂には入れないだろう。一先ずお前の全身を拭いていくから、動けるようになるまでは、これで我慢してくれ」
「あぁ…あ、ありがとうございます」
思いの外律儀な行動に困惑する中、優しく顔面が拭かれていく。途中から段々と安心感が生まれ、ボーっとしながら首元まで綺麗にされていく様子を、目を瞑って楽しんでいたら、その感触がスムーズに下へ伸びていくのを感じ、違和感に目を見開いた。
頭を持ち上げてみると自分の体を見ると、どうして今まで気付かなかったのか、身ぐるみを全て剝がされて素っ裸になっていた。よって、タオルが鎖骨、胸、その天辺へと、何の抵抗もなく浸食していく。
変に柔らかい触り方をされて、若干感覚が麻痺してる右半身も触れられるだけで体がピクリと震える。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って…あっ、んむぅ」
こそばゆさで変な声が漏れて恥ずかしく、口を押える手がないから思い切り口を閉じるが、その努力も虚しく、代わりに鼻から漏れるだけだった。見ず知らずの他人に衣服を剥かれて、身体を拭かれることに異常な恥ずかしさを覚えた。
以前、初対面のルビアの身体を拭いたことがあったが、もしあの時彼女に意識があったなら、こんな気分になっていたのだろうか。心の中で謝る。
ルビアにされるならまだしも、顔も知らない人に好き勝手されて、良い気分は覚えない。それが例え、自分を救ってくれた恩人だとしても。
「ちょ…あっ、やめって…んっんぅ…ください」
「何か言ったか?」
悶えながら拒否するも、口を開く度に喘ぎ声が出てきて上手く喋れない。自分の意思とは関係なくビクビクと体が震え、それを全く意に介さない様子のセンダンは容赦なく私の身体を弄ぶ。ここまで分かりやすく反応があれば何かしら察せる気もするが、鈍感なのか、気にしないフリをしているのか。
「そうっ…じゃなくて…んぁっ……恥ずかしいぃです」
「あ、あぁ、すまない。しかし、少しの間我慢してくれ。お前も汗を掻いたまま眠りにつくのは嫌だろう」
「い…やぁっ…だけど」
ゆったりとマイペースにお腹から太ももまで撫でられ、勿論タオル越しではあるものの、湿った感触の上から人肌の温かさが混じり、触られた箇所がじんわりと熱を帯びる。
吐く息も次第に熱くなり、心では拒否していても、身体が勝手に火照っていく。
きっと今、あの甲冑の下から私の陰部が丸見えなんだろう。口から内臓が飛び出そうな程恥ずかしいけど、隠すための手は尚も動く気配はない。
ある程度予想はしていたが、一呼吸置いた後、大陰茎の周りを綺麗になぞるように撫でられ、その下の肛門付近まで手が伸びていく。あり得ない程びくびくと身体が震え、体が万全な状態だったら、絶対エビぞりになっていた。
今までは飽くまで、お風呂の代わりなだけだと割り切って考えていたが、ちょっとヤバいかもしれない。
と言うか、無理。絶対に今、私、ヤバいから。
センダンは何も言わない。何も言わないのが、逆に一番恥ずかしい。どう考えても濡れてるし見られてるし、それが真面目な善意であることが余計に嫌だ。茶化された方がまだましだ。
「あっ…んんんぅ!!いやっ…あんぅぅぅ!」
どれだけ頑張って声を抑えても、部屋中に喘ぎ声が響き渡っていく。ただの愛撫にも関わらず、少しだけイってしまう。絶対に気付かれているはずなのに、センダンはひたすら作業に勤しんでいる。
大事な箇所を洗い終えた後は、チャパチャプとタオルを水で綺麗にする音が聞こえ、再び肌に湿った布が触れる。
膝から脹脛へ、そして足の腹から指の隙間、足裏まで丁寧に丁寧に、宝物でも磨くかのように慎重な仕草で擦られていく。
