66 / 76
ケンタウロスの善行14
しおりを挟む
ミナトによって両脚を失い、血の海に倒れ伏したギルを囲むように、ミナト、ゴウキ、クロエ、そしてシズクがゆっくりと近づいた。
部屋には、血の匂いと、ギルの苦悶のうめき声だけが満ちている。
ゴウキとミナトに見下ろされ、ギルは虚ろな目で宙を見つめ、微かに震える声で呟いた。
「何故、俺ばかり……不幸なんだ……」
その声には、殺意ではなく、人生を呪うような悲哀が滲んでいた。
「皆、不幸になれ……俺だって必死だったんだ。俺は正しい……弱い奴が悪い……」
彼の言葉は支離滅裂になり始めている。
やがて、彼は視線をシズクに向け、血を飛ばしながら、最後の悪意を吐き出した。
「俺も死ぬが、お前も死ぬ。俺の解毒剤があっても、もう手遅れだ。ハイヒールポーションが無いと、お前は死ぬぞ!」
「お前はそんな高価なものは買えない。結局は金持ちが勝つんだ。金だ……」
彼は、シズクの母親の記憶を引っ張り出し、最後の力を振り絞って呪いをかけた。
「お前は、お前の馬鹿な母親を恨め……」
シズクは、その血に塗れた醜い姿を、ただ黙って見つめることしかできなかった。
その時、ゴウキの腕から離れていたクロエが、壁に突き刺さっていたギルのナイフを抜き、血塗れの手でそれを握り締めた。
クロエの瞳には、怒りと悲しみ、そして復讐心が燃え上がっていた。
「……お父さんとお母さんの仇をっ!」
クロエは、そのナイフをギルの心臓目掛けて、振り下ろそうとした!
「止めろ、クロエ!」
ミナトの冷徹な制止の声が響く。彼は、クロエの腕を掴み、その動きを止めた。
「放っておいても死ぬ。人を殺した後悔をするには若すぎる。後悔で苦しむよりも、恨み続けた方が、お前には少しはましだ」
彼女は力が抜け、ナイフを床に落とすと、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。
その時、青白い光と共に、アイが静かに空間に出現した。
アイは、この緊迫した状況を気に留めることなく、合理的かつ事務的な口調で話し始めた。
「雰囲気を壊すようで申し訳ありませんが」
「解析結果は、避妊薬に混入していた毒の解毒剤として完璧です。この男はそれなりに知識もあり優秀だったようです」
彼女は、クロエの方向へその薬を投げる。クロエは反射的にそれを受け取った。
「いつ状態が急変するか分かりませんので、シズクさんは早く飲むべきです」
アイはさらに続ける。
「それにハイヒールポーションは、そこの飲んだくれ共のおかげで、ここにあるようです」
アイは、ゴウキのカバンからハイヒールポーションを取り出す
アイはそれをゴウキに投げつけた。
ギルは、もはや意識が途切れ途切れで、ハイヒールポーションの存在すら認識しているか分からない。彼の目には、血と涙と泥で汚れたシズクだけが映っていた。
「寒い……寒い……」
彼は、支離滅裂な言葉と寒い。を繰り返すだけだった。
シズクは、アイに渡された解毒剤と、ゴウキが受け取ったハイヒールポーションの二つを、震える手で掴んだ。
そして、ギルの最後の言葉を無視するように、ハイヒールポーションを飲み込んだ。
その姿を見たギルの表情が、一瞬だけ安堵と、何らかの達成感のようなもので歪んだ。
「シズク、体調は……どうだ?」
彼は、血の泡を吹きながら、最期の言葉を紡いだ。
「クロエには飯持ってきたぞ……金だ…強くならないと。強く……兄さん……」
ギルは、最期の瞬間に、彼自身の「守るべき存在」の幻を見たのだろうか。
彼の体は、その言葉を最後に、ピクリとも動かなくなった。彼の体から、命の熱が完全に失われた。
ギルは動かなくなった。
彼の最期の言葉は、シズクの体調を気遣うもの、そしてクロエに食事を、誰かを「兄さん」と呼ぶ、支離滅裂な、しかしどこか人間的な響きを持つものだった。
ゴウキは、自身の血で濡れた拳を力強く握りしめていた。
その腕のすぐそばでは、シズクがハイヒールポーションを飲み込み、静かに息を整えている。
ゴウキは、ミナトによって切断され、血の海に倒れ伏すギルの無残な遺体に視線を向けた。
そして、次に、同じくこの「下層」という闇に飲み込まれながらも、自分たちに出会うことで、かろうじて生き延びたシズクに視線を移した。
(チッ……)
ゴウキの胸には、強い怒りとは違う、鉛のような重い感情が澱んでいた。
(ギル……お前も、元は誰かに優しくしたかっただけなのか?)
