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第十一話 氷の視線、炎の庇護
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王宮から屋敷に戻った夜、わたしは胸の奥がざわめいて眠れなかった。殿下の冷たい手の感触も、レオンハルトの揺るぎない眼差しも、どちらも鮮烈に刻まれている。硝子の檻に閉じ込められる未来を拒んだ瞬間、わたしは確かに道を選んだ。だが、その選択は必ず波紋を生む。
「お嬢様……少しはお休みくださいませ」
メアリが心配そうに声をかける。
「眠れそうにないの。……ねえ、メアリ。もしわたしが王太子妃ではなくなったら、どう思う?」
「どう、と申しますと?」
「人々は悪役令嬢の破滅と囁くでしょうね」
「……ですが私は、籠の中よりもお嬢様が笑える場所を選んでほしいと思います」
その言葉に小さく笑みがこぼれた。メアリは、わたしが何者であっても変わらず側にいてくれる。心強さが胸を温めた。
◇
翌日の午後、父の命でわたしは小規模な茶会に顔を出すことになった。出席者は侯爵夫人や子女ばかり。表向きは親睦を深める会だが、実際は噂を確かめ合う場だ。
会場に入った瞬間、幾つもの視線が集中した。甘い笑顔で迎えながら、彼女たちの瞳は探るように光っている。
「まあ、クラリッサ様。お美しいお姿」
「昨夜のご様子を伺いましたわ。……第二王子殿下とご一緒に?」
「王太子殿下はさぞお心を痛めておられるでしょうね」
柔らかな声の奥に、刃が潜んでいる。わたしは扇を揺らし、平然と微笑んだ。
「殿方のお心までわたくしには測りかねます。……ただ、雪の夜に庇ってくださった方へ礼を述べただけですわ」
ざわめきが広がる。彼女たちが次の囁きを探すよりも早く、低い声が割り込んだ。
「礼を言うだけでなく、守らせてください」
振り返ると、そこにレオンハルトが立っていた。深い色の外套に覆われ、冬の光を背に纏っている。その登場だけで、会場の空気が一変した。
「殿下……!」誰かが小声で叫ぶ。
彼はためらわずわたしの隣に歩み寄り、扇を持つ手に視線を落とした。
「あなたの手は冷たい。……これ以上、孤独に震えさせはしない」
その言葉は会場中に響いた。驚き、好奇心、羨望――すべての視線がわたしたちを射抜く。
「レオンハルト殿下、それは……!」夫人のひとりが声を上げた。だが、彼は揺るがない。
「兄上が王太子であることは事実。だが、クラリッサ嬢がどのように生きるかは、彼女自身が決めることだ」
ざわめきは最高潮に達した。誰もが口を押さえ、視線を交わし合う。噂は今この瞬間、確固たる形を得た。
◇
茶会を早々に辞した帰り道。馬車の中で、わたしは深く息を吐いた。
「……殿下は、なぜあんなことを」
「噂は放っておけばあなたを傷つけ続ける。ならば、否定するより先に真実を示したほうがいい」
「真実……」
「あなたを守りたい。それ以上の理由が必要ですか」
彼の瞳が真剣で、心臓が痛いほど高鳴る。硝子の檻ではなく、炎のように温かい庇護。その中でなら、わたしは呼吸ができる。
「……レオン」初めて名を呼ぶと、彼の瞳がわずかに揺れた。
「はい」
「わたしは、もう檻には戻りません」
冬の空に舞う雪片が、まるで新しい物語の始まりを告げるかのように輝いていた。
「お嬢様……少しはお休みくださいませ」
メアリが心配そうに声をかける。
「眠れそうにないの。……ねえ、メアリ。もしわたしが王太子妃ではなくなったら、どう思う?」
「どう、と申しますと?」
「人々は悪役令嬢の破滅と囁くでしょうね」
「……ですが私は、籠の中よりもお嬢様が笑える場所を選んでほしいと思います」
その言葉に小さく笑みがこぼれた。メアリは、わたしが何者であっても変わらず側にいてくれる。心強さが胸を温めた。
◇
翌日の午後、父の命でわたしは小規模な茶会に顔を出すことになった。出席者は侯爵夫人や子女ばかり。表向きは親睦を深める会だが、実際は噂を確かめ合う場だ。
会場に入った瞬間、幾つもの視線が集中した。甘い笑顔で迎えながら、彼女たちの瞳は探るように光っている。
「まあ、クラリッサ様。お美しいお姿」
「昨夜のご様子を伺いましたわ。……第二王子殿下とご一緒に?」
「王太子殿下はさぞお心を痛めておられるでしょうね」
柔らかな声の奥に、刃が潜んでいる。わたしは扇を揺らし、平然と微笑んだ。
「殿方のお心までわたくしには測りかねます。……ただ、雪の夜に庇ってくださった方へ礼を述べただけですわ」
ざわめきが広がる。彼女たちが次の囁きを探すよりも早く、低い声が割り込んだ。
「礼を言うだけでなく、守らせてください」
振り返ると、そこにレオンハルトが立っていた。深い色の外套に覆われ、冬の光を背に纏っている。その登場だけで、会場の空気が一変した。
「殿下……!」誰かが小声で叫ぶ。
彼はためらわずわたしの隣に歩み寄り、扇を持つ手に視線を落とした。
「あなたの手は冷たい。……これ以上、孤独に震えさせはしない」
その言葉は会場中に響いた。驚き、好奇心、羨望――すべての視線がわたしたちを射抜く。
「レオンハルト殿下、それは……!」夫人のひとりが声を上げた。だが、彼は揺るがない。
「兄上が王太子であることは事実。だが、クラリッサ嬢がどのように生きるかは、彼女自身が決めることだ」
ざわめきは最高潮に達した。誰もが口を押さえ、視線を交わし合う。噂は今この瞬間、確固たる形を得た。
◇
茶会を早々に辞した帰り道。馬車の中で、わたしは深く息を吐いた。
「……殿下は、なぜあんなことを」
「噂は放っておけばあなたを傷つけ続ける。ならば、否定するより先に真実を示したほうがいい」
「真実……」
「あなたを守りたい。それ以上の理由が必要ですか」
彼の瞳が真剣で、心臓が痛いほど高鳴る。硝子の檻ではなく、炎のように温かい庇護。その中でなら、わたしは呼吸ができる。
「……レオン」初めて名を呼ぶと、彼の瞳がわずかに揺れた。
「はい」
「わたしは、もう檻には戻りません」
冬の空に舞う雪片が、まるで新しい物語の始まりを告げるかのように輝いていた。
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