春の天使に逢いに行こう。

月兎もえ

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出会い

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カーテンの隙間から日が差し込み、目が覚めた。起きた瞬間、気分が沈む。また今日が始まったのかと。いっそ布団から出ないで過ごそうかと思うけれど、中々眠れず、悪い方に考えごとをしてしまい、どんどん気分が沈んでいく。
とりあえずテレビをつけて、ぼーっと、ただただ眺める。それが私の朝の日課。
「紅葉シーズンを迎えました。関東北部では見頃を迎えています。」
そうか。もう秋も終わりなんだ。外に出るとしたら近所のスーパーやコンビニくらいで、季節の移り変わりに全く気づかなかった。何だか自分だけ取り残されてしまったみたいだ。そんなことを考えていると、インターホンが鳴った。
こんな時間にだれだろう?宅急便かな?セールスかな?動くのも、相手にするのも面倒くさくて、居留守を使おうと決意する。
『ピンポーン』もう一度なった。それ以上は鳴らなかった。帰ったのかな?と思い、またテレビに目を向けた。しかし、それから30分後くらいにまたインターホンが鳴った。また居留守を使おうかと思ったけれど、さっきと同じ人なら流石に悪いなと思い、ドアを開けた。
すると、私より背の低い、黒髪短髪の人が立っていた。その人はオーバーサイズのカーキのジャンバーに、黒のパンツを履いていた。年も性別もパッと見わからないけれど、10~20代くらいだろうか?
その人は嬉しそうに顔を上げ、少し幼い笑顔を私に向けた。
「こんにちは。美姫さんですね。LifeDonateから派遣されました、天使のハルといいます。お話よろしいでしょうか?」
思ったよりハスキーで落ち着いた優しい声をしていた。
んっ?LifeDonate?どこかで聞いたような?何だったかな?
「昨日ネットの方で寄付の依頼をされましたよね?」
そうだった。すっかり忘れていたけれど、昨日確かに寄付した。天使がどうたらと、そういえば書いてあったっけ。
「思い出されましたか?では早速お話させていただきたいと思うのですが、よろしければお宅にお邪魔させていただけないでしょうか?」
この人は私の心でも読めるのだろうか?それより、急に来て家にあげてくれってどんな会社なんだろう?まぁ、しばらく待たせちゃったし、確かに寄付しちゃったし、上がってもらおうか。
「どうぞ。」
ハルと名乗る人は、嬉しそうな顔をして、「では、おじゃまします!」と言ってゆっくりと中に入った。

入るなり「ちょっとカーテンを開けてもいいですか?書類が見えなくて。」と聞いてきた。私の部屋は1日を通して暗い。元々日当たりはあまり良くない上、基本カーテンは閉めたままだ。
「どうぞ。」
ハルさんは「ありがとう。」と言い、自分も動きながらカーテンを開けた。柔らかな日差しが差し込んだ。こんなに明るかったんだ。部屋に光が戻るのは久しぶりだった。
「お部屋が喜んでいますね。」ふふっとハルさんは笑った。変なことを言うな。
「紅茶とコーヒーどちらがいいですか?」
「コーヒーでお願いします。」
私は新しいインスタントコーヒーの缶の蓋を開けた。中蓋の紙をはがすと、コーヒーの香りが広がった。なんだか懐かしい。
ピンク色の、北欧の女の子のキャラクターが描かれているカップと、黄色の、同じく北欧の女の子のキャラクターが描かれているカップにお湯を注いだ。働いていた頃、一目惚れして買った、お気に入りだったカップだ。
ミルクはなかったので、シュガーポットを一緒に添えてハルさんに渡した。
「ありがとう。いい香りですね。」
と言い、何だか楽しそうに砂糖を3杯入れていた。
「すみません。ミルクをきらしていて。」ハルさんはミルクを入れる派だったかもしれない。
「そんなこと気にしないでください。コーヒーはコーヒーですから。」ふふっと可笑しそうに笑って、「おいしいっ」とつぶやいた。
その笑顔を見て少しほっとする。
「それで、私は何をしたらいいのですか?」
「この手紙をご覧ください。」そう言ってハルさんは空のイラストを縁取った便箋を私に手渡した。そこには濃青色の手書きの字でこう書かれていた。

『美姫さん
この度はLifeDonateをご利用いただきありがとうございます。ご利用にあたり、以下の内容をご一読いただき、ご納得いただければ、サインをお願いいたします。
①寿命は、派遣された天使と5日間過ごした後、寄付していただきます。天使を拒否されますと寄付を受け付けすることができません。
②天使と過ごした後、寄付の有無をもう一度お聞きいたします。寄付しないを選択されても問題ないので、ご安心ください。
③寄付するを選択された場合、寄付する寿命の長さはこちらで決めさせていただき、長さをお伝えすることはできかねますのでご了承ください。なお、寿命はおおよそ個人の10000分の1の長さを基準としております。』


「ご覧になっていただきましたか?了承するにチェックと、サインをお願いします。」ハルさんはふわふわの羽のついたペンを差し出した。天使っぽいな。
「はい。」怪しいなと、思った。でも、もし詐欺だったとしても、その時は死ねばいいや。もうどうでもいいのだから。
私は、一字一字繋がりそうなみみずみたいな字で書いた。

「ありがとうございます。」はるさんは書類を大切そうに白い封筒にしまった。

「それじゃあ、今日から5日間、よろしくお願いします。美姫って呼ぶね。」急にタメ口になった。
「よろしくお願いします。」何をよろしくすればいいのだろうか。
「自分のことは、ハルと呼んで。敬語もなしでいこう!」
「わかった。」少し初対面の人を呼び捨てにするのは抵抗があるけれど、ハルは何故か自然と呼べそうな気がする。

こうして、ハルと私の5日間が始まった。
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