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かくしん
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下の階から建物ごと大きく揺らすほどの振動と爆音が聞こえてくる。近くに見えていた兵士たちもバタバタとどこかへ行ってしまった。多分、センダンさんが暴れている音。だとすれば、ここからは私の出番。センダンさんが起こしてくれている騒動に紛れてルビアを救出しなければ…!!
正直作戦はほぼほぼ頭からすっぽ抜けてしまって覚えてるのは『ルビアを無事救出すること』、それだけ。
とにかくなるべく気配を消して室内に入り込み、ルビアがいそうな部屋を探す。幸い兵士の姿はどこにも見当たらないから、そこそこ自由に歩き回ってもバレなさそうだ。
ここは…いない。
ここも…いない。
いない。
いない。
…いない!!
何十部屋も見て回ったのに、ルビアらしい影はどこにも見当たらない。いくらセンダンさんが下で時間を稼いで、たくさんの兵士たちのヘイトを買ってくれていても、私がルビアを見つけ出せない限り意味がない。
ルビ…ルビア…どこ?
息を殺して、兵士から隠れて、部屋を回る。もう何分経ったのか分からないけど、いつの間にか息が上がっていた。吐きそうな程の緊張感と、早くルビアを見つけ出さないといけないと言う焦燥感が異常なほどに心拍を速めている。早く、早く、絶対にこの近くにルビはいるんだから、可能な限り早く―――
「おや?なんだか感じ慣れない魔力が漂ってると思ったら、ゴミが入り込んでいるじゃないか」
突然背後から聞こえた声に、思わず全身の毛が逆立つ。
え?誰?
振り向こうとした瞬間に鈍い衝撃が頬から全身に伝わって、体が宙に浮く。
「――あれ?」
背中に強い衝撃、足元に崩れ落ちる瓦礫。染まる赤色。
耳は電子音が鳴り響き、視界に火花が散る。
太った男がゆっくりした歩調でこちらに迫ってくる。何か早口に喋っている様子だが、ほとんど聞き取れない。
この体験には覚えがある。ルビアを連れ去られた時、アザレアのひとりに投げ飛ばされた時だ。
不味い。
このままじゃあの時の二の舞だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。また私の無力で何もかも台無しになるなんて絶対に嫌だ。
いや、落ち着いて。あの時とは違う。私にはまだ残された手段がある。手足も多分動く。背中の感覚が全くないけど、耳が聞こえなくても、視界が悪くても、私はルビを助けるんだ。
グラナタム。フー・シー。
出来る限り、どのくらいの威力で、どの方向に向かうのかコントロールし、風の球を一方向に破裂させるイメージ。
「ぁっぐ…」
風球の爆発によって吹き飛ばされた体は再び壁に打ち付けられる。でも移動はできた。霞む視界の中で、男はさっきよりもはるかに遠くに見える。
『フー・シー』は使えてあと1回か、上手く魔力を抑えれたら2回…で――――
* * * *
「―――ルビ!?…あ、あれ?」
見慣れたベッドと…部屋。私の部屋。
こんな時にまた、あの夢。
さっきまでの記憶はしっかりとしている。もう一回『フー・シー』を使おうとして、気絶した…?
ベッドの上にルビアはいない。世界は何となく白く曇っている。でも、意識は過ぎる程にはっきりとしている。
こんなとこでボーっと突っ立ってる場合じゃない。早く目覚めないとあの大男に殺されてしまう。
どうすればいい。どうすれば早く目覚められる。
頬をつねる。頭を壁にぶつける。窓から出ようとしてみる。
どれも失敗に終わる。
「ルビ…ルビア!!あなたを助けたい!!だからあなたの場所を教えて!!そして、この夢から早く醒めて!!今度こそ、助けたいから!!」
耳が痛くなるほどの静寂に、すぐに声はかき消される。
無意識に、ルビアの温もりを求めるようにベッドへ手を伸ばしていた。柔らかい毛布の感触。柔らかくも、冷たく無機質で、そこにはルビアのいた形跡は何も残って…いや、枕が…赤い?
