悪辣姫のお気に入り

藍槌ゆず

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おまけ 二話〈3〉

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「ダニエル様……アリアは幸せ者ですわ……」

 不甲斐ないことに特に脱出の手立てもないまま、三日が経ってしまった。
 王女はうっとりとしなだれかかり、日がな一日、俺の側で過ごしている。魔族の王女というのは、何も仕事がないらしい。羨ましいことだ。

 ところで。俺はミミィがこの城に辿り着くこと自体は、一欠片も疑っていなかった。

 チョーカーには莫大な魔力が込められており、誰が見たってあれこそがミシュリーヌ・シュペルヴィエルの与えた証だと思うだろう。
 外して捨てさせたこと自体は確かに正しい判断だ。あれがあれば、ミミィは何処にいようと俺を見つけることが出来る。

 ただ、あれはそもそも、付け続けること自体が重要なのだ。
 継続的に特殊な効果の施された魔道具を身につけることは、その身に魔法式を刻むことに等しい。本人の魔力にすら同化し、一生を共にする首輪だ。
 つまるところミミィは俺に、一生物の首輪をつけようとしている。指輪より先に、だ。

 …………。
 王女もミミィも、まあ、やっていることは似ている。
 どちらも、相手を自分のものにするためなら手段を選ばない。

 ただ、ミミィは俺を鍛え導くことで、与えられるものは全て与えてくれた。
 俺はミミィのそういうところが好きだ。彼女は気に入った者には試練を与え、それを乗り越えたものには相応の褒美を与える。

 今俺の隣で満足げに身を寄せる彼女は、奪う側の者だ。俺という存在を消費しているだけで、彼女が俺にもたらすものは何一つないだろう。愛でさえ、だ。
 彼女は幻想を愛し、理想に付き合わせるための人形として俺を求めた。

 俺は別に、俺自身を蔑ろにされるようとどうということはない。傷つくようなプライドは持ち合わせていないし、実際、俺はミミィに比べれば不出来で凡庸な男だからだ。なんたって、少年に刻まれた術も三分の一ほどしか解除できていないのだし。

 けれども、俺の人格そのものを無視してまで愛されることには、素直に嫌悪感を抱いた。この歳になって初めて苦手なものが分かったとも言える。
 これはなんというか、かなり、気色が悪い。




「……ロニー、もしも呪縛が解けても、下手な態度は取らないでくれ。同時に偽装はしているが、君がおかしな行動を取れば作動しないことがバレる」
「…………分かった」

 王女がいない隙を見計らって、俺は少年の首にかけられた呪縛を少しずつ解いていた。
 はっきり言って、こういう細かい作業はあまり得意ではない。
 だが、そんなことを言っている場合でもなかった。もう一週間も経っている。割と本当に恐ろしい。何って、動きがないことが、である。

 城に来て五日が経つ頃には、ロニーは俺に対する警戒心を解いたようだった。
 自分の呪縛を解いてくれると察したのはもちろん、もしかしたら妹も救ってくれるかもしれない、と分かったからだ。

「…………なんで助けてくれるの?」

 少年は、心細そうに揺れる瞳で俺を見上げた。彼は、俺が奴隷の人たちの身を案じて逃げ出さないのだと気づいている。貴族がそんなことをするだなんて、平民の彼からすれば信じ難いことなのだろう。

 俺はなんと答えようか少し迷った。
 まさか、『早いところ助けて俺が自力で逃げ出さないと、多分魔王より恐ろしい存在が来てこの城を滅茶苦茶にするからだ』とはとてもじゃないが言えなかった。

「君の首が落ちるところを見た後で、よし、美味しい晩御飯を食べよう、とはなれないからな」

 なので、俺は本音の中でも当たり障りのないものを吐き出した。
 実際、無辜の民が魔族に利用され不遇の死を遂げた様を見た後で、楽しく食事をする気にはなれない。あの辺はいい店が揃っているから、訪ねる度に思い出すのもあまり嬉しくはなかった。

 俺のような矮小な人間は、手の届かない範囲についてまで守るようなつもりには到底なれない。
 けれども、目の前で被害に遭っている人間が、もしも自分の選択一つで救えるというのなら、まあ、それなりに頑張るつもりはあった。

「…………ありがと」
「礼は無事に終わってからにしてくれ」

 なんせ俺は囚われのお姫様も同然で、まだ何も出来ていないからな、と呟いた俺に、少年はちょっぴり笑みを滲ませながら、涙声で頷いた。



     ◇   ◆   ◇



 ────青天。とある魔の森にて。
 ロザリー・ペルグランは耐え難い頭痛に襲われていた。
 思わず蹲ったロザリーを、チェレギンが振り返る。馬上でなくて良かった、とロザリーは頭の片隅で思った。

「ロザリーさん? 如何されました」
「あ、頭が……割れそうなほど痛くて……」

 掠れた呻き声を聞いたチェレギンは、手早く魔法式縮小鞄マジックバッグから簡易な野営用の寝具を取り出すと、ロザリーをそこへと横たえた。
 眼鏡越しの瞳がロザリーを確かめるように注意深く見つめる。

「スキルに異常が出ていますね。固有スキルへの対処は難しい、一旦鎮痛薬を飲みましょう」

 スキル『プレイヤー』。神が与えたもうた、気まぐれな残滓のひとつ。
 世界の行く末を見通し、万物を掌握する力すら得られる奇跡の力だ。

 だが、実際に無数に分岐するあらゆる特異点を網羅し読み取ることは至難の業である。
 年齢と共に人生の岐路に立つこととなるプレイヤーは、もちろん、それに応じてレベルを上げなければならない。
 鍛錬を怠ったロザリーには、もはや複雑すぎる世界の有様を読み取る力は皆無に等しかった。

 それでも尚、驚異的な力で持って捻じ曲げられる特異点には、スキルはきっちりと反応する。

『鬲疲酪縺ョ邇句・ウ繝 ゥ繝?ぅ繧「繝███ィ繝ォ繝吶Ν  繝斐██縺悟ゥ夂エ??
 ?r螽カ繧翫?∽ク也阜縺ッ諱 先?縺ォ髯・███ょ█ 轣ス縺ョ謔ェ霎」蟋███閨
 悶██倶ケ吝・ウ縺ョ蟆弱″縺ォ繧医▲縺ヲ荳也███ッ螳牙
 ッァ繧貞叙繧  頑綾縺 吶□繧阪≧縲』

「うう……文字化け……文字化けが……!」
「モ・ジバッケとは? 白煙狸タモ・コッロの亜種ですか?」
「ぐうう……!」

 彼女の視界は完全にバグによって侵食されていた。チェレギンは淡々と鎮痛薬を飲ませ、ついでに水も飲ませる。
 彼の『鑑定』スキルは、少なくともこれが死に至る病や精神破壊に至る症状ではないことを見抜いていた。
 ただ、とても辛いだろうとは思うので、そっと氷嚢効果のある魔道具を額に置く。

「お、お姉様……が……危ない……」
「大丈夫でしょう。貴方の姉君は千年に一人の逸材、稀代の化け物でいらっしゃいますよ」
「あ、相手が………………」
「ああ、そればかりは。ワタクシめにはなんとも」

 ロザリーには〈予言〉の文面は読めなかった。けれども、本能で察する。
 これは明らかに超弩級の緊急事態が起きていて、尚且つ、規格外の『何か』が関わっているのだ。

 そんなもの、義姉か、あの『悪辣姫』に決まっている。
 ……あるいは、そのどちらもか。

 ロザリーは青ざめた顔で呻いたまま、久しぶりに、神に祈った。


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