正面が終わったらすぐにうつ伏せにされて、背面も同じ要領で拭かれていく。恥ずかしさに頭の中で悶えてる間に、気付けば体を全て拭かれ終えていて、次に気付いた時には服を着せられ、上から薄い毛布を被せられていた。
私はもう茹で上がった蛸のような状態で、どこにもぶつけようがない感情を持て余していた。
タオルの入ったバケツを持って部屋から立ち去ったセンダンが帰ってきて、私の様子には触れずに淡々と話し始めた。
「現状、お前の妹は『チューベロー』と言う国の防衛機関に連行されていると考えられる。彼女が建物の中に連れていかれてから、既に丸一日が経過している。まだ使用するまでには至っていないと思うが、なるべく早く取り返しに向かいたい。よって、今から作戦を伝える。心して聞いてくれ」
「え、えーと…いもう……分かりました」
「まず、私が見えた限りでは『アザレア』の数は五枚。それ以外でも防衛機関の人間はいたが、そいつらは雑魚だから数に含まないものとする。そして私はアザレアなら五人程度なら相手に出来る。しかし、私は戦闘に入ると周りが見えなくなる。だからお前は、周りにたかっている雑魚を蹴散らし、妹を助けろ。以上が作戦だ」
「わ、分かりました……作戦…」
「半日後にはお前も万全になっているはずだ。完全に身体を動かせるようになったら、お前に鍛錬を積ませ、最低でも防衛機関の雑魚と戦える程度までは強くなってもらうつもりだ」
「はい、分かりました。なんでもやります」
何も分からないけど、この人とちゃんと対話出来なさそうだと言うことだけは改めて分かった。
ぼんやりと頭の中に入ってきた重要そうな情報だけまとめてみる。
妹、恐らくルビアのことだろうが、ルビアが『アザレア』―『エリクサー』とも呼ばれている―に『チューベロー』と言う国に連れ去られた。そして、ルビアはまだ無事。これは嬉しい情報だ。
問題なのはここからで、ルビアを取り巻いているアザレアの数が五人いて、それの相手をセンダンさん一人で引き受けてくれるらしい。アザレア一人でもあんなに絶望的に強かったのに、とてもじゃないけど信じられない。加えて、私がチューベローの国家防衛兵士たちを相手にし、そのままルビアを連れて帰ると言う作戦らしい。ここまで来て「無理」と言う言葉は発したくないものの、現実的に考えると、現段階だと余程工夫しない限りは難しいだろう。いや、だからこその『鍛錬』なのか。
自問自答で会得してから、改めて脳内で話をまとめてみてから、ふと思った。
ルビアが『妹』…いいな。
***
生きてきた中で最高の夢と、最悪の目覚めだった。
「あ゛ぁ゛……ああ゛あ゛あああぁあぁ…」
体内のあちこちを、ナイフで切り刻まれているような激痛。寝起き一秒で意識が覚醒する。そして、すぐに現状を把握する。
これが、アザレアとしての役割を全うした経験者たちが揃って口にしていた、一つ目の地獄である『洗浄』であるとすぐに察した。
洗浄とは、『魔力・体外・体内洗浄』。
このまま問題が無ければ、私はこの豪邸で働いているであろう防衛兵士の誰かに、強制的に身体を、一生を捧げて肉奴隷になるだろう。つまり、私は現在「商品」としてこの場に存在している。
品質の良い商品とするために、害のある菌や病気を取り除くため、今所持している魔力、体内外の洗浄が一日に数回行われる。
全身から魔力が洗い流されて無気力になり、体内洗浄によって、体中が強烈な痛みに襲われる。
前もって聞いていた情報がフラッシュバックされる。
自分が今どういう服装なのか、ここはどこなのか、考えている暇もなく、頭を働かせようとする度に痛みが脳内を支配していく。
身体が勝手によじれ、顔が引き攣り、視界が真っ暗になるたびに激痛によって何度も叩き起こされる。