見れば、血で何やら地図のようなものが描かれていた。広い道のようなところから、何十も小さな空間が枝分かれに続いている。その内のひとつに×印が書かれていた。
「なにこれ…?」
この部屋にはずっと私とルビアしかいなかった。なら、これを描いたのもルビアのはず。ここは夢の中だし、深い意味はないはずだけど…もし…もしも現実のルビアとリンクしていたとしたら?建物の中に閉じ込められて、何か私に伝えるためにこれを描いたんだとしたら…この地図は今、私とルビアがいる建物の地図ってことになる。そして、×印はルビアのいる部屋ってことになる。
あくまでも根拠のない仮定だけど…もしそうならこの部屋の場所は分かる。部屋の数は尋常じゃなく多いけど、建物の構造自体は難しくなかった。どうせ今現実に戻っても私にできることなんて『フー・シー』を一回か二回打てる程度なんだから、この地図を信じてみよう。何も考えないでいるより、何か意志を持って動いた方が魔法も綺麗に撃てるから。
だとしたら、一刻も早くこの夢から醒めないと。
「出して!!ここから出して!!」
窓を思い切り叩く。手から血が噴き出て窓が赤く濁っても叩き続ける。
「早く!!」
* * * *
下の方から騒音と振動が響いてくる。
何が起きているのか全く分からないけど、何かがこの建物に侵入し、攻撃している。その証拠に、私を閉じ込めている魔力の檻の濃度が少しだけ薄れている。さっきまでいたこの部屋にいたアザレアの姿も見当たらない。
「グラナタムと…ノー・ゼン・ハレン」
何が起きるか分からないけど、これを唱えたら多分何かが起きる。そうでなければ、わざわざリスクを負ってまでアザレアが教えてくるとは思えない。アレはあの女…アザレアの裏切りか、それとも上からの命令か、はたまた愉快犯か。いずれにしても、唱えるのはリスク。でも、唱えなければ何も始まらない。
タイミングは…今?
突如、同じ階から爆発音が響いた。
「お前みたいなゴミが!!この私の敷地内に無断で踏み入るなんて汚らわしい!!今すぐにこのワシの手で!始末してくれるわあぁぁぁぁ!!!」
「お待ちください、国王。あの小娘は私どもで始末します故、国王は部屋にお戻りください」
「うるさいわ!!お前らはさっさと下にいるハエを潰してこい!!あんなゴミクズくらい、ワシ一人で十分だ!!」
男の怒号と、それを宥める女の声が聞こえる。
誰かがこの建物に侵入したんだ。それで、誰かが戦ってる。小娘って…誰?それに、国王?何?今、何が起きてる?
再び大きな爆発音と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
「くそっ!こざかしい真似をしおってからに!!その貧相な肉体にあってないような魔力、もうロクに動けん癖にちょこまかしおって!!」
足音と怒号がさっきよりも近付いて来ている。もうあとほんの数メートルくらいの距離まで。
そしてもう一度爆発音が鳴り、猛スピードで私のいる部屋に何かが入り込んで壁に衝突した。壁は物凄い音と破片を散らし、灰色の煙を上げている。
…誰?
誰が部屋に侵入してきたか目を凝らしてみるが、煙が邪魔で見えない。
少しして、ドタドタと大きく足音を鳴らしながら無駄に多い装飾品と、赤いマントを身に付けた小太りの中年じじいが部屋に入ってきた。恰好を見るに、多分さっき宥められていた『国王』だろうか。そのすぐ後ろにアザレアの女が続く。
じじいはこちらに気付き、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「おーおーおー!!アレが今回の商品か!写真で見たよりも品質が良さそうな見た目をしてるではないかー!!」
「はい。あちらが今回の商品となっております。それについてはまた後ほど部屋までお持ちしますので、国王、まずは一度自分の部屋へお戻りに…」
「お前、客な上に絶大な地位と権力を持つワシに向かって偉くデカい口を叩きよる。お前らはどういうご身分でワシに命令してるのだ?え?」
「…いえ、分かりました。では、気の済むようになさってください。ですが、くれぐれも怪我にお気をつけて」
「フン。んなもんお前らに言われなくても分かっとる!こう見えてもワシは中位上級魔法の使い手なんじゃぞ?」
国王は気取った様子でツカツカと煙の方へ歩み寄り、壁に激突した何かを掴んで持ち上げた。それは血だらけで、生気を失ったように両手両足をだらりと垂らしていた。
「…っ!?」
ほとんど血に染まっているし、横を向いていて顔は見えないけど、私は確信した。
アレは…あの姿は…イブだ。
「『グラナタム』。『ノー・ゼン・ハレン』」
正直作戦はほぼほぼ頭からすっぽ抜けてしまって覚えてるのは『ルビアを無事救出すること』、それだけ。
とにかくなるべく気配を消して室内に入り込み、ルビアがいそうな部屋を探す。幸い兵士の姿はどこにも見当たらないから、そこそこ自由に歩き回ってもバレなさそうだ。
ここは…いない。
ここも…いない。
いない。
いない。
…いない!!
