【完結】転生悪役令嬢は縛りプレイで破滅エンドを回避する

西宮裕華

文字の大きさ
18 / 43
第4章:秋

レオナルド 〜知らない感情〜

しおりを挟む
 黄金色の稲穂が揺れ、赤く色づいた果実が陽を浴びて輝く。

 学園では待ちに待った収穫祭が始まった。広大な学園の敷地には各地方から運ばれた秋の恵みが所狭しと並べられている。学生たちは展示を巡り、ある者は収穫物で作られた料理に舌鼓を打ち、ある者は軽快な音楽に耳を傾ける。
 皆、思い思いに祭りを楽しんでいた。が、そんな中、リディアは戦地に赴くような表情で前を見据えていた。

「……とうとう来たな、このイベント……」

 貴族らしからぬぼやきを喉の奥で噛み潰す。

 この祭りでは、王太子妃候補の貴族令嬢たちが交代で、王太子レオナルドの収穫祭視察に同行することが決まっている。

 表向きは、王太子の隣で存在感を示すこと、そして王族と民の架け橋としての資質を養うこと。
 だが実際には、王太子妃の座をめぐる“女の戦”の主戦場だった。

 そして前世のゲームの記憶では……悪役令嬢リディアがその戦場の中心にいた。

 農作物への興味など一切ない。他の令嬢たちを牽制し、蹴落とし、レオナルドの隣に居座り、自らが最も彼にふさわしいと豪語していたのだ。
 清々しいまでの自己中っぷり。むしろ頭が下がるくらいだ。

 もちろん、そんな態度ではレオナルドの好感度は得られない。下手するとレオナルドお決まりの『君には失望したよ』が発動する。

 今のリディアにはそんな野心も、自己顕示欲もない。あるのは破滅エンドを回避して、トゥルーエンドに向かいたいという願いのみ。

(目立たず、ささやかにレオナルドの好感度を上げることが最大の目的。上げすぎは厳禁。まかり間違ってレオナルドルートに突入したら、本末転倒)

 そう固く心に決め、視察という名の戦地へと足を踏み入れた。

***

 視察の同行が始まった。レオナルドのさりげないエスコートに胸を高鳴らせながらも、農民たちへ丁寧に礼を述べるリディア。

「お目にかかれて光栄です。本日の収穫祭のご準備、誠にお疲れ様でした」

 頭を下げながらも、その瞳は並べられた農作物へ興味深げに向けられていた。

(わぁ、ゲームで見た野菜たち! 実物に触れられるなんて、感動! 設定は鬼畜なゲームだけど、攻略対象だけでなく景色や食べ物の描写がめちゃくちゃよかったのよね)

 見た目は栗のような艶やかな果皮。ほのかに甘い匂いが鼻腔をくすぐる。現実にしかない五感の情報に、胸が高鳴った。

「このセルトリアの実は南部の特産ですね。香りがとても芳醇。サラダにすれば、風味が引き立ちそうですわ」

 感動に駆られて言葉がこぼれた。どんな味がするのか、想像して思わず生唾を飲んだ。

 その隣のブースには金色の小麦。それを見た瞬間、ゲームで見たパンが思い出された。

(そうそう、この麦で作るパンは、ビジュが最高だったわ。確か、雨に弱いのよね)

「こちらは……ルーク麦ですね。長雨の影響は……?」

 問いかけるリディアに、農家の婦人が微笑む。

「えぇ、収穫が少し遅れましたが、なんとか間に合いましたよ。あと数日遅ければ、全滅でした」

「それは……ご苦労をおかけしました」

 そう頭を下げ、ねぎらいの言葉をかける彼女。

 そんな様子を、レオナルドは静かに見ていた。

 かつて彼の腕に絡みつき、他を蹴落とすような視線を投げていた令嬢の姿はもうそこにはなかった。
 代わりにいたのは、農民に目線を合わせ、土の香りに顔を緩ませながら、真剣に話を聞くリディア・アルスレッド、その人だった。

 次に芋のような作物を見た瞬間、リディアの目が一際輝いた。ゲームでも一番気になっていたものだ。

「殿下。こちらの農作物はスィルタムといいます。まだ広く知られてはいませんが、冷害にも強く、成長も早いと聞きますわ。今後、国の備蓄作物としての価値もあるかと」

(この先、平和に暮らしていくためにも、食物について見識を深めるのは大事よね。国の一大事に陥っても食べ物さえあれば、きっとなんとかなるんだから!)