気が狂いそうになりながらも、出来るだけ周りを見ようと、身体が痛みで自然と向きを変えるのに乗じて少しだけでも情報を探る。
担架のような器具に乗せられて、地面は赤く、数人に囲まれていて、天井には光の強いデカい電灯が架かっている。単なる通路もかなり広く、私を連れ去ったアザレアは隣国の防衛機関から依頼があったと言っていたが、余程の金持ちの国なのだろうか。
そこまで途切れ途切れに思考を繋ぎ合わせたところで意識が半分失せて、痛みが収まってきて目の覚めた時、私はだだっ広い部屋の中にいた。
天井に吊るされているシャンデリア、無駄に光を反射して輝いている椅子や机、窓、扉、カーペット、他の装飾のデザインなどが一々華美で、さっきの良そうに違わず、金持ち感が駄々洩れている。
目に見える限りでは三人、私をイブの元から連れ去った際に見た顔が確認できた。他の二人はもう故郷に帰ったのか、それとも、ここにいるやつらと交代制なのか。
彼らは監視役として配置されているのだろうが、目覚めた私に一瞥もくれる様子はない。こっそり移動すれば、何かの間違いで抜け出せないだろうか。
雑な思い付きで、ハイハイで窓の方へ移動してみたが、見えない壁に阻まれて頭をぶつける。体内の魔力がほとんど無くなっていたから気付かなかったが、多分小さな防衛魔法で閉じ込められている。見た目より厳重なようだ。
さっき見た夢で、イブに「―頑張るから―負けない―」などとデカい口を叩いた手前、芯から諦めるつもりはないものの、この場に限っては、隙は塵ほども見当たらない。
何か出来るタイミングがあるとすれば、さっきの洗浄後。しかし、あの痛みに蝕まれながら、しかも魔法も使えない状態でアザレアたちを蹴散らして脱出するなんて、針山を素手で登っていくようなものだ。
可能性を模索していたら、豪華な扉が開かれ、私を連れ去ったアザレアの一人が顔を見せた。これで最低でも、四人はこの場に残っていることが確定した。
そのアザレアは両手で金属のトレイを持ったままこちらへ近付き、魔力の壁を貫通して、それを私の近くの地面に置いた。
見れば、それは丁寧に盛り付けられた料理だった。野菜に肉を始めとした、栄養に気の遣われた献立。
料理の隣に置かれたスプーンを手に持ち、料理をつつくが味はほとんどしない。そういえば、アザレアの施設に居る時もこんな感じの味気のない料理だったことを思い出した。数日間だけでも、ディグニティさんの手料理に慣れてしまった後だと、どんなモノでも霞んで見えてしまう。
しかし腹は減っているから食は進む。
真顔で顎を動かして、栄養を胃に運ぶ作業をしていると、およそ食べ物には見えない白い紙の切れ端を見つけた。一部、野菜に隠れて見づらいものの「ン・ハレン」の字が見える。何かの呪文の一部だろうか。
なるべく表情を変えないように顔を上げると、まだ目の前にさっきの女のアザレアが笑顔でこちらを観察していて、ギョッと目を見開いた。今まで全員機械のような真顔を貫いていたのに、どういう風の吹き回しなのか。
女は料理を指さして、何やら口を動かした。口の動きだけで言葉を読み取る能力なんてものは持ち合わせてないが、何となく「見ろ」と言っているような気がする。
もし違う意図で男がこちらを見ていたとして、どちらにせよ読めればいいから、スプーンで切れ端を転がして読める位置まで持ってきた。
『ノー・ゼン・ハレン』。
恐らく、呪文。でも、私はそもそも魔法なんて勉強出来ない環境にいたし、知っているのは、イブのところにあった本で読んだ呪文をいくつか。正直、魔法についてはよく分からない。
目を数回瞬かせてからまた顔を上げると、男は満足そうに大きく頷き、さっさと部屋から出て行ってしまった。
