人喰い伯爵は少女を救って恋を知る。

藍槌ゆず

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「ノーランド家に娘が二人いるとは知らなかったな」

 広い食堂に血の匂いが充満し、姉と母が完全に挽肉と化した頃、リファル伯爵が口を開いた。
 長く伸びた触覚が、彼が笑うのに合わせて緩やかに揺れる。
 それまで散々姉を凌辱し、母の死体を弄んでいたシェリーは、そこで我に返って身を強張らせた。
 呆けたような顔で辺りを見回し、凄惨な光景に目を見開く。その顔からは瞬く間に血の気が失せ、色を失った唇は震えながら何度か空気を食んだ。
 ここまで来て漸く、自分が何をしたのかはっきりと認識したのだ。

「シェリー、というのだね。良い名前だ、君によく似合っている」
「……あ、の、」
「来なさい、シェリー。|それ(・・)は置いても、置かなくてもいいよ。私の見目は恐ろしいから」

 からりとした声で告げる伯爵に、シェリーは自身が握り潰さんばかりに柄を掴んでいた金槌を、力が抜けるのに任せて落とした。
 鈍い音を立てて、金槌が床に転がる。柄は落下の衝撃で完全に折れた。壊れてしまったそれを見下ろして、とうとうシェリーは目に涙を浮かべた。

「あの、す、すみません、伯爵様、こ、壊してしま、って、」
「ん? ああ、構わないよ。それを言ったら、ほら、絨毯だって散々なものだ。私の物でないから、別にどうなってもいいけども」
「え、あ、あのっ……」
「いいから。シェリー、来なさい。私はまどろっこしいのは嫌いなんだ」

 ひくり、身を震わせたシェリーは、返り血で真っ赤に染まった体で恐る恐る、伯爵の前へと歩み出る。
 何もかも諦めていた筈なのに、自分も姉や母と同じようになるのだと思うと足が震えた。
 涙が溢れるのを、唾を飲むことで堪える。伯爵を異形たらしめる虫の頭を、目を、真っ直ぐに見据え、シェリーはその時を待った。

 が。
 耳に届いたのは、思いもよらない言葉だった。

「服を脱ぎなさい」
「は、い?」
「二度は言わんよ」

 でも、と言いかけたシェリーは、先程の伯爵の言葉を思い出し、出来る限り速やかに洋服へと手をかける。
 震える指先で赤く染まったエプロンドレスを外し、釦へと移る。が、そこで手は止まってしまった。

 幾ら家ではぼろ雑巾のように扱われているシェリーでも、十六の娘が人前で服を脱ぐ、という行為に抵抗を感じないわけがなかった。
 例えそれが到底人とは思えないような、異形の頭を持つ男であっても、だ。

 伯爵はまごつくシェリーを見下ろすと、やがて溜息を一つ落とした。
 血に染まる手とは逆側、未だ手袋に覆われていた右手を露わにすると、その鋭い指先でシェリーの胸元を引き裂いた。

「きゃあっ!」

 慌てて、外へと零れ出る胸を隠そうとするシェリーの手を、伯爵が掴む。
 手首に微かに痛みが走り、恐ろしさと羞恥から固まったシェリーの身体を、伯爵は首を傾けて覗き込んだ。

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