ギルが最後に吐き出した、「俺だって必死だった」「弱い奴が悪い」という言葉、そして最期の瞬間に「兄さん」と呼び、クロエの心配をしたこと。
それが全て、彼が陥った悪意と絶望の深さを物語っていた。
もし、ギルがクロエとシズクに出会った場所が、この腐敗した下層ではなく、光の当たる場所であったなら。
もし、彼が最初に手を差し伸べたのが、犯罪組織ではなく、ギルドや自警団であったなら。
(出会う場所が、境遇が違えば……)
ゴウキは、思わずにはいられなかった。
ギルも、シズクも、クロエも、全てはこの国と、この街の「闇」が生み出した、似て非なる被害者であることに変わりはない。
ゴウキの心は、憎しみと、そして深い同情が交錯していた。しかし、その感情を表に出すことはない。
人の事をとやかく言える筋合いはないか。
ゴウキは深く息を吸い込み、思考を切り替えた。もう感傷に浸る時間は無い。
彼はシズクとクロエに向け、いつもの豪快さを取り戻すように、強い口調で声をかけた。
「もう、大丈夫だ。」
部屋には、血の匂いと、ギルの苦悶のうめき声だけが満ちている。
ゴウキとミナトに見下ろされ、ギルは虚ろな目で宙を見つめ、微かに震える声で呟いた。
「何故、俺ばかり……不幸なんだ……」
その声には、殺意ではなく、人生を呪うような悲哀が滲んでいた。
「皆、不幸になれ……俺だって必死だったんだ。俺は正しい……弱い奴が悪い……」
彼の言葉は支離滅裂になり始めている。
やがて、彼は視線をシズクに向け、血を飛ばしながら、最後の悪意を吐き出した。
「俺も死ぬが、お前も死ぬ。俺の解毒剤があっても、もう手遅れだ。ハイヒールポーションが無いと、お前は死ぬぞ!」
「お前はそんな高価なものは買えない。結局は金持ちが勝つんだ。金だ……」
彼は、シズクの母親の記憶を引っ張り出し、最後の力を振り絞って呪いをかけた。
「お前は、お前の馬鹿な母親を恨め……」
シズクは、その血に塗れた醜い姿を、ただ黙って見つめることしかできなかった。
その時、ゴウキの腕から離れていたクロエが、壁に突き刺さっていたギルのナイフを抜き、血塗れの手でそれを握り締めた。
クロエの瞳には、怒りと悲しみ、そして復讐心が燃え上がっていた。
「……お父さんとお母さんの仇をっ!」
クロエは、そのナイフをギルの心臓目掛けて、振り下ろそうとした!