 リディアの発言にレオナルドも興味深気に頷く。

「聞いたことがあるが、実物を見るのは初めてだ。確かに、流通と管理体制次第では戦時や災害時の食糧として期待できる」

 それは視察という枠を超え、静かな熱を帯びた意見のやり取り。けれど、会話はあくまで自然で、心地よい時間だった。

(それにしてもレオナルドはすごいわ。私はゲームで見たっていう情報があるけど、彼は自分の知識と経験で論理を組み立てる。一を話せば、十が返ってくる。話がどんどん広がるわ。すごく……楽しい)

 彼と話す時間はリディアにとって心躍るものだった。

 一方、レオナルドもまた、言葉を交わす中で気づき始めていた。彼女の話はただの知識披露ではない。土地や収穫物への敬意と思いが通っている。

(彼女の知識は的確で自然で、そして深い。何よりも……私と同じ目線で語れる人間だったのか)


 傍から見れば恋の駆け引きなど皆無、だがそれは2人にとって深く心に残る時間だった。

「……君は、本当に……すごいな」

 ぽつりとつぶやいたレオナルドに、リディアの胸が高鳴り、頬が赤く染まった。

(今、褒めてもらえたのよね? あの完璧王子様に? それ、すごく嬉しい……)

 その言葉には“王太子”としてではなく、ただの“レオナルド”としての思いが込められているような気がして、彼女の心に暖かく沁みた。

「私など、ただの一意見に過ぎません。少しでも、殿下のお役に立てれば、ありがたいことですわ」

 やがて担当時間終了の声。リディアは一礼する。

「それでは殿下、次の候補者との視察も実りあるものになりますように」

「あぁ、有意義な時間を……ありがとう」

 ふわりと微笑むその顔にリディアの鼓動が早まった。

(正直、もっと話していたかった……ってそんな感情は、危ない。彼に気持ちを寄せちゃいけない。レオナルドルートに足を踏み入れるわけには……)

 そんな後ろ髪引かれる思いには気づかないふりをして、その場を辞するリディア。

 その姿をレオナルドは目で追っていた。彼女の姿も、声も、もうそこには残っていない。それが、寂しいと思ってしまった。

***

 収穫祭のフィナーレを飾るのは、夕暮れと共に始まった舞台。野外劇場で華やかに繰り広げられ、大歓声の中、その幕を閉じた。
 全ての視察を終えたレオナルドも、側近と共に引き上げようとする。

 ふと、舞台の控え用テントから聞き覚えのある声が聞こえた。

「君の助言がなかったら、きっとあの小道具、壊れてたよ。助かった。ありがとう、リディ」

「いえ、私は端っこで道具の確認をしていただけですから……」

 その声に、レオナルドの足が止まった。

 帳の向こうには、ルシアン・クレイ——学生でありながら人気舞台俳優として名を馳せる青年と、リディアの姿。ルシアンが親しげに名を呼び、リディアはそれに自然に応じている。

(“リディ”……?)

 その音が、なぜか耳に残る。
 心臓がぎゅっと縮む。知らぬ間に湧き上がった感情が自分でも理解できず、レオナルドはその場から足早に去った。

「……なんだ、これは」

 思わず言葉が漏れた。王太子妃候補の1人が他の男性と会話をしていた。ただそれだけだ。だが、自分の知らない場所で、彼女の世界が広がっていく。何故か胸の奥がざらついた。

(もっと、彼女のことを……)

 そう考えかけて、頭を振る。しかしその思いは消えなかった。彼女との時間が頭から離れない。

(これは……“興味”なのか? いや、違う……。何だ、この感情は)

 秋の夜風が、思考を冷ますように吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...