【完結】月と羊 〜その声に恋をしていた〜

西宮裕華

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第17章

あなたが見つけてくれたから(2)

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「初めて会った電車でも、公開実況の日も、そして、今回も。それに……」

 目を伏せて、ぎゅっと膝の上で手を握りしめている彼女。俺も横に腰を下ろし、言葉を待った。


「……その、さっきのタブレットの…通知のこと……」

「うん……。通知、出てた。俺の名前、画面に」


 ひどく恥ずかしそうで、でも、何かを決意したように顔を上げて、菜緒さんは声を震わせながら言った。

「私ね、羊さんのファンだったの。……っていうか、今でも。……ずっと前、仕事とか人間関係とか、すごく辛い時期があって。心がしんどくて、何もかもが嫌になって、布団からも出たくなくて……朝が来るのが怖かった」

 息を呑んだ。まさか、そんな思いを抱えていた時期があったなんて。

「……でもね、ある日、偶然見つけたの。羊さんの実況動画。……最初は、この声好きだなって何となく流して見てたんだけど、気がついたら……笑ってたの。あんなに泣いてばっかりだったのに、笑ってたの。……くだらないことを全力でふざけてて、すごく痛烈なコメントをしたと思ったら、優しくて。あれが、なかったら、私……たぶん、今ここにいないと思う」

 ぽろりと、涙が頬を伝った。菜緒さんは慌ててそれを手の甲で拭ったが、次の涙がすぐに後を追う。

「新着があると嬉しくて、通知が来るだけで少し元気になれて……。羊さんの配信を見るだけで、毎日頑張れそうって……。そんな気持ちになれたの。ありがとう、って言いたかった。あなたの配信に、声に、たくさん、救われました。……本当に、勝手な、一方的な、思いですけど……」

 もう、耐えられなかった。

 堪えきれず、そっと手を伸ばし、彼女の肩を引き寄せる。彼女が驚いたように見上げてきたが、そのまま、強く抱きしめた。

 呼ばれた気がした。
 その涙も、震える指も、好きで仕方ないこの人の全部を、抱きしめたくてたまらなかった。

「……ありがとう」

 俺の声も震えていたと思う。

「そんなふうに言ってくれて。俺……何のために実況してるんだろうって、わかんなくなる時もあった。けど……そんなふうに、誰かに届いてたなら、ほんの少しでも救えてたのなら……やっててよかったって、心から思えるよ。」
「チンチラのことも……俺の配信の何気ない雑談を覚えていてくれたんだよね。なんか……すごく、すごく嬉しい」

 腕の中で菜緒さんがコクリと頷いた。止まらない涙がシャツに染み込む。


 気持ちが抑えられなかった。小さく息を吸って、口を開いた。

「俺、菜緒さんが好きです。菜緒さんが……俺の動画を好きでいてくれたことも嬉しかったけど、それ以上に……初めて会ったあの日から。菜緒さん自身のことが、好きでした」

 腕の中の彼女が、ぴくりと動いた。
 抱きしめる力が自然と強くなっていた。

「俺、羊としてじゃなくても……あなたに必要な人になりたいです」

 静かに、真っ直ぐに。
 胸の鼓動が重なる距離で、心の奥をさらけ出した。


 ここにいるのは、羊じゃなく、日辻智士。
 あなたが、見つけてくれた俺。

 そしてこれからは——
 俺が、あなたを守っていきたい。
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