ミッドナイトランナー

ばきしむ

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1話

【出会い】

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騒ぐ若者の声。エンジンを吹かせながら走るバイク。路上に倒れこむスーツ姿。
夜の街、「鳴家」。輝く照明が街を照らし人々を集め寄せる。まるで街灯に群がる蛾の群れのように、どれも昼では規制対象のようなアダルトなムーブを漂わせている。悪くも、鳴家は夜の営業が3/1の収入を占めていた。手段はお世辞にも丁寧と言うわけでは無かったがそれ相応の客が来ることで街の経済は均衡を保ってきた。光る照明の下では中年の男が若い男にそそのかされビルの中へ消えてゆき、その脇目では酔い潰れたサラリーマンが路地を寝床としている。


夜が始まる


鳴家駅付近のロータリーの端、車内で中年の禿頭と少女が会話をしていた。
「お会8600円になりまーす」
「あれ?高くないやしないかい?前はもっと安かったんだがね」
「いゃ~、きっと酔ってるだけですよ、今日めっちゃ酔ってるじゃないですかぁ」
そう言って制服姿の少女は禿頭に微笑む。目には隈があり緑色のポニーテールで、鳴家には相応しくない大きな黒のリボンを結んでいた。背丈は小さく中学生とも見て取れる。その顔こそ笑顔だったがどこか不健康そうに見えた。
「そ、そうかぁ?」
一方で禿頭の方は酔っ払っているのか顔を赤くさせスーツを着崩して後部座席に座っていた。そして手元の財布から一万円札を取り出し片手に握り締め、
「はい、10000円」
と彼女に手渡しした。彼女は素早く受け取り、
「毎度あり~、あっ、足元気をつけて下さいねぇ~」
と言った。すると禿頭の方のドアが開きお帰りくださいというように少女が笑顔で手を振っていた。
「あ…あぁ…」
お釣りをもらっていないにも関わらず禿頭はふらつく足で車内を後にした。何か忘れている気がしていたが自身の記憶の中では、同僚と会社の愚痴をこぼし、いつもより酔った自分のたわけを何一つ咎めずフレンドリーに接してくれた少女の姿しか残っていなかった。
車を降りしばらく歩いた後、何気なく振り返ってみるとまだ彼女の車は同じ場所に駐車しており、運転席の窓から大振りで手を振っている笑顔の彼女があった。そんな姿を見たら明日も頑張ろうという活路が湧き出てくる。
禿頭は赤い顔をさらに赤くしながら少女に向かって手を振りかえし、夜の路地に姿を消していった。


酔った大人が帰路につき終電を逃した兵士が路上で寝る頃、より一層この街は危なくなる。居酒屋の一部はシャッターを下ろし照明を落とす。ビルはより一層照明をたき、犯罪の臭いがする人々が出入りをするようになる。昼間は子供達の遊び場である公園も、夜になれば若者の溜まり場と化する。手に持っているのはビビッドなデザインの酎ハイやタバコ、時たまバタフライナイフやモノホンのナイフを持っている者も見かける。

私は嫌いだった。

白のワゴンから先ほどの少女が顔を出す。
名を「緑谷」、年は19歳、職業、白タクシー運転手。
高校卒業後、就活に失敗し訳あってこの夜の街で働いている。
とは言うが、白タクシーはこの国でれっきとした犯罪で法律によって罰せられる違法行為なのである。それをウチの会社は商売とし、こういった夜の街で酔っ払ったサラリーマンや認知能力の低い老人などをターゲットにタクシー代をぼったくらせている悪徳商法を行っている。
「はぁ…」
ため息をつきふと考える。自分はこんなことをし続けていいんだろうかと。弱い者を騙して金を奪う。入社して間もない頃はバレるか心配でうまく成果が出せなかったが一年たった今では月のノルマを達成し仕事が板につくようになった。それゆえ罪悪感も生まれてしまう。自分がしたかったことはなんだったのか、自分に嘘をついてはいないか。そんな自己暗示を最近とても多く感じてきている。
「なーに考えてんだろ、私」
だが事実、そうしなければ生きていけない。
生きるための悪は許してはくれるとかの有名な老婆は言っていたじゃないか。
ガチャンッ
車のドアを開け新鮮な空気を吸い込む。肺が空気を入れ替えて新たな気持ちにさせてくれる。1日の終わりはこの瞬間が1番気持ちがいい。長時間座っていたため背筋を伸ばすストレッチが体によく効く。車につけた偽物の行灯を無造作に外し後部座席へと投げ込む。鈍い音の後にシートに落ちる音がする。眠気が顔を出し始める、今日はこれにて終了だ。
「ノルマも達成したしコンビニでも寄って帰るかぁ~」
軽くあくびをした瞬間遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
それは事件性のものではなくただ単に驚いた時の声だったのだがあまりの発狂ぶりに私含む通行人数名が悲鳴の方向を見た。
女性が声を上げた原因はすぐに分かった。人はそこまでいなかったが一人だけ異質な雰囲気を漂わす人物がこちらに向かって走ってきたのだ。走ってくる姿は身長が高く、黒の手袋を身に付けており、全身真っ黒で頭にフードを深く被り自身の顔が簡単には見せてくれないようにしていた。それはすぐに私の車のドア付近へと走りドアにぶつかるようにして体重をかけ強引に戸を開けた。
「あの!きょ、今日はもう営業は終了してm…」
「出せ!!!」
体つきから見て男性の様だが走ってきたせいかとても息を荒くしていた。興奮しているのか下に少しだけ映る口はヒクヒクと振動を繰り返している。初めて見るその威圧感に恐怖心が加速し拍動が耳の間近で鳴っているようで、あまりの出来事に思考が追いつかず唖然とした。
がすぐに頭は冷えた。
「聞こえなかったか?出せって?」
「………!!」
(ナ…ナイフ?)
そう言って彼は私の胸元に誰のものか定かでない血のついた「ナイフ」を突き立てた。
「出せ。死にたいのか?」
「俺は本気だ」
私に覆い被さるような体勢で彼はフードを脱ぎ、その顔をあらわにした。とても端正な顔立ちで白いツヤのある髪、暗闇のように黒い瞳をしていた。非の打ちどころのないような容姿だったが、所々血が付着しており鉄臭い匂いが彼の周りを取り囲む。
もうそれだけで人を脅すことのできる準備が完了していた。
私に拒否権など考えもしなかったが生まれてこの上ない謎の勘がそれを拒む。「乗せればこの先死が待つぞ」と。だが本能が咎める。「乗せなければ死ぬぞ」と。
天使か悪魔かの2択を迫られる様に、私はどちらに転んでも悪い方向に行くルーズルーズな選択を強いられているのだ。
「決まったか?えぇ?」
その一言で現実に戻される。断っても断らなくても最悪な結末になるのにもう私に選択と言える選択は無かった。
ただ…「今」は死にたく無かった。





あの時の自分はとんでもない過ちを犯してしまったと、
今になったらアイツも笑える話になれるだろうか…それともアイツの傷を抉るだけだろうか…
ともかく私とアイツの出会いは双方にとって最悪な形での出会いとなったことに変わりはないのですから。
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