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第5章:冬
レオナルド 〜選ぶ、選ばれる〜
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外は冬の冷たい空気が広がっている。
この日、リディアは王城の大図書館に来ていた。小さな物音さえ響く静かな空間。古い紙の匂い。その一角には大きなテーブルが置かれ、柔らかな陽光が降り注いでいた。
静かに腰を下ろした目の前には、テーブルを挟んで王太子レオナルド。
いつも通り完璧な所作で、美しい金髪が陽の光を受けて輝いている。
背筋を伸ばして座り、彼女を見つめる姿はゲームのスチル絵のようだった。
(これ、覚えてる。ゲーム内でレオナルドとの交流であった“対話式選定”だわ)
レオナルドは卒業後に王太子妃を選ぶ。それに向けて王太子妃候補たちが一人ずつ、彼と意見を交わす機会。
(まぁ、言ってしまえば……王太子妃候補の“就職面接”よね。最終面接の段階かしら?)
そんな場違いな考えを持ちながらも、リディアは気を引き締めていた。ここで彼への返答によっては、ルート入りが確定してしまう。
レオナルドは彼女の前に一冊の本を差し出した。
「これを読んでみてくれないか?」
それは年代も判然としない古い革表紙の本。そして金文字でこう綴られていた。
《選定と均衡》
(え……? これってこの国の在り方とかを会話するものじゃなかった? こんな展開あったっけ?)
困惑しながらも、本のページをめくると、そこには一つの伝承らしきものが記されていた。
『世界を維持するために必要なのは“選定”である。選ばれし者は役割を果たし、秩序の輪の中に身を置く。全ての人物は、選ばれることこそが存在理由であり、それが均衡を保つ鍵である』
それはまるで、この世界の構造そのものを指しているようで。
リディアの胸が、ドクリと鳴った。
「……どう思う?」
レオナルドの声は低く静かだった。
「これは王家に古くからある文書だ。著者も、誰が持ち込んだのかもわからない。これによると、誰もが“選ばれること”を前提に生きている気がするんだ。自分の意志ではなく、誰かに指名されることが運命であると……。まるで物語の中で、筋書き通りに動いているかのように」
リディアの心が波立つ。
(その感覚は、私もずっと抱えてる……だってここは、攻略対象が主人公に“選ばれる”ことでのみ成り立つ乙女ゲームの世界。でも、選ばれるためだけに存在するなんて、そんな世界……悲しすぎない?)
「かく言う私自身も……、周りから常に“選ばれている”。王太子として相応しい者かどうか、な」
自嘲気味に呟く彼に、リディアの胸は締め付けられる。少し考えた後、静かに言葉を選んだ。
「古文書の内容はとても意味深です。けれど……選ばれる前に、まずは自分が、自身の未来を選ぶ意志を持つべきではありませんか?」
その言葉にレオナルドの碧眼が見開かれた。ゆっくりと、自分の気持ちを確かめるようにリディアは続ける。
「どれほど道が定められていても、自分の足で踏み出すことだけは……誰にも奪えないものだと思います」
彼はふっと、肩の力が抜けたかのように微笑んだ。
「……君と話していると、不思議と救われる気がするな」
彼の心が静かに、でも確実に揺れていた。
王太子としての責務、周りからの視線、定められた道。その重さに押し潰されそうになる日々の中で、リディアのその言葉が淡い光のように胸に沁みた。
レオナルドは、どこか嬉しそうで、そして切なげな声で語った。
「俺は……王位を継ぐものとしてではなく、“俺”として、誰かを選びたい。そして、その人には“俺”を選んでほしい。立場ではなく、その人の心で」
その瞬間、リディアの胸の奥で何かが跳ねた。
(選び、選ばれる。心で……)
2人の視線が交わる。言葉はない。その間に、穏やかで、静かな時間が流れた。
「失礼いたします。そろそろ……お時間です」
文官の声がその静寂を破った。
短い対話の終わりを告げるその声に、リディアは名残惜しさを自覚していた。が、それを表に出せる立場でもない。その場から退出しようとしたその時——
「リディア嬢」
レオナルドが彼女の名を呼んだ。顔を上げて見た彼の顔は、いつもの王太子ではなく、真摯に彼女と向き合おうとする一人の男性のようにリディアは感じた。
「……君を、“リディ”と呼んでもいいだろうか?」
少し言い淀んでから発せられたその一言は、彼女の心を強く揺るがせた。
(何度プレイしても、こんなシーンはなかったはず)
「……殿下のご自由に」
かろうじてそう答える自分の声が、かすかに震えていることに、自身も気づいていた。
***
対話式選定を終え、レオナルドが公務に戻ったあとも、リディアは図書館にいた。
「滅多に来られないから」と文官に許可を得て、書架の間をゆっくり歩いていく。
その理由の半分は正しいが、もう半分は、誰もいない場所で、すぐにでも自分の気持ちを落ち着かせたかった。
頭の中にはレオナルドとのやり取りが回っている。
「“リディ”と呼んでもいいか?」と聞いた彼の瞳が、声が、離れない。
「ダメ、ダメだよ……」
(レオナルドとの未来を望んではいけない。私は知っている。それを望んでしまったら、待っているのは……国王暗殺とクーデターによる悲劇。その悲劇をレオナルドとリディアが手を取って乗り越える、そんな未来)
気が付いたら、図書館の1番端まで来ていた。
目の前の本棚。一冊の本が目に留まった。
《終わりなき物語とその脱却》
埃をかぶったその表紙に、なぜか強く引き寄せられる。そっと開いたそのページには、短いながらも力強い言葉が刻まれていた。
『物語の終焉とは、選択の終焉である。すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
その暗示のような記述にリディアは息を呑んだ。なぜか目が離せない。ただのお伽話ではなく、自分のやろうとしていることを指摘されているような感覚。
(どういうこと……?)
