悪役令嬢断罪回避失敗

四宮 あか

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第1話 冗談じゃないわ

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 高いところから落ちた水滴が水面にぶつかるような音が一定の間隔で聞こえる。
 どこか地に足がつかないような、ふわふわとした気持ちで私はその音をずっと聞いていた。
 ここがどこかなんて、そんなことどうでもいい。
 私の心の中は、不思議なほど落ち着いていた。

 あぁ、ようやくゆっくり眠れる。
 そんな規則正し水音だけの世界で誰かの声がかすかに聞こえた。

 お願いだから、どうかこのまま眠らせて。ひどく疲れているようなのと思うのに、はじめは遠くでぼそぼそとしていた声がだんだんと大きくなり、言っている言葉が少しずつはっきりとわかり始める。


「リリー、リリー・ラローザ。お願い目を覚まして、あなたの力が必要なのです。あぁ、どうか……どうか……」
 ぼそぼそとした声が、何と言っているのかはっきりとわかって私は目を覚ました。

 視界に入った景色はパーティー会場でも、引きずり出された中庭でも、ラローザ邸でも、はたまた日本でもなく。
 満天の星空と2cmほどの水がはられた不思議な空間だった。

 そして、私の目の前に集まり始めたキラキラとした光の粒。
 どうやらこれが私の名を呼んでいた正体のようだ。
「何……これ?」
 ゆっくりと上体を起こし、私を呼び覚ました光の粒をまだふわふわとした夢見心地のまま見つめた。
 光の粒は集まり、一つの塊となり、一人の人間の姿へと変わった。


 私が断罪された原因。
 ゲームのヒロイン――聖女エミリア・クロッセル。
 

「よかった、見つかった」
 エミリアはそういって、自分の口元を両手で顔をほころばせた。
「ここは、どこ?」
「輪廻転生の輪に入る前の魂をしばらく休ませる場所とでもいうのでしょうか?」
「ということは……、私は死んだのね」
 最後の記憶はぼんやりと思い出せる。
 流石にあの状況で生きているとは楽観的な私でも思えない。


「そうです。卒業パーティーの日、リリー様は亡くなられました」
 エミリアはそういって制服の裾をぎゅっと握る。すると握った場所の光の粒がパチパチとはじける。
「そうですか……」
 死んだと言われたのに、私の心は晴れやかだった。
 やっと終わった。
 頑張ったつもりだったけれど、BADENDだったか……
 こればかりは仕方ないけれど、現実はなかなか甘くないのね。
「申し訳ありません」
「あなたが謝ることでは……。聖女様の力はよくわかりませんが、死者に会うことができるなんて驚きました。それでは、見送りに来てくださりありがとうございます。自分が死んだことだけでもわかって、なんだかスッキリしました。どこへ行けばいいかはなんとなくわかるので、案内はしなくて大丈夫です」
 
 さて、次の人生に行こう。
 お金持ちじゃなくていいけれど、リリーのときのように運命から逃れるためにもがくような人生はまっぴらごめんだわ。
 心残りがないと言えばウソになる。それでも、首を刎ねられた今は前世の記憶を思い出すのはこりごり。
 うーんっと背伸びをして私はエミリアに背中を向けた。
 さぁ、次の人生はどうなるんだろう、そう思いながら1歩を踏み出そうとしたときだった。


「おまちください」
 去ろうとする私の前にエミリアが両手を広げて立ちふさがった。
 立ちふさがるエミリアに困ってしまって、困惑した顔で首を傾げエミリアを見つめた。


「どうか、リリー様のお力をお貸しくださいませ」
「お力をと言われましても……私はもう亡くなっているのでしょう? もう、私にできることなんて……」
「もう一度、人生をやり直していただけませんか?」
「はぃ?」
 エミリアの口から出たまさかの提案に私の表情がこわばった。
「ですから、もう一度人生をやり直していただけませんか?」
 もう一度人生をやり直す?
 記憶を取り戻してからの11年物間、楽しいことももちろんあったけれど、つらいことのほうが多かった。
 公爵令嬢として勉学に励み、リリーを縛る運命から逃れるために人の顔色をみて、破綻しないためだけを見据えた人間関係を作った。
 でも、結果はどう? 私は結局運命から逃れることはできず、首を刎ねられた。