紙は野菜と一緒に飲み込み、一先ず、謎の言葉を頭に留めておくことにする。
それからは淡々と時間だけが過ぎていき、激痛にもだえ苦しみながら、イブとの思い出を頭に巡らせて精神を保ちつつ、出来るだけ周りの情報を頭に叩き込んでいく。
念のため、その後出てくる料理も注意深く食べていたが、『ノー・ゼン・ハレン』と書かれた切れ端からは特に変わったものが発掘されることはなく、あんなに笑顔だった女が再び表情を崩すことはなかった。
「今すぐ立て。そうすれば、今のお前の全てを救ってやる」。そう言って、全てを諦めかけた私に勇気をくれた人の声が、目の前の兜の隙間から聞こえた。
その人の声がまた聞こえると言うことは、まだ生きているのか、私は。
背中には柔らかい、ベッドの感触。仰向けで寝かされていて、視界に入るのは銀色の兜と白い天井。
上体を起こそうと腹筋に力を入れようとしたが、どれだけ踏ん張っても、そもそも力が入るどころか逆に抜けていく。顔や右手は辛うじて動くものの、他は動く気配が全くない。
身体の異変に戸惑っていると、再び兜が喋る。
「怪我をした箇所は力が入らないはずだ。薬の副作用で、あと半日はその状態のままだろう。不便になることは分かり切っていたが、止むを得なかった。我慢してくれ」
想像していたよりも優しい口調と言葉遣い。
気を失う前の印象と大分違い、案外怖くない人なのかもしれない。加えて、低めのトーンで落ち着いてはいるものの、声質や喋り方が女性だった。あの時は瀕死過ぎて気付かなかった。
首だけ動かして周りを見渡すと、右方はすぐに白い綺麗な壁、左方は少し開けた空間に鏡やタンスなどが置いてあり、恐らくどこかの民宿か、家か。
視界の端ではガチャガチャと音を立てて、何やら作業をしているであろう甲冑の姿。どうして脱がないんだろう。
「あの……ええと…」
「センダンと呼べ」
「あ…ええと、センダン……さん。えーと」
頭の中でいくつも知りたいことが浮かんできて、何も考えずに口を開いてしまったことを後悔する。口籠って、優柔不断な思考をまとめようと目を回していると、センダンが助け船を出してくれた。
「何故自分が生きているのか気になるか?」
コクコクと頷く。
「そうだな。簡潔に言うのなら、運があったな。しかしその運を掴むまで歩を進めたのは、確かにお前の功績だった。だから助けた。救う価値があったから救った。それまでだ」
「…」
分かったような、全然分からなかったような。分厚い金属の下の誇らしげな顔がありありと浮かぶ。この調子だと、何を聞いても望むままの回答が得られる気がしない。
数秒の沈黙が流れる。気まずさでこの場から離れたくなっても、身体が動かせない以上、甘んじてこの拷問を受ける他ない。近くからぽたぽた、水の弾ける音が聞こえてきたが、この鎧の女は何をする気なのだろう。いい加減不安になってきた。
「あの…何してるんですか?」
満を持して尋ねてみると、一拍置いて、目の前に白いタオルの握られた、同じくらい真っ白な手が伸びてくる。ぎょっとして「わ、わ」と変な声を漏らしていると、タオルが頬に触れ、ひんやりと冷たい、気持ちの良い感触が伝わる。
「その状態で風呂には入れないだろう。一先ずお前の全身を拭いていくから、動けるようになるまでは、これで我慢してくれ」
「あぁ…あ、ありがとうございます」
思いの外律儀な行動に困惑する中、優しく顔面が拭かれていく。途中から段々と安心感が生まれ、ボーっとしながら首元まで綺麗にされていく様子を、目を瞑って楽しんでいたら、その感触がスムーズに下へ伸びていくのを感じ、違和感に目を見開いた。