何十部屋も見て回ったのに、ルビアらしい影はどこにも見当たらない。いくらセンダンさんが下で時間を稼いで、たくさんの兵士たちのヘイトを買ってくれていても、私がルビアを見つけ出せない限り意味がない。
ルビ…ルビア…どこ?
息を殺して、兵士から隠れて、部屋を回る。もう何分経ったのか分からないけど、いつの間にか息が上がっていた。吐きそうな程の緊張感と、早くルビアを見つけ出さないといけないと言う焦燥感が異常なほどに心拍を速めている。早く、早く、絶対にこの近くにルビはいるんだから、可能な限り早く―――
「おや?なんだか感じ慣れない魔力が漂ってると思ったら、ゴミが入り込んでいるじゃないか」
突然背後から聞こえた声に、思わず全身の毛が逆立つ。
え?誰?
振り向こうとした瞬間に鈍い衝撃が頬から全身に伝わって、体が宙に浮く。
「――あれ?」
背中に強い衝撃、足元に崩れ落ちる瓦礫。染まる赤色。
耳は電子音が鳴り響き、視界に火花が散る。
太った男がゆっくりした歩調でこちらに迫ってくる。何か早口に喋っている様子だが、ほとんど聞き取れない。
この体験には覚えがある。ルビアを連れ去られた時、アザレアのひとりに投げ飛ばされた時だ。
不味い。
このままじゃあの時の二の舞だ。嫌だ。嫌だ嫌だ。また私の無力で何もかも台無しになるなんて絶対に嫌だ。
いや、落ち着いて。あの時とは違う。私にはまだ残された手段がある。手足も多分動く。背中の感覚が全くないけど、耳が聞こえなくても、視界が悪くても、私はルビを助けるんだ。
グラナタム。フー・シー。
出来る限り、どのくらいの威力で、どの方向に向かうのかコントロールし、風の球を一方向に破裂させるイメージ。
「ぁっぐ…」
風球の爆発によって吹き飛ばされた体は再び壁に打ち付けられる。でも移動はできた。霞む視界の中で、男はさっきよりもはるかに遠くに見える。
『フー・シー』は使えてあと1回か、上手く魔力を抑えれたら2回…で――――
* * * *
「―――ルビ!?…あ、あれ?」
見慣れたベッドと…部屋。私の部屋。
こんな時にまた、あの夢。
さっきまでの記憶はしっかりとしている。もう一回『フー・シー』を使おうとして、気絶した…?
ベッドの上にルビアはいない。世界は何となく白く曇っている。でも、意識は過ぎる程にはっきりとしている。
こんなとこでボーっと突っ立ってる場合じゃない。早く目覚めないとあの大男に殺されてしまう。
どうすればいい。どうすれば早く目覚められる。
頬をつねる。頭を壁にぶつける。窓から出ようとしてみる。
どれも失敗に終わる。
「ルビ…ルビア!!あなたを助けたい!!だからあなたの場所を教えて!!そして、この夢から早く醒めて!!今度こそ、助けたいから!!」
耳が痛くなるほどの静寂に、すぐに声はかき消される。
無意識に、ルビアの温もりを求めるようにベッドへ手を伸ばしていた。柔らかい毛布の感触。柔らかくも、冷たく無機質で、そこにはルビアのいた形跡は何も残って…いや、枕が…赤い?
