洗濯日和!!!

松本カナエ

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1. 大学食堂の山菜おろしそば

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 鈴木すずき高大たかひろには、最近悩みがある。
 高大はオメガである。


 人はみな、男女の性の他に、アルファ、ベータ、オメガという第二の性に分かれる。
 一次性徴で男女に分類され、二次性徴で第二の性に分類される。
 アルファは、生まれながらにして優秀で、リーダーシップに優れており、全てにおいて完璧にこなせる人が多い。そのため、企業のトップなどになる人が多く、アルファイコール優秀という印象を持たれる。
 オメガは、男女ともに子供を産むことができるため、見つけられた当初は「産む性」などとも言われていた。三ヶ月に一度発情期ヒートがあり、フェロモンを大量に放出する。フェロモンを感じ取ることができるのはアルファだけで、そのため、「オメガはアルファを誘惑している」と言われてきた。
 アルファもフェロモンを出しているが、アルファのフェロモンは、オメガには良い匂いに感じられることが多く、相性が良ければ良いほど、その傾向が強い。そのため、アルファにはアルファのフェロモンが不快に感じられることがある。
 オメガにはアルファとつがいというパートナー制度があり、発情期ヒートのオメガがアルファに項を噛まれると番になる。オメガは番となったアルファにしかフェロモンを出さなくなり、そのため、第一の性の男女問わず番ったアルファと結婚することが多い。
 ベータは、二次性徴時に特に変化せず、突出して変わることがない。世界人口はベータが一番多く、一般的には変化がなければベータであるとされる。


