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八
しおりを挟む「は、ハルヨシ様、すみません。あの、朝食の準備が、できました」
「こういう時は礼を言われた方が嬉しいな。まあ、この場合は私が礼を言うべきかもしれないけれど」
「えっ、あ、――ひゃえ!?」
身なりに頓着しない彼らしく、大雑把に着こなした着物との相性など丸無視の皮手袋をつけた手のひらが、メイド服を着たシェリーの胸を下から持ち上げる。
そしてそのまま、二三確かめるように上下に揺すられた。女性の中ではそこそこの大きさを誇るそれが、外部からの力を受けて滑らかに揺れる。
瞬く間に首まで赤く染まるシェリーを他所に、ハルヨシは特に感慨も無い口調で呟いた。
「真正面からぶつかると衝撃が吸収されるから便利だな」
「え、あ、あの、は、ハルヨシ様!」
「西瓜が食べたい」
このくらいの、と付け足され、弾かれるように胸を離される。真っ赤な顔で固まっていたシェリーは、未だ熱の引かぬ頭のまま、鸚鵡返しに問いかけた。
「す、すいか、とはなんでしょう」
「大きくて丸い果実だ。外側は緑色をしていて、中は赤い。身をくり抜いて、砂糖を漬けておいて食べるとおいしい」
説明しているように見えてあまり説明にはなっていないハルヨシの言葉を聞きながら、シェリーは彼がまだ寝ぼけていることを悟った。
ハルヨシはその顔の構造上、声音の変化以外で感情を読み取ることが難しい。彼が分かりやすく身振りや所作で表してくれることもあったが、基本は無表情なので機嫌を汲むことすら至難の業だ。
それでも、半年を共に過ごし、彼の一挙手一投足に気を配って過ごしてきたシェリーは、少なくとも他の人間よりはハルヨシを分かっているつもりだ。
半年。半年が経ったのだ。
十六の少女が、自分を救ってくれた男に恋をするには、それは充分すぎる程に充分な期間だった。
恐怖が無かった、と言えばそれは流石に嘘になる。だけれども、ハルヨシは母や姉のように無意味にシェリーを蔑んだりしないし、暴力も振るわない。
殺しているのは裏で何か仕出かしているような人間ばかりのようだし、顔だって見慣れてしまえば愛嬌があるようにも見える。
シェリーが元から昆虫の類を好ましく思っているのも関係しているだろう。兎も角、シェリーを一人の人間として扱ってくれるハルヨシは、彼女にとっては母や姉よりもよっぽど人間だった。
自分を絶望の淵から救い出してくれ、おまけに人並みに過ごせる居場所を与えてくれた。そんな男に惚れてしまわないで済むほど、シェリーの心は痩せ枯れてはいなかった。
シェリーは、ハルヨシが好きだ。主人としても、男としても。
彼にとっては迷惑かもしれないから、決して言葉にするつもりはないけれど、それでも、隠し通せる程度で収まる恋ではなかった。
「今度、行商の方に聞いてみましょう。きっとご用意出来ると思います」
「どうだろうね、期待はしないでおくよ」
小首を傾げるハルヨシだが、言葉とは裏腹にその目は期待に輝いているのだ。とうに百を超えて生きているとは思えない程に、彼の本質は子供じみていた。そこがまた好ましい、とシェリーは思う。
朝食のメニューを告げ、それを聞いたハルヨシが軽やかな足取りで食堂に向かうのを追いながら、シェリーは口元に幸福そうな笑みを浮かべた。
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