悪役令嬢ですが、ヒロインより先に幸せを掴みます

さら

文字の大きさ
12 / 70

第十二話 檻の鍵

しおりを挟む
 レオンハルトが茶会の場で「守る」と口にした翌日から、噂は炎のように広がった。
 ――第二王子が公爵令嬢を公然と庇った。
 ――王太子殿下との婚約は形骸化している。
 ――近く婚約解消か、それとも兄弟間の対立に発展か。

 屋敷に届けられる手紙の山は昨日の倍に膨れ上がり、封蝋を切ることすら虚しいほど。わたしの一挙手一投足が誰かの娯楽となり、未来を占う道具になっている。

 「お嬢様……これ以上はご心労に」
 「いいえ、メアリ。これが現実よ」
 わたしは山積みの手紙を見つめ、唇を結んだ。逃げるわけにはいかない。噂は檻の鍵。檻に縛られ続けるか、それを壊すか――わたしが選ばねばならない。

 ◇

 午後、王宮から再び召喚状が届いた。内容は簡潔だった。――至急登城せよ。王太子殿下の命により。

 王宮の謁見の間に足を踏み入れると、そこには殿下と数名の重臣が並んでいた。父も呼び出されており、緊張した面持ちで立っている。

 「クラリッサ」殿下が声を放つ。その声は冷え切っていた。
 「はい、殿下」
 「お前と弟の噂が国中に広がっている。このままでは王家の威信が揺らぐ」

 殿下の瞳が細められる。
 「ゆえに、ここで明らかにしよう。お前は王太子妃となるか、それとも――婚約を破棄されたいのか」

 重臣たちの視線が一斉にわたしに注がれる。父の拳がわずかに震えている。家の未来すらかかっている問い。

 「殿下」わたしは息を整え、はっきりと答えた。
 「檻に閉じ込められる未来を、わたしは選びません」

 その瞬間、空気が凍った。重臣のひとりが驚きに息を呑み、父が「クラリッサ!」と声を上げかける。

 だが扉が開き、低い声が響いた。
 「ならば、彼女を解放していただきたい」

 レオンハルトが現れた。深い色の外套を翻し、真っ直ぐに歩み寄る。

 「兄上。彼女を檻に閉じ込めることは、もはや国のためにもならない」
 「黙れ!」殿下の声が鋭く響く。
 「黙りません。……彼女が檻を拒んだのなら、鍵を壊す者が必要です。わたしがそれを担う」

 重臣たちがざわめく。兄弟の対立が表面化することを恐れているのだろう。だが、レオンハルトの眼差しは揺るぎなかった。

 「クラリッサ嬢は、もはや“悪役”ではない。自らの未来を選ぶ女性だ。……兄上、彼女を王太子妃に縛り付けることは、王家の恥となる」

 殿下の頬が怒りで紅潮した。だが、わたしの心には恐怖よりも温かさが広がっていた。檻の鍵を壊そうとする人が隣にいる。その事実が何よりも力を与える。

 ◇

 謁見を終え、屋敷へ戻る馬車の中。メアリが震える声で言った。
 「お嬢様……あの場であのように仰るなんて」
 「後悔はしていないわ」
 「でも、殿下のお怒りは……」
 「怖い。でも、それ以上に、わたしはもう檻に戻りたくないの」

 窓の外では雪が舞っている。白い花弁のように散る雪は、まるで新しい頁を開けと告げているかのようだった。

 わたしは膝の上の白いハンカチを握りしめる。あの日からずっと、心の灯火のように寄り添っている小さな布切れ。

 「……わたしは選んだ。檻ではなく、自由を」

 悪役令嬢クラリッサは、もはや物語の道具ではない。自分の意思で幸せを掴みにいく娘へと変わろうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄だ!と言われ実家に帰ったら、最推しに餌付けされます

黒猫かの
恋愛
王国の第一王子クレイスから、衆人環視の中 で婚約破棄を言い渡されたローゼン侯爵令嬢ノエル。

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。 生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。 (……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。 ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。 しかし、断罪劇は予想外の展開へ。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

処理中です...