リディアの目指す終焉はこのゲームのトゥルーエンド。“全員が仲良く平和に暮らしました”という、争いも涙も越えた、最高の結末。
しかしこの記述が意味するのは、それだけではない気がした。
「……私のトゥルーエンドを迎えたいという選択が、この世界も、皆の運命も変えてしまうというの?」
その呟きは、誰もいない図書館に溶けていった。
けれど、静かに揺れる書架の灯りの火が、「そうだ」と囁いているように感じられた。
***
その夜。執務がひと段落したレオナルドは一人、窓の外の雪を見つめていた。
ふと王城の大図書館がある建物が目に入る。今日の対話が思い起こされた。
真っ直ぐに自分を見つめ、どこか不安気な様子で、しかしはっきりと自分の考えを話してきた彼女。
——君と話していると、救われる気がする。
それは決して軽い言葉ではない。
リディアの視線、言葉の一つ一つが、確かに自分を変えている。
「リディ……」
静かにその名を呼んでみた。
不思議と胸が温かくなる。
これまで抱いたことのない感情。
それが何なのかを、言葉にはできない。
だが、雪の夜空に、静かな始まりの鐘が鳴っているような気がした。
もし彼女が「自らの意志」で自分に向き合ってくれたとき。
自分もまた、「自らの意思で誰かを選びたい」
そう思った。
この日、リディアは王城の大図書館に来ていた。小さな物音さえ響く静かな空間。古い紙の匂い。その一角には大きなテーブルが置かれ、柔らかな陽光が降り注いでいた。
静かに腰を下ろした目の前には、テーブルを挟んで王太子レオナルド。
いつも通り完璧な所作で、美しい金髪が陽の光を受けて輝いている。
背筋を伸ばして座り、彼女を見つめる姿はゲームのスチル絵のようだった。
(これ、覚えてる。ゲーム内でレオナルドとの交流であった“対話式選定”だわ)
レオナルドは卒業後に王太子妃を選ぶ。それに向けて王太子妃候補たちが一人ずつ、彼と意見を交わす機会。
(まぁ、言ってしまえば……王太子妃候補の“就職面接”よね。最終面接の段階かしら?)
そんな場違いな考えを持ちながらも、リディアは気を引き締めていた。ここで彼への返答によっては、ルート入りが確定してしまう。
レオナルドは彼女の前に一冊の本を差し出した。
「これを読んでみてくれないか?」
それは年代も判然としない古い革表紙の本。そして金文字でこう綴られていた。
《選定と均衡》
(え……? これってこの国の在り方とかを会話するものじゃなかった? こんな展開あったっけ?)
困惑しながらも、本のページをめくると、そこには一つの伝承らしきものが記されていた。
『世界を維持するために必要なのは“選定”である。選ばれし者は役割を果たし、秩序の輪の中に身を置く。全ての人物は、選ばれることこそが存在理由であり、それが均衡を保つ鍵である』
それはまるで、この世界の構造そのものを指しているようで。
リディアの胸が、ドクリと鳴った。
「……どう思う?」
レオナルドの声は低く静かだった。
「これは王家に古くからある文書だ。著者も、誰が持ち込んだのかもわからない。これによると、誰もが“選ばれること”を前提に生きている気がするんだ。自分の意志ではなく、誰かに指名されることが運命であると……。まるで物語の中で、筋書き通りに動いているかのように」
リディアの心が波立つ。
(その感覚は、私もずっと抱えてる……だってここは、攻略対象が主人公に“選ばれる”ことでのみ成り立つ乙女ゲームの世界。でも、選ばれるためだけに存在するなんて、そんな世界……悲しすぎない?)
