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五話 〈2〉
しおりを挟むエルフィン家への調査では、違法薬物に関する具体的な証拠こそ一つも出なかった。
だが、伯爵家の実態は比較的早い段階で判明している。
リエナ・エルフィンは、父であるエルフィン伯爵から教育虐待を受けている。幼少期から今に至るまで、彼女はほとんど幽閉に近い状態で過ごしていた。
エルフィン伯爵夫人は何年も前に病死しているが、これも薬物実験によるものと推察されている。
男として、魔導師として優秀だからと言って、それが親として優秀かどうかは別だ。
どうにも我が国の高位貴族の男達は、能力は高いのに碌でもないのが多いようだった。
マリーの父親にしてもそうだし、リエナ嬢の父親にしてもそうだ。
「彼女は成績も優秀で、薬師としての才能も申し分ない。エルフェン家の問題を秘密裏に処理した後には、彼女に当主となり事業を引き継いで貰わなければなるまい。懇意にしておいて損はない筈だよ、全てが問題なく片付けばね」
「現状問題ばっかみたいですけど」
「だから君を登用したのだけれど……僕の判断は誤りだったかな、ロバート」
アルフレッド様は疲れの滲む顔で、本当に困ったように笑った。
今回の件は元々は王家の特務機関が引き受けていた。通常の事態であれば、まだ学園も卒業していないような僕らの耳に入る前に、専門の部隊が無事に解決しただろう。
今回の件が殿下にまで回ってきてしまったのは、それこそ精霊の導きによるものとしか思えない。我が国は周辺国とも比較的良好な関係でここ二十年特に大きな問題は起きていない。
けれども、近頃の陛下はこの件を殿下に任せなければならない程にお忙しい。問題の芽となるような小さな引っ掛かりがあちこちに生まれているせいだ。
殿下は『無理でした』と言って投げ出す訳にはいかない立場にいる。
それは第一王子だから、というのもあるが、何より彼自身が王太子に相応しい人間である、と証明しなければならないからだ。
アルフレッド様は基本的に権力にも血筋にも興味を持たない方だ。加えて言えば、第二王子のギルバート様の方が相応しい、などとまで影では囁かれている。
本人もきっと分かっているだろうに、あまり王族には向いていない彼が、何故僕のようなものまで頼って事態の解決を目指すのかといえば、答えは一つ。
アマリリス・クロスタレーをこの国に引き止めるには、王太子という身分が必須だからである。
大陸の剣術大会にて、クロスタレー伯爵令嬢は類まれな剣技と、その美貌を全土に知らしめた。隣国やら南国やら北国やら、強く美しい令嬢を求める王子にとって彼女は喉から手が出るほど欲しい存在だった。
誰が好いた女性をわざわざ別の男に、それも、『自分の身を守れること』を前提として妻を欲するような危険な場所に送りたいと思うものか。
殿下の行動理念にはいつだってアマリリス様がいる。そして、陛下もそれは見抜いているだろう。好いた女の為に行動を起こすことそのものは、まあ、やる気になるのならそれで構わないが、一国の王となる人間に相応しい振る舞いを見せるには、実力を示さねばならない。
殿下は本当に、ありとあらゆる手を使ってエルフィン家の事態へと迫ろうとした。その手段の全てがただの徒労と化したところで、僕という存在を藁をも掴む思いで引き入れたのだ。
王子というのは大変なものである。
「とりあえず会った中で交渉に乗ってくれそうな上級精霊にもう一度話を持ちかけてみますよ」
「頼んだよ」
「ちなみに、これって僕が死んだらアルメールとローヴァデイン家に補償金とか出ます?」
「…………保証するよ。アルフレッド・レラディナールの名においてね」
「マリーに素敵な旦那さんも用意できたりします?」
割と本気でお願いしたのだが、殿下は眉を下げて曖昧に微笑むだけだった。
「……君の大事なマリーディアを悲しませるような真似はするべきじゃない、と思うけどな」
「大丈夫ですよ。上級精霊に持ちかけた取引が失敗した時は大抵、存在ごと消えるので」
存在の消失は死ではない。誰も僕を覚えてはいないし、世界は僕を失った場所を補完してまわっていく。
上級精霊と取引をする、というのはそういうことだ。断っておくと、別に彼らが命を求める訳ではない。
超常のものが生身の人間に『何か』を与えようとすると、最悪の場合与えられた側が耐えられなくてそうなるだけの話だ。存在としての強度の問題である。
上位の存在に此方から手助けを持ちかけて、何のリスクもなく利益が得られたりはしないのだ。
まあ、失敗した時に悲しまれないで済むのは逆に有難いかもしれない。
「おっと、殿下。そんな顔しないでください。多分大丈夫なので」
「……すまないね、君に頼るしかないんだ」
「まあ、しょうがないでしょう。二十年も精霊と仲良くやってるような人が相手ですからね」
正攻法でなんとかなるのなら、とっくに陛下や宰相がなんとかしている。どうにもならないから、僕のような男のところまで話が回ってきたのだ。
エルフィン伯爵家は貴族社会を代表する魔法薬師の家柄である。秘密裏に、出来れば都合のいい形で収めるのが理想だ。
人体実験や違法薬物と言った不祥事を表沙汰にすれば、流通する正規の魔法薬そのものへの信頼すら揺るぎかねない。
正当な魔法薬にも忌避感情が生まれ、本来は薬で治る筈のものまで治療院に駆け込まれるようなことになれば、治癒術師は次々に過労で倒れていくことだろう。
リエナ・エルフィンは実父への憎悪から既に高位の令息と不必要に絡みんで学園で悪目立ちをし、そこに王太子が絡むことで怪しさが増している。
そろそろ解決して、身内にだけは真相を話しでもしないと不味いことになってしまうだろう。
いっそ、ただの憎悪であった方がまだ楽だったかもしれない。己を虐げる父をただ恨んでいるのなら、きっと彼女はエルフィン伯爵を陥れる為に此方に協力してくれただろう。
だが殿下が言葉を交わして来た上で分かったのは、彼女の父親に対する感情はもはや捩れ過ぎていてまともな解決を望めそうにない、ということだった。
まあ、だからやっぱり、ここは僕が頑張るしかなさそうである。精霊さえなんとかすれば、あとはきっと王家の機関が上手いことやってくれるんだろう。
「それに、将来の国王陛下に恩を売っておくととっても便利そうなので」
安心させる為に冗談混じりで微笑んでおいたが、陛下から返ってきたのは何故か溜息だった。
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