6 / 6
⑥
しおりを挟む「辛い思いをさせたな。愛した女性を泣かせるだなんて、完全無欠を謳うこの俺としては自らの首をも捧げなければならない程の大罪だ。
許せなどとは言うまい。愛するティターニア、唯一無二の月の女神たる君以外に愛を囁いた無様な俺を、この先も受け入れてくれるか」
「……わたくしの愛はオリヴァー様だけのものですし、その逆もまた然りですわ。それがこの世の理と言うものでしょう?」
涙を払って微笑んだわたくしに、オリヴァー様も同じく笑みを深めた。
人前では、たとえ愛する人を前であろうと強がってしまうわたくしのことを、彼は正しく理解し、世界で一番に愛してくれている。
だからこそ、私の唯一はオリヴァー様以外に有り得ないのだ。
「そうだな! それこそがこの世の真理というものであり、疑いようのない純然たる事実だ。我々の間には一欠片の猜疑も生まれてはいないし、君と俺は未来永劫、確固たる愛で結ばれるだろう。
しかしティターニア、このままでは俺の気が済まない! この俺が最愛にのみ捧げると決めた愛を横から掠め取られるなど! 愛するティターニア、君に捧げ損ねた俺の愛を、今ここで受け取ってはくれまいか!」
構わなくてよ、と普段のわたくしならば返したことだろう。例えば此処が学園のテラスであったり、いつもの王宮の中庭であったなら、余裕を持って返した筈だ。
だが、今ここはわたくしの寝室で、いくら取り繕おうともわたくしの心はあまりにも無防備で、ドレスの鎧も淑女の盾もないような、そんな状況で愛しの人の愛を受け入れるだなんて、あまりにも過剰な刺激すぎて耐え難かった。
だって、わたくしを見つめるオリヴァー様の瞳が、これまでにないほどに真摯な輝きを宿しているものだから。その視線だけでも、心臓が痛いほどに高鳴るのが分かった。
だから、断ろうと思った。思ったのだ。
けれども、音を紡ぐよりも早く、オリヴァー様は開かれたわたくしの唇から言葉を奪うかのように口付けを落とした。
思わず身を強張らせたわたくしを見下ろしたオリヴァー様が、愛おしげな笑みを浮かべる。
「ティターニア。俺は生涯、君だけを愛している」
それはもはや、眩暈がするほどの愛しさが籠った声音だった。
オリヴァー様は日頃から、これ以上ないくらいに明朗快活な話し方をなさる。彼の声は、非常によく通る。勿論、オリヴァー様の声ははっきりと響く張りのある声音でも素晴らしいと思っている。
けれども、わたくしはどうにも、ゆったりと囁くように響くオリヴァー様の声に、どうしようもなく弱いのだった。そう、つまりは、今のような。
同じ言葉を返したいのに、それすら出来ずに真っ赤な顔で固まったわたくしに、オリヴァー様は全てを理解した顔で小さく苦笑すると、もう一度だけ、軽い口付けを残して身を翻した。
「お嬢様!」
微かに頬を染めたオリヴァー様が何処か逃げるように再び窓から姿を消したのと、寝室の扉が開かれたのは、殆ど同時だと言ってよかった。
魔法効果の付与された箒を武器代わりに携えたジゼルが、ベッドの上で力が抜けたように横たわったわたくしを十秒眺めた後、訝しげな声で尋ねる。
「今、此処に王子殿下がいらっしゃいませんでした?」
「…………い、いないわ」
「彼の方、声が非常によく通るんですが」
「いないわ! 少しもいなかったわ!」
真っ赤な顔で、涙目で叫んだわたくしに、ジゼルは小さな声で「次にやったら流石に旦那様に言いつけますからね」とだけ呟いて、静かに退室した。
後に残されたのは、ベッドの上で頬を押さえて唸るわたくしのみである。
そうして、羞恥と喜びで随分と寝入るのに苦労したわたくしは、翌日が休日であることに深く感謝することとなった。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
答えられません、国家機密ですから
ととせ
恋愛
フェルディ男爵は「国家機密」を継承する特別な家だ。その後継であるジェシカは、伯爵邸のガゼボで令息セイルと向き合っていた。彼はジェシカを愛してると言うが、本当に欲しているのは「国家機密」であるのは明白。全てに疲れ果てていたジェシカは、一つの決断を彼に迫る。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
放蕩な血
イシュタル
恋愛
王の婚約者として、華やかな未来を約束されていたシンシア・エルノワール侯爵令嬢。
だが、婚約破棄、娼館への転落、そして愛妾としての復帰──彼女の人生は、王の陰謀と愛に翻弄され続けた。
冷徹と名高い若き王、クラウド・ヴァルレイン。
その胸に秘められていたのは、ただ1人の女性への執着と、誰にも明かせぬ深い孤独。
「君が僕を“愛してる”と一言くれれば、この世のすべてが手に入る」
過去の罪、失われた記憶、そして命を懸けた選択。
光る蝶が導く真実の先で、ふたりが選んだのは、傷を抱えたまま愛し合う未来だった。
⚠️この物語はフィクションです。やや強引なシーンがあります。本作はAIの生成した文章を一部使用しています。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
貴方なんて大嫌い
ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と
いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている
それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる