俺様王子の無自覚撃退劇

藍槌ゆず

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「辛い思いをさせたな。愛した女性を泣かせるだなんて、完全無欠を謳うこの俺としては自らの首をも捧げなければならない程の大罪だ。
 許せなどとは言うまい。愛するティターニア、唯一無二の月の女神たる君以外に愛を囁いた無様な俺を、この先も受け入れてくれるか」
「……わたくしの愛はオリヴァー様だけのものですし、その逆もまた然りですわ。それがこの世の理と言うものでしょう?」

 涙を払って微笑んだわたくしに、オリヴァー様も同じく笑みを深めた。
 人前では、たとえ愛する人を前であろうと強がってしまうわたくしのことを、彼は正しく理解し、世界で一番に愛してくれている。
 だからこそ、私の唯一はオリヴァー様以外に有り得ないのだ。

「そうだな! それこそがこの世の真理というものであり、疑いようのない純然たる事実だ。我々の間には一欠片の猜疑も生まれてはいないし、君と俺は未来永劫、確固たる愛で結ばれるだろう。
 しかしティターニア、このままでは俺の気が済まない! この俺が最愛にのみ捧げると決めた愛を横から掠め取られるなど! 愛するティターニア、君に捧げ損ねた俺の愛を、今ここで受け取ってはくれまいか!」

 構わなくてよ、と普段のわたくしならば返したことだろう。例えば此処が学園のテラスであったり、いつもの王宮の中庭であったなら、余裕を持って返した筈だ。
 だが、今ここはわたくしの寝室で、いくら取り繕おうともわたくしの心はあまりにも無防備で、ドレスの鎧も淑女の盾もないような、そんな状況で愛しの人の愛を受け入れるだなんて、あまりにも過剰な刺激すぎて耐え難かった。

 だって、わたくしを見つめるオリヴァー様の瞳が、これまでにないほどに真摯な輝きを宿しているものだから。その視線だけでも、心臓が痛いほどに高鳴るのが分かった。

 だから、断ろうと思った。思ったのだ。
 けれども、音を紡ぐよりも早く、オリヴァー様は開かれたわたくしの唇から言葉を奪うかのように口付けを落とした。
 思わず身を強張らせたわたくしを見下ろしたオリヴァー様が、愛おしげな笑みを浮かべる。

「ティターニア。俺は生涯、君だけを愛している」

 それはもはや、眩暈がするほどの愛しさが籠った声音だった。
 オリヴァー様は日頃から、これ以上ないくらいに明朗快活な話し方をなさる。彼の声は、非常によく通る。勿論、オリヴァー様の声ははっきりと響く張りのある声音でも素晴らしいと思っている。
 けれども、わたくしはどうにも、ゆったりと囁くように響くオリヴァー様の声に、どうしようもなく弱いのだった。そう、つまりは、今のような。

 同じ言葉を返したいのに、それすら出来ずに真っ赤な顔で固まったわたくしに、オリヴァー様は全てを理解した顔で小さく苦笑すると、もう一度だけ、軽い口付けを残して身を翻した。

「お嬢様!」

 微かに頬を染めたオリヴァー様が何処か逃げるように再び窓から姿を消したのと、寝室の扉が開かれたのは、殆ど同時だと言ってよかった。
 魔法効果の付与された箒を武器代わりに携えたジゼルが、ベッドの上で力が抜けたように横たわったわたくしを十秒眺めた後、訝しげな声で尋ねる。

「今、此処に王子殿下がいらっしゃいませんでした?」
「…………い、いないわ」
「彼の方、声が非常によく通るんですが」
「いないわ! 少しもいなかったわ!」

 真っ赤な顔で、涙目で叫んだわたくしに、ジゼルは小さな声で「次にやったら流石に旦那様に言いつけますからね」とだけ呟いて、静かに退室した。
 後に残されたのは、ベッドの上で頬を押さえて唸るわたくしのみである。
 そうして、羞恥と喜びで随分と寝入るのに苦労したわたくしは、翌日が休日であることに深く感謝することとなった。


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