【完結】転生悪役令嬢は縛りプレイで破滅エンドを回避する

西宮裕華

文字の大きさ
12 / 43
第3章:夏

ルシアン 〜演者としての誇り〜

しおりを挟む
 明日からルシアン・クレイ主演の夏の舞台が始まる。その劇場の入り口に、リディアは立っていた。隣に立つ侍女アーニャは手に豪華な花籠を抱えている。

「本当に、“前日”でよろしかったのですか? お嬢様」

 アーニャが尋ねる。確かに今までのリディアなら、スポンサーの権力を振りかざして舞台“当日”に花を持って楽屋に突撃していただろう。しかし——

「もちろん! 当日、楽屋に押しかけるなんて、“好感度-1”の王道ルートだもの。推しへの距離感は適切さが肝要なのよ!」

「時々、お嬢様は不可思議なことをおっしゃいますよね……」

 呆れ気味のアーニャを横目にリディアは劇場受付へ向かう。

 かつての“熱心すぎるファン”の汚名返上のために。今回は“舞台好きの観客”の1人として、舞台の成功を祈るつもりだった。


 無事、受付に花籠を預け、肩の力を抜いたリディア。この後、どこかのカフェにでも寄ろうか。そんなことを考えていた時だった。
 突然劇場の奥から怒号ともとれる大声が響いた。

「どういうことだよ!? 前日に演目変更って、冗談にしても悪質すぎるだろ。どういう神経してんだ!?」

 その声と共に現れたのは、そこにいるだけでぱっと光がさすような人。

「ルシアン様……?」

 後ろには汗だくのスタッフらしき数名。

「申し訳ありません、ルシアン様……! 明日、お忍びで訪問予定のVIPが他国の王族でして……。現在の演目ですと、その国の宗教的価値観と微妙に……と……」
 
 スタッフのしどろもどろな説明に、ルシアンは美しい眉を歪ませる。

「はあ!? 今さら!? せめて一週間前に言ってくれよ! これだからVIPってやつはっ!」

「せめて、前回の喜劇あたりに差し替えていただけると……」

「前回のやつ? 演出確認しなきゃじゃん。台本、もう倉庫だろうし……。探し出して、キャスト調整して——。あぁ、もう……」

 口調は荒くとも頭の中は高速回転させている様子のルシアン。そんな彼の目が、ふとリディアに気づいた。
 その瞬間、いつもの人当たりのよい、他人行儀モードに切り替わる。

「あれ、リディア嬢? ごきげんよう! せっかく来ていただいたのに、何もお構いできませんで」

 先ほどまで怒鳴っていたのが別人のようだ。

(切り替え早っ……! でもトラブル、だよね? 少しは助けになれるかしら……?)

 リディアはルシアンの顔を見上げると、意を決して申し出た。

「こんにちは、ルシアン様。あの……、お話……聞こえてしまって。もし、何かお手伝いできることがあれば、言ってください」

 ルシアンは、驚いたように目を瞬かせた。まさか、侯爵令嬢が“手伝う”と言い出すとは思わなかったのだろう。

「えっ、いや……そんな。……でも……ああ、くそ、時間がない!」

 しばしの沈黙。ルシアンは、深く息を吸い込んで言った。

「ごめん、じゃあお願いする。台本倉庫から喜劇系の台本を何冊か探してきてくれない? “銀の靴と酔っ払い王子”、“オレンジの恋人たち”、あと“サーカス夜話”ってやつも」

 リディアは告げられた台本の名前を指を折って確認した。幸い、自分は彼の舞台の大ファンだ。舞台のタイトルは全てわかる。

「分かりました。任せてください。アーニャ、行きましょう!」


 そう意気込んでやってきた台本倉庫。そこは数千もの台本が無秩序に積み上がる、混沌とした迷宮だった。

「どう考えても、劇団の誰かが整理を怠ったに違いありませんね……」

 アーニャは目の前の光景に戦慄していた。が、リディアは決意を固めた。彼の助けになれるのなら。これが今までの罪滅ぼしに少しでもなるのなら。

「さぁ、やるわよ!」

 リディアは、紙と埃とカビの香りが入り混じる倉庫に身を投じた。



 小一時間ほどの格闘のあと、見つけた数冊の台本。ルシアンに渡すと、心底安心したような顔を見せた。

「ありがとう、リディア嬢。助かったよ。本当に」

「お役に立てたなら、よかったです。でも、今後のためにも、台本倉庫の定期的な整理をおすすめしますわ」

「そうだね、考えとくよ」

 笑いながらそう言って稽古に向かうルシアンの背中に声をかけた。

「明日、楽しみにしています」

「絶対観に来てね? 演目が変わっても、全力で演じるから」

 軽やかな口調の奥に、かすかな“本音”が滲んでいた気がして、リディアの胸が少し熱くなった。

***

 翌日。劇場の客席でリディアは感動に心を震わせていた。

 ルシアンの演技は、昨日の混乱を一切感じさせないほど自然で、軽快で、観客の笑いと涙を誘っていた。最後には客席にウインクを飛ばす余裕すらあった。

(さすが……これが、ルシアン・クレイ)