 んーーっと背伸びをして私は素でエミリアにこういった。
「もう、無理無理。しんどい思いをしても、次は成功するとは限らないでしょ。そんなのお断りよ」
 急に砕けた口調になったことで、エミリアはギョッとしたようだけど、そのまますんなりと引き下がってはくれなかった。
「なぜ!? 運命を変えようとは思わないのですか?」
「運命からは簡単に逃れられないのよ。ということで、オコトワリデース」
「ちょっと待ってください。なんだか私の知っているリリー様と微妙に違う様な……」
「もともとこういう性格なの。ということで、お断りです」
 うふふっと笑って、私は道をふさぐエミリアを無視して先へと進もうとしたけれど、エミリアがそれはもうしつこく私が進むのを阻止しようとする。



「いくら何でもしつこいわよ!」
「こちらだって、引くわけにはいかないのです」
「だから、嫌だと言っているでしょう。私、聖女迫害の罪で卒業パーティーの日に断罪されると知っていたの。それを回避するために必死に善良に生きてきた。その結果、覚えのない罪で首を刎ねられた。何をやっても無駄。運命は変えられない。戻ったところで、過程は変わっても結果は同じ――私はきっと死刑になる」
「あーもう、とにかくこれをみて決めてください。あなたが亡くなってから何が起ったのかを……」
 エミリアはそういうと、私の額に触れた。





 靄が私の視界を覆って1分もしないうちに靄がはれた。
 私がいたのは、パーティー会場の入り口だった。
 そして、私の視線の先には、庭園で銀髪の女が沢山の騎士に地面に組み敷かれていた。
『あれは……私?』
『そう、あれは、リリー様です。そして、これは私の記憶』


「道を開けろーーーー」
 エディはそう声を荒げると、何十人もの騎士の静止を無視し、影縛りで足縛りをして走る。
 だけど、エディは間に合わなかった。
 騎士が振り下ろした両手剣は、あっさりと私の首を跳ねた。


 キャーっという叫び声が起り、私も声を上げた目を背けようとしたけれどエミリアにたしなめられた。
「目を背けたいのはわかりますが……どうかこの先を見てくださいませ」
 エミリアに促され、私は自分の意識が亡くなった先の出来事を見た。


「リリー? ……リリー、ねぇ。嘘だよね、リリー?」
 よたよたと、エディは私の亡骸に歩み寄る。
 屈みこみエディは私の、胴体から離れた頭を抱いた。
 その瞬間だった。


 まさしく咆哮と呼ぶのがふさわしい音量でエディが吠えたのだ。
 ビリビリと空気が振動する、先ほどの騎士とは比べ物にならない咆哮のせいで、窓ガラスが次々と割れる。
 異常な状態に魔力量の高い攻略対象者は、次々とエディの下へと駆け付ける。
 それは、ヒロインであり今の視界を借りているエミリアも同じだった。


 エディの親友であるルークも異変が起こったエディの下へとすぐにその場に駆けつけた。
「エディ、落ち着くんだ。魔力がひどく漏れ出して被害が出ている」
「落ち着く? ルーク、君はおかしい。リリーは君の婚約者だっただろ。なんで騎士を止めなかった。君なら止めようと思えば身分的に止めれただろう」
 私の頭を抱えたまま、エディは話しかけてきたルークをきつく睨みつけた。
「……力不足だったことに関しては申し訳ないと思っている、そもそも私にも何が起ってこうなったのかが全然わからないんだ……」
 ルークはエディが胸元に大事そうに抱えた頭をみて、憔悴しきった顔で答えた。
 親しい知り合いの死を受け止められないのは、エディだけではなかった。



「お前とだったら幸せしてくれると思ったから、譲った、退いた。でもこんな結末になるなら絶対に退かなかった」
 エディがそういった瞬間だった、エディの身体からどろどろとした黒いものがあふれてくる。
 あふれ出る黒いものに、エディの傍にいたルークだけではなく、視界を借りているエミリアや周りにいた攻略対象者たちもエディと私の亡骸から距離を取った。




「目に見えるほどの黒の魔力……」
 誰かがそうつぶやいた。
 そのとたんだ、再び悲鳴が上がって、後ろのほうにいたギャラリーが我先にと逃げ出したのだ。
 逃げ惑う人々がエディに視線をむけ呟く。


――――魔王だと。



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