「かく言う私自身も……、周りから常に“選ばれている”。王太子として相応しい者かどうか、な」
自嘲気味に呟く彼に、リディアの胸は締め付けられる。少し考えた後、静かに言葉を選んだ。
「古文書の内容はとても意味深です。けれど……選ばれる前に、まずは自分が、自身の未来を選ぶ意志を持つべきではありませんか?」
その言葉にレオナルドの碧眼が見開かれた。ゆっくりと、自分の気持ちを確かめるようにリディアは続ける。
「どれほど道が定められていても、自分の足で踏み出すことだけは……誰にも奪えないものだと思います」
彼はふっと、肩の力が抜けたかのように微笑んだ。
「……君と話していると、不思議と救われる気がするな」
彼の心が静かに、でも確実に揺れていた。
王太子としての責務、周りからの視線、定められた道。その重さに押し潰されそうになる日々の中で、リディアのその言葉が淡い光のように胸に沁みた。
レオナルドは、どこか嬉しそうで、そして切なげな声で語った。
「俺は……王位を継ぐものとしてではなく、“俺”として、誰かを選びたい。そして、その人には“俺”を選んでほしい。立場ではなく、その人の心で」
その瞬間、リディアの胸の奥で何かが跳ねた。
(選び、選ばれる。心で……)
2人の視線が交わる。言葉はない。その間に、穏やかで、静かな時間が流れた。
「失礼いたします。そろそろ……お時間です」
文官の声がその静寂を破った。
短い対話の終わりを告げるその声に、リディアは名残惜しさを自覚していた。が、それを表に出せる立場でもない。その場から退出しようとしたその時——
「リディア嬢」
レオナルドが彼女の名を呼んだ。顔を上げて見た彼の顔は、いつもの王太子ではなく、真摯に彼女と向き合おうとする一人の男性のようにリディアは感じた。
「……君を、“リディ”と呼んでもいいだろうか?」
少し言い淀んでから発せられたその一言は、彼女の心を強く揺るがせた。
(何度プレイしても、こんなシーンはなかったはず)
「……殿下のご自由に」
かろうじてそう答える自分の声が、かすかに震えていることに、自身も気づいていた。
***
対話式選定を終え、レオナルドが公務に戻ったあとも、リディアは図書館にいた。
「滅多に来られないから」と文官に許可を得て、書架の間をゆっくり歩いていく。
その理由の半分は正しいが、もう半分は、誰もいない場所で、すぐにでも自分の気持ちを落ち着かせたかった。
頭の中にはレオナルドとのやり取りが回っている。
「“リディ”と呼んでもいいか?」と聞いた彼の瞳が、声が、離れない。
「ダメ、ダメだよ……」
(レオナルドとの未来を望んではいけない。私は知っている。それを望んでしまったら、待っているのは……国王暗殺とクーデターによる悲劇。その悲劇をレオナルドとリディアが手を取って乗り越える、そんな未来)
気が付いたら、図書館の1番端まで来ていた。
目の前の本棚。一冊の本が目に留まった。
《終わりなき物語とその脱却》
埃をかぶったその表紙に、なぜか強く引き寄せられる。そっと開いたそのページには、短いながらも力強い言葉が刻まれていた。
『物語の終焉とは、選択の終焉である。すべての登場人物が、己の意志を取り戻したとき、世界は運命の歯車から外れ、再び息を吹き返す』
その暗示のような記述にリディアは息を呑んだ。なぜか目が離せない。ただのお伽話ではなく、自分のやろうとしていることを指摘されているような感覚。
(どういうこと……?)
リディアの目指す終焉はこのゲームのトゥルーエンド。“全員が仲良く平和に暮らしました”という、争いも涙も越えた、最高の結末。
しかしこの記述が意味するのは、それだけではない気がした。
「……私のトゥルーエンドを迎えたいという選択が、この世界も、皆の運命も変えてしまうというの?」
その呟きは、誰もいない図書館に溶けていった。
けれど、静かに揺れる書架の灯りの火が、「そうだ」と囁いているように感じられた。
***
その夜。執務がひと段落したレオナルドは一人、窓の外の雪を見つめていた。
ふと王城の大図書館がある建物が目に入る。今日の対話が思い起こされた。
真っ直ぐに自分を見つめ、どこか不安気な様子で、しかしはっきりと自分の考えを話してきた彼女。
——君と話していると、救われる気がする。
それは決して軽い言葉ではない。
リディアの視線、言葉の一つ一つが、確かに自分を変えている。
「リディ……」
静かにその名を呼んでみた。
不思議と胸が温かくなる。
これまで抱いたことのない感情。
それが何なのかを、言葉にはできない。
だが、雪の夜空に、静かな始まりの鐘が鳴っているような気がした。
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