——やはり、彼は天性の舞台人だ。


 大歓声の中、舞台は幕を閉じる。帰ろうとリディアが席を立ったその時。

「すみません、アルステッド嬢。ルシアン様が、楽屋にお呼びです」

 劇場スタッフにそう告げられ、心臓が一つ跳ねた。


「リディア嬢、来てくれて嬉しいよ。昨日は本当にありがとう」

 楽屋で、ルシアンが深々と頭を下げた。冗談めかしてもいない。軽薄さのない、素のルシアン。

「いえ。私はちょっと台本を拾っただけで」

「それがどれだけ助かったか。……舞台って、どれだけ才能があっても、1人じゃできないからね」

 誰にでも優しい彼の顔の裏にある、誰にも見せない本音のような言葉だった。
 リディアは今日の舞台を思い出して言った。

「今日の舞台、とてもよかったです。特に二幕、仲間を叱りながらも背中を押すシーン、心に残りました」

「……そこ、元々はさらっと流すシーンだったんだけど、少しアドリブ入れたんだ。気づいてくれて嬉しいよ」

 そう微笑んだルシアンの目には、どこか安心したような柔らかさがあった。演者としての誇り、人としての孤独、その二つが少しだけ溶け合ったような。


 そこへスタッフがやってきた。

「失礼します、ルシアン様。台本が一冊、紛れていまして。演目とは無関係でしたが……」

 それを聞いて、リディアは顔を曇らせた。

「あ……私のせいかもしれません。昨日、慌てて探していたので……」

「いいよ、気にしなくて。どれどれ、どんな内容?」

 パラリ、とページをめくると、それはこう始まっていた。

『世界のすべてが舞台である。主人公は選択を迫られ、運命の歯車を破壊する』

「こんな台本……あったっけ?」

 ルシアンが眉をひそめる。まるで、“選択”のあるゲーム世界を皮肉るような序文。リディアはなんとなく胸騒ぎがした。

 さらにめくった次のページ。そこにあった一文。

『舞台を降りることで、本当の役割を知る』

 世界のすべてが舞台であるなら、舞台から降りるとは、何を意味するのか。リディアの胸の奥に何かが触れた気がした。

 ふと、ルシアンが視線を上げて言った。

「……ねぇ、リディア嬢。君は……、舞台の上から降りることって、できると思う?」

「うーん……。あ、でも、台詞が決まっていなければ、舞台に上がるも降りるも自由じゃないですか?」

 冗談めかして答えたつもりだったが、ルシアンはほんの少しだけ、目を細めた。

「そっか。じゃあ、君は……自分で台詞を選ぶ人なんだね」


 舞台の幕は下りた。でも、何かが、始まりかけている。

 そんな予感が、夏の夜の空気に溶け込んでいた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。

香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。 皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。 さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。 しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。 それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?

【完結】成り上がり令嬢暴走日記!

笹乃笹世
恋愛
 異世界転生キタコレー! と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎  えっあの『ギフト』⁉︎  えっ物語のスタートは来年⁉︎  ……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎  これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!  ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……  これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー  果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?  周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎

気配消し令嬢の失敗

かな
恋愛
ユリアは公爵家の次女として生まれ、獣人国に攫われた長女エーリアの代わりに第1王子の婚約者候補の筆頭にされてしまう。王妃なんて面倒臭いと思ったユリアは、自分自身に認識阻害と気配消しの魔法を掛け、居るかいないかわからないと言われるほどの地味な令嬢を装った。 15才になり学園に入学すると、編入してきた男爵令嬢が第1王子と有力貴族令息を複数侍らかせることとなり、ユリア以外の婚約者候補と男爵令嬢の揉める事が日常茶飯事に。ユリアは遠くからボーッとそれを眺めながら〘 いつになったら婚約者候補から外してくれるのかな? 〙と思っていた。そんなユリアが失敗する話。 ※王子は曾祖母コンです。 ※ユリアは悪役令嬢ではありません。 ※タグを少し修正しました。 初めての投稿なのでゆる〜く読んでください。ご都合主義はご愛嬌ということで見逃してください( *・ω・)*_ _))ペコリン

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

処理中です...