見れば、血で何やら地図のようなものが描かれていた。広い道のようなところから、何十も小さな空間が枝分かれに続いている。その内のひとつに×印が書かれていた。
「なにこれ…?」
この部屋にはずっと私とルビアしかいなかった。なら、これを描いたのもルビアのはず。ここは夢の中だし、深い意味はないはずだけど…もし…もしも現実のルビアとリンクしていたとしたら?建物の中に閉じ込められて、何か私に伝えるためにこれを描いたんだとしたら…この地図は今、私とルビアがいる建物の地図ってことになる。そして、×印はルビアのいる部屋ってことになる。
あくまでも根拠のない仮定だけど…もしそうならこの部屋の場所は分かる。部屋の数は尋常じゃなく多いけど、建物の構造自体は難しくなかった。どうせ今現実に戻っても私にできることなんて『フー・シー』を一回か二回打てる程度なんだから、この地図を信じてみよう。何も考えないでいるより、何か意志を持って動いた方が魔法も綺麗に撃てるから。
だとしたら、一刻も早くこの夢から醒めないと。
「出して!!ここから出して!!」
窓を思い切り叩く。手から血が噴き出て窓が赤く濁っても叩き続ける。
「早く!!」
* * * *
下の方から騒音と振動が響いてくる。
何が起きているのか全く分からないけど、何かがこの建物に侵入し、攻撃している。その証拠に、私を閉じ込めている魔力の檻の濃度が少しだけ薄れている。さっきまでいたこの部屋にいたアザレアの姿も見当たらない。
「グラナタムと…ノー・ゼン・ハレン」
何が起きるか分からないけど、これを唱えたら多分何かが起きる。そうでなければ、わざわざリスクを負ってまでアザレアが教えてくるとは思えない。アレはあの女…アザレアの裏切りか、それとも上からの命令か、はたまた愉快犯か。いずれにしても、唱えるのはリスク。でも、唱えなければ何も始まらない。
タイミングは…今?
突如、同じ階から爆発音が響いた。
「お前みたいなゴミが!!この私の敷地内に無断で踏み入るなんて汚らわしい!!今すぐにこのワシの手で!始末してくれるわあぁぁぁぁ!!!」
「お待ちください、国王。あの小娘は私どもで始末します故、国王は部屋にお戻りください」
「うるさいわ!!お前らはさっさと下にいるハエを潰してこい!!あんなゴミクズくらい、ワシ一人で十分だ!!」
男の怒号と、それを宥める女の声が聞こえる。
誰かがこの建物に侵入したんだ。それで、誰かが戦ってる。小娘って…誰?それに、国王?何?今、何が起きてる?
再び大きな爆発音と何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
「くそっ!こざかしい真似をしおってからに!!その貧相な肉体にあってないような魔力、もうロクに動けん癖にちょこまかしおって!!」
足音と怒号がさっきよりも近付いて来ている。もうあとほんの数メートルくらいの距離まで。
そしてもう一度爆発音が鳴り、猛スピードで私のいる部屋に何かが入り込んで壁に衝突した。壁は物凄い音と破片を散らし、灰色の煙を上げている。
…誰?
誰が部屋に侵入してきたか目を凝らしてみるが、煙が邪魔で見えない。
少しして、ドタドタと大きく足音を鳴らしながら無駄に多い装飾品と、赤いマントを身に付けた小太りの中年じじいが部屋に入ってきた。恰好を見るに、多分さっき宥められていた『国王』だろうか。そのすぐ後ろにアザレアの女が続く。
じじいはこちらに気付き、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「おーおーおー!!アレが今回の商品か!写真で見たよりも品質が良さそうな見た目をしてるではないかー!!」
「はい。あちらが今回の商品となっております。それについてはまた後ほど部屋までお持ちしますので、国王、まずは一度自分の部屋へお戻りに…」
「お前、客な上に絶大な地位と権力を持つワシに向かって偉くデカい口を叩きよる。お前らはどういうご身分でワシに命令してるのだ?え?」
「…いえ、分かりました。では、気の済むようになさってください。ですが、くれぐれも怪我にお気をつけて」
「フン。んなもんお前らに言われなくても分かっとる!こう見えてもワシは中位上級魔法の使い手なんじゃぞ?」
国王は気取った様子でツカツカと煙の方へ歩み寄り、壁に激突した何かを掴んで持ち上げた。それは血だらけで、生気を失ったように両手両足をだらりと垂らしていた。
「…っ!?」
ほとんど血に染まっているし、横を向いていて顔は見えないけど、私は確信した。
アレは…あの姿は…イブだ。
「『グラナタム』。『ノー・ゼン・ハレン』」
応援ありがとうございます!
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