頭を持ち上げてみると自分の体を見ると、どうして今まで気付かなかったのか、身ぐるみを全て剝がされて素っ裸になっていた。よって、タオルが鎖骨、胸、その天辺へと、何の抵抗もなく浸食していく。
変に柔らかい触り方をされて、若干感覚が麻痺してる右半身も触れられるだけで体がピクリと震える。
「ちょ、ちょちょ、ちょっと待って…あっ、んむぅ」
こそばゆさで変な声が漏れて恥ずかしく、口を押える手がないから思い切り口を閉じるが、その努力も虚しく、代わりに鼻から漏れるだけだった。見ず知らずの他人に衣服を剥かれて、身体を拭かれることに異常な恥ずかしさを覚えた。
以前、初対面のルビアの身体を拭いたことがあったが、もしあの時彼女に意識があったなら、こんな気分になっていたのだろうか。心の中で謝る。
ルビアにされるならまだしも、顔も知らない人に好き勝手されて、良い気分は覚えない。それが例え、自分を救ってくれた恩人だとしても。
「ちょ…あっ、やめって…んっんぅ…ください」
「何か言ったか?」
悶えながら拒否するも、口を開く度に喘ぎ声が出てきて上手く喋れない。自分の意思とは関係なくビクビクと体が震え、それを全く意に介さない様子のセンダンは容赦なく私の身体を弄ぶ。ここまで分かりやすく反応があれば何かしら察せる気もするが、鈍感なのか、気にしないフリをしているのか。
「そうっ…じゃなくて…んぁっ……恥ずかしいぃです」
「あ、あぁ、すまない。しかし、少しの間我慢してくれ。お前も汗を掻いたまま眠りにつくのは嫌だろう」
「い…やぁっ…だけど」
ゆったりとマイペースにお腹から太ももまで撫でられ、勿論タオル越しではあるものの、湿った感触の上から人肌の温かさが混じり、触られた箇所がじんわりと熱を帯びる。
吐く息も次第に熱くなり、心では拒否していても、身体が勝手に火照っていく。
きっと今、あの甲冑の下から私の陰部が丸見えなんだろう。口から内臓が飛び出そうな程恥ずかしいけど、隠すための手は尚も動く気配はない。
ある程度予想はしていたが、一呼吸置いた後、大陰茎の周りを綺麗になぞるように撫でられ、その下の肛門付近まで手が伸びていく。あり得ない程びくびくと身体が震え、体が万全な状態だったら、絶対エビぞりになっていた。
今までは飽くまで、お風呂の代わりなだけだと割り切って考えていたが、ちょっとヤバいかもしれない。
と言うか、無理。絶対に今、私、ヤバいから。
センダンは何も言わない。何も言わないのが、逆に一番恥ずかしい。どう考えても濡れてるし見られてるし、それが真面目な善意であることが余計に嫌だ。茶化された方がまだましだ。
「あっ…んんんぅ!!いやっ…あんぅぅぅ!」
どれだけ頑張って声を抑えても、部屋中に喘ぎ声が響き渡っていく。ただの愛撫にも関わらず、少しだけイってしまう。絶対に気付かれているはずなのに、センダンはひたすら作業に勤しんでいる。
大事な箇所を洗い終えた後は、チャパチャプとタオルを水で綺麗にする音が聞こえ、再び肌に湿った布が触れる。
膝から脹脛へ、そして足の腹から指の隙間、足裏まで丁寧に丁寧に、宝物でも磨くかのように慎重な仕草で擦られていく。
正面が終わったらすぐにうつ伏せにされて、背面も同じ要領で拭かれていく。恥ずかしさに頭の中で悶えてる間に、気付けば体を全て拭かれ終えていて、次に気付いた時には服を着せられ、上から薄い毛布を被せられていた。
私はもう茹で上がった蛸のような状態で、どこにもぶつけようがない感情を持て余していた。
タオルの入ったバケツを持って部屋から立ち去ったセンダンが帰ってきて、私の様子には触れずに淡々と話し始めた。
「現状、お前の妹は『チューベロー』と言う国の防衛機関に連行されていると考えられる。彼女が建物の中に連れていかれてから、既に丸一日が経過している。まだ使用するまでには至っていないと思うが、なるべく早く取り返しに向かいたい。よって、今から作戦を伝える。心して聞いてくれ」