「止めろ、クロエ!」
ミナトの冷徹な制止の声が響く。彼は、クロエの腕を掴み、その動きを止めた。
「放っておいても死ぬ。人を殺した後悔をするには若すぎる。後悔で苦しむよりも、恨み続けた方が、お前には少しはましだ」
彼女は力が抜け、ナイフを床に落とすと、その場に崩れ落ち、声を上げて泣き始めた。
その時、青白い光と共に、アイが静かに空間に出現した。
アイは、この緊迫した状況を気に留めることなく、合理的かつ事務的な口調で話し始めた。
「雰囲気を壊すようで申し訳ありませんが」
「解析結果は、避妊薬に混入していた毒の解毒剤として完璧です。この男はそれなりに知識もあり優秀だったようです」
彼女は、クロエの方向へその薬を投げる。クロエは反射的にそれを受け取った。
「いつ状態が急変するか分かりませんので、シズクさんは早く飲むべきです」
アイはさらに続ける。
「それにハイヒールポーションは、そこの飲んだくれ共のおかげで、ここにあるようです」
アイは、ゴウキのカバンからハイヒールポーションを取り出す
アイはそれをゴウキに投げつけた。
ギルは、もはや意識が途切れ途切れで、ハイヒールポーションの存在すら認識しているか分からない。彼の目には、血と涙と泥で汚れたシズクだけが映っていた。
「寒い……寒い……」
彼は、支離滅裂な言葉と寒い。を繰り返すだけだった。
シズクは、アイに渡された解毒剤と、ゴウキが受け取ったハイヒールポーションの二つを、震える手で掴んだ。
そして、ギルの最後の言葉を無視するように、ハイヒールポーションを飲み込んだ。
その姿を見たギルの表情が、一瞬だけ安堵と、何らかの達成感のようなもので歪んだ。
「シズク、体調は……どうだ?」
彼は、血の泡を吹きながら、最期の言葉を紡いだ。
「クロエには飯持ってきたぞ……金だ…強くならないと。強く……兄さん……」
ギルは、最期の瞬間に、彼自身の「守るべき存在」の幻を見たのだろうか。
彼の体は、その言葉を最後に、ピクリとも動かなくなった。彼の体から、命の熱が完全に失われた。
ギルは動かなくなった。
彼の最期の言葉は、シズクの体調を気遣うもの、そしてクロエに食事を、誰かを「兄さん」と呼ぶ、支離滅裂な、しかしどこか人間的な響きを持つものだった。
ゴウキは、自身の血で濡れた拳を力強く握りしめていた。
その腕のすぐそばでは、シズクがハイヒールポーションを飲み込み、静かに息を整えている。
ゴウキは、ミナトによって切断され、血の海に倒れ伏すギルの無残な遺体に視線を向けた。
そして、次に、同じくこの「下層」という闇に飲み込まれながらも、自分たちに出会うことで、かろうじて生き延びたシズクに視線を移した。
(チッ……)
ゴウキの胸には、強い怒りとは違う、鉛のような重い感情が澱んでいた。
(ギル……お前も、元は誰かに優しくしたかっただけなのか?)
ギルが最後に吐き出した、「俺だって必死だった」「弱い奴が悪い」という言葉、そして最期の瞬間に「兄さん」と呼び、クロエの心配をしたこと。
それが全て、彼が陥った悪意と絶望の深さを物語っていた。
もし、ギルがクロエとシズクに出会った場所が、この腐敗した下層ではなく、光の当たる場所であったなら。
もし、彼が最初に手を差し伸べたのが、犯罪組織ではなく、ギルドや自警団であったなら。
(出会う場所が、境遇が違えば……)
ゴウキは、思わずにはいられなかった。
ギルも、シズクも、クロエも、全てはこの国と、この街の「闇」が生み出した、似て非なる被害者であることに変わりはない。
ゴウキの心は、憎しみと、そして深い同情が交錯していた。しかし、その感情を表に出すことはない。
人の事をとやかく言える筋合いはないか。
ゴウキは深く息を吸い込み、思考を切り替えた。もう感傷に浸る時間は無い。
彼はシズクとクロエに向け、いつもの豪快さを取り戻すように、強い口調で声をかけた。
「もう、大丈夫だ。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる