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第十六話 善意の棘
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晩餐会でエミリアが登場した翌日から、社交界は新たな熱を帯びていた。
――清らかな新入生、エミリア嬢。
――王太子殿下も目をかけておられる。
――比べられるほどに、公爵令嬢クラリッサの影は薄れる。
まるで舞台の中心が彼女へ移っていくかのように、言葉のすべてがエミリアを飾り立てる。わたしは再び「悪役令嬢」の役割を押しつけられようとしていた。
「お嬢様、学院でも噂が広まっております。エミリア様は誰にでも優しく微笑みかけ、既に人気を集めているとか……」
メアリが報告する声は沈んでいた。
「そう……やはりそうなるのね」
思えば、これは物語通りだ。ヒロインが登場し、周囲の好意を集め、やがて悪役令嬢が断罪される。だが違う。わたしはもう檻を拒んだ。結末をなぞるつもりはない。
◇
数日後、学院の大広間で小規模な懇談会が開かれた。出席者は生徒とその家族。そこにエミリアの姿があった。白いドレスに身を包み、誰にでも柔らかく言葉をかけている。周囲には自然と輪ができ、人々が彼女の言葉に耳を傾けていた。
わたしが姿を見せると、一瞬ざわめきが走った。誰もが視線を交わし、比べるようにわたしとエミリアを見た。
「クラリッサ様」
エミリアが歩み寄ってきた。微笑は無垢で、曇りがない。
「お会いできて嬉しいです。……実は、殿下からよくお話を伺っております」
「殿下から?」
「はい。クラリッサ様はとても聡