「え、えーと…いもう……分かりました」
「まず、私が見えた限りでは『アザレア』の数は五枚。それ以外でも防衛機関の人間はいたが、そいつらは雑魚だから数に含まないものとする。そして私はアザレアなら五人程度なら相手に出来る。しかし、私は戦闘に入ると周りが見えなくなる。だからお前は、周りにたかっている雑魚を蹴散らし、妹を助けろ。以上が作戦だ」
「わ、分かりました……作戦…」
「半日後にはお前も万全になっているはずだ。完全に身体を動かせるようになったら、お前に鍛錬を積ませ、最低でも防衛機関の雑魚と戦える程度までは強くなってもらうつもりだ」
「はい、分かりました。なんでもやります」
何も分からないけど、この人とちゃんと対話出来なさそうだと言うことだけは改めて分かった。
ぼんやりと頭の中に入ってきた重要そうな情報だけまとめてみる。
妹、恐らくルビアのことだろうが、ルビアが『アザレア』―『エリクサー』とも呼ばれている―に『チューベロー』と言う国に連れ去られた。そして、ルビアはまだ無事。これは嬉しい情報だ。
問題なのはここからで、ルビアを取り巻いているアザレアの数が五人いて、それの相手をセンダンさん一人で引き受けてくれるらしい。アザレア一人でもあんなに絶望的に強かったのに、とてもじゃないけど信じられない。加えて、私がチューベローの国家防衛兵士たちを相手にし、そのままルビアを連れて帰ると言う作戦らしい。ここまで来て「無理」と言う言葉は発したくないものの、現実的に考えると、現段階だと余程工夫しない限りは難しいだろう。いや、だからこその『鍛錬』なのか。
自問自答で会得してから、改めて脳内で話をまとめてみてから、ふと思った。
ルビアが『妹』…いいな。
***
生きてきた中で最高の夢と、最悪の目覚めだった。
「あ゛ぁ゛……ああ゛あ゛あああぁあぁ…」
体内のあちこちを、ナイフで切り刻まれているような激痛。寝起き一秒で意識が覚醒する。そして、すぐに現状を把握する。
これが、アザレアとしての役割を全うした経験者たちが揃って口にしていた、一つ目の地獄である『洗浄』であるとすぐに察した。
洗浄とは、『魔力・体外・体内洗浄』。
このまま問題が無ければ、私はこの豪邸で働いているであろう防衛兵士の誰かに、強制的に身体を、一生を捧げて肉奴隷になるだろう。つまり、私は現在「商品」としてこの場に存在している。
品質の良い商品とするために、害のある菌や病気を取り除くため、今所持している魔力、体内外の洗浄が一日に数回行われる。
全身から魔力が洗い流されて無気力になり、体内洗浄によって、体中が強烈な痛みに襲われる。
前もって聞いていた情報がフラッシュバックされる。
自分が今どういう服装なのか、ここはどこなのか、考えている暇もなく、頭を働かせようとする度に痛みが脳内を支配していく。
身体が勝手によじれ、顔が引き攣り、視界が真っ暗になるたびに激痛によって何度も叩き起こされる。
気が狂いそうになりながらも、出来るだけ周りを見ようと、身体が痛みで自然と向きを変えるのに乗じて少しだけでも情報を探る。
担架のような器具に乗せられて、地面は赤く、数人に囲まれていて、天井には光の強いデカい電灯が架かっている。単なる通路もかなり広く、私を連れ去ったアザレアは隣国の防衛機関から依頼があったと言っていたが、余程の金持ちの国なのだろうか。
そこまで途切れ途切れに思考を繋ぎ合わせたところで意識が半分失せて、痛みが収まってきて目の覚めた時、私はだだっ広い部屋の中にいた。