 要するに、オメガであるということは、社会的に日常生活を送るうえでは不利であるということなのだ。
 そのため、高大は今まで目立たぬよう、密かに生活してきた。
 ところが、大学での就活中に問題が起こった。
 就職するにあたり、入りたかった会社で運悪くオメガのフェロモン事故があり、企業のオメガ枠で就職には逆に有利かもしれないとポジティブに考えようと思っていたのに、あてが外れ「番がいるか、番う予定のあるオメガ」でないと採用されないようだという噂を聞いてしまったのだ。
 フェロモン事故というのは、番のいないオメガが、突然の発情期で周りのアルファにフェロモンを振りまいてしまい、結果いたましい事故が起きてしまうことである。
 オメガ枠は、雇用差別をなくそうという働きにより数年前に制定されたもので、企業は一定数のオメガを採用しなければならないというものである。
 企業側としては問題が起きないように、正直、番のいるオメガの方が都合いいのは確かだ。
 それこそ差別問題のような気がするが、トラブルを事前に回避したい企業側がそういう方針になるのは仕方ないと、高大も噂を聞いた時は諦めの気持ちも多少芽生えた。
 噂の域は出ないから、もしかしたらそんな事実はないのかも知れない。
 だが、入れる確率を出来れば上げておきたい。
 面接までに番う相手を探しておいた方がいいだろう。
 そう高大は思った。
 まだ番ってなくても番う予定があれば企業は安心するだろう。
 高大は真面目な学生だったので、大学では全然遊んだりしなかった。
 恋人も作ることなく勉強した。
 アルファの友達なんていないし、アルファの友達を呼んで合コンしてくれるような友達もいない。サークルも結局入っていないから、頼れる先輩後輩もいない。
 高大は、中学でオメガだとわかってから、人との距離感を掴みかねて、仲のいい友達を作れなかった。小学生の頃は仲の良かった友達は結構いたが、結局クラスの大半はベータで、多分高大はたった一人のオメガだった。怖くて誰にも相談することもできず、それまでの友達とは疎遠になった。
 アルファと番にならなければと思った時、高大は、学年で一番頭が良くて、背が高くて、第二性の検査をする前から「彼は絶対アルファだ」と言われていた男がいたのを思い出した。大学も確か一緒だったはずだ。
 高大は、確率的にどこの学部の学生も集まるであろう食堂にまず行ってみることにした。
 人の多いところは何となく怖くて、あまり今まで食堂を利用したことがなかったため、高大は券売機の前で迷っていた。
「うどん……カレーうどん……月見うどん……山菜うどん……山菜おろしうどん……うどんだけでこんなにメニューあるんだ……山菜おろしならそばがいいかな……」
 高大のボタンを押そうとした手が右に左に揺れる。そうこうしているうちに後ろに人が並んだ気配がして、あっと思っていたら、肩にポンと手が置かれた。
「後ろつかえるから、決めてから券売機で買った方がいいね。俺のおすすめは山菜おろしそばかな」
 そう言われて、高大は慌てて山菜おろしそばのボタンを押す。
「すみません……」
 うつむいたまま食券を取り出し、場所を譲ろうとして、高大がふと見ると、見上げるほどの長身。ぞくぞくするような匂いを感じて、高大は気づいた。
(……この人アルファだ)
 高大は、ぽかんとしてその人をまじまじと見てしまう。こんなに近くでアルファを見るのは初めてだったため、高大は本当に口をぽかんと開けていた。自分では、口がぽかんと開いているのにすら気づいていない。
(こんなに凄い匂いを放っているのか……)
 初めて身近で感じるアルファの香りに、高大は戸惑った。
 整った顔立ちに目が行ったのはその後だった。鼻筋が通って、凛としてまっすぐ高大を見返していた。居心地の悪さに高大はまたうつむいた。
(これは、簡単に番になってくれる人を探すのは難しそうだ……)
 目の前の胸板に縋りつきたい衝動が、突然高大の心を占める。
(やばい。アルファやばい。抑制剤を飲んでてこれ? 怖っ……無理……)
 高大は普段からフェロモンが漏れたりしないように抑制剤を飲んでいる。それでも、発情期は抑制剤も効かなくなるほどつらい症状が出るため、学校を休まなければいけないのだが。
 高大は慌ててきびすを返したが、後ろから呼び止められた。
「ちょっと待って」
 呼び止めて、その人は券売機で山菜おろしうどんの券を買って、高大の隣に並ぶ。
「一緒に食お? 食券出すとこは、ここ。ほら」
 親切に案内してくれる気になったらしい。
「なあ、間違ってたらごめんだけど、鈴木だよな? 中学高校と一緒だった」
 高大は、ついもう一度顔を上げてしまい、バチンと目があった。
「もしかして、横峯よこみねくん?」
 高大は恐る恐る名前を呼んだ。中学高校と同じ学校で、ちょうど高大が探していたアルファ。こんなに広い大学の中で、会えるかどうかと思っていたのに、まさか食堂の入り口で会うとは思わず、高大は心の中で「無理」を連発した。
「やっぱり!」
 横峯は興奮気味に高大の手を取る。
「見かけるたびに、多分そうだよなぁって思ってたんだ」
 高大は気まずくならない程度にさり気なく手を避けて、出てきた山菜おろしそばのトレイを手に持った。
「俺、あんまり目立つ方じゃないのによくわかったね。ていうか、よく同じ学校だったって覚えてたね……」
 横峯は目立っていたから高大も覚えていたが、横峯の方はよく高大を覚えていたなと高大は感心したが、横峯はサラッと「俺は学年全員覚えてるよ。顔と名前すぐ一致するんだよな」と言ったので、高大はちょっと引いた。
「席ここでいい?」
 すっと席に座った横峯に、高大は困惑した。
(どこに座るのが正解?? 向かいか? 向かいなのか??)
 恐る恐る向かい側に腰かけようと動いた高大に、すっと自分の隣の椅子を引いて横峯が座るよううながす。
(えっ?)
 流石に隣は近すぎるのではと思いながらも、うながされて隣の席に座ってしまい、高大は変な汗が出るのを感じた。
 山菜おろしそばの味なんか、もう何も感じないまま、高大は黙々とそばをすすった。
「ねえ、鈴木ってもしかしてオメガ?」
 タイミングを見計らったように小さな声で耳元に問いかけられて、高大はそばが変なところに入っていくのを感じた。
 声が耳に響いてゾワゾワしたし、オメガと指摘されて、やはりアルファにはわかるのだなと高大はヒヤッとする。
「ゲホッ……」
「あ、ごめん。大丈夫?」
 高大は軽く手を上げて大丈夫と横峯を制すると、水を飲んで、恐る恐る横峯を見る。横峯の顔には嫌悪感や面倒くさそうな色はない。
「あの、それ……それは、やっぱりわかるものなの?」
 冷や汗をかき、高大は横峯に問う。
「わかるよ。いい匂いがするんだ。ていうか、ずっと鈴木のこと気になってた」
(え、何で??)
 高大はキョトンとして、横峯をもう一度見る。横峯はふわっと笑って、高大の顔を覗き込むようにまっすぐ見つめて、言った。
「多分俺たち相性いいと思うんだよね。俺と付き合ってよ」
 高大は、信じられない思いで、横峯を見返した。
(付き合うってその付き合うだよな?)
 いきなり軽い感じで言われたのに動揺して、横峯に聞き返す。
「付き合ってくれるの?」
 横峯は、一瞬ぐむっと顔を中央に寄せてから、目をパチパチとまたたかせた。イケメンはそんな顔をしてもイケメンだなと高大が思っていると、横峯が大きく頷いた。
「それはこっちの台詞だよ」
 笑顔が眩しくて、高大はひゅっと息を飲んだ。


 そんなこんなで、高大は、横峯大輔と付き合うことになったのだった。
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