天井に吊るされているシャンデリア、無駄に光を反射して輝いている椅子や机、窓、扉、カーペット、他の装飾のデザインなどが一々華美で、さっきの良そうに違わず、金持ち感が駄々洩れている。
目に見える限りでは三人、私をイブの元から連れ去った際に見た顔が確認できた。他の二人はもう故郷に帰ったのか、それとも、ここにいるやつらと交代制なのか。
彼らは監視役として配置されているのだろうが、目覚めた私に一瞥もくれる様子はない。こっそり移動すれば、何かの間違いで抜け出せないだろうか。
雑な思い付きで、ハイハイで窓の方へ移動してみたが、見えない壁に阻まれて頭をぶつける。体内の魔力がほとんど無くなっていたから気付かなかったが、多分小さな防衛魔法で閉じ込められている。見た目より厳重なようだ。
さっき見た夢で、イブに「―頑張るから―負けない―」などとデカい口を叩いた手前、芯から諦めるつもりはないものの、この場に限っては、隙は塵ほども見当たらない。
何か出来るタイミングがあるとすれば、さっきの洗浄後。しかし、あの痛みに蝕まれながら、しかも魔法も使えない状態でアザレアたちを蹴散らして脱出するなんて、針山を素手で登っていくようなものだ。
可能性を模索していたら、豪華な扉が開かれ、私を連れ去ったアザレアの一人が顔を見せた。これで最低でも、四人はこの場に残っていることが確定した。
そのアザレアは両手で金属のトレイを持ったままこちらへ近付き、魔力の壁を貫通して、それを私の近くの地面に置いた。
見れば、それは丁寧に盛り付けられた料理だった。野菜に肉を始めとした、栄養に気の遣われた献立。
料理の隣に置かれたスプーンを手に持ち、料理をつつくが味はほとんどしない。そういえば、アザレアの施設に居る時もこんな感じの味気のない料理だったことを思い出した。数日間だけでも、ディグニティさんの手料理に慣れてしまった後だと、どんなモノでも霞んで見えてしまう。
しかし腹は減っているから食は進む。
真顔で顎を動かして、栄養を胃に運ぶ作業をしていると、およそ食べ物には見えない白い紙の切れ端を見つけた。一部、野菜に隠れて見づらいものの「ン・ハレン」の字が見える。何かの呪文の一部だろうか。
なるべく表情を変えないように顔を上げると、まだ目の前にさっきの女のアザレアが笑顔でこちらを観察していて、ギョッと目を見開いた。今まで全員機械のような真顔を貫いていたのに、どういう風の吹き回しなのか。
女は料理を指さして、何やら口を動かした。口の動きだけで言葉を読み取る能力なんてものは持ち合わせてないが、何となく「見ろ」と言っているような気がする。
もし違う意図で男がこちらを見ていたとして、どちらにせよ読めればいいから、スプーンで切れ端を転がして読める位置まで持ってきた。
『ノー・ゼン・ハレン』。
恐らく、呪文。でも、私はそもそも魔法なんて勉強出来ない環境にいたし、知っているのは、イブのところにあった本で読んだ呪文をいくつか。正直、魔法についてはよく分からない。
目を数回瞬かせてからまた顔を上げると、男は満足そうに大きく頷き、さっさと部屋から出て行ってしまった。
紙は野菜と一緒に飲み込み、一先ず、謎の言葉を頭に留めておくことにする。
それからは淡々と時間だけが過ぎていき、激痛にもだえ苦しみながら、イブとの思い出を頭に巡らせて精神を保ちつつ、出来るだけ周りの情報を頭に叩き込んでいく。
念のため、その後出てくる料理も注意深く食べていたが、『ノー・ゼン・ハレン』と書かれた切れ端からは特に変わったものが発掘されることはなく、あんなに笑顔だった女が再び表情を崩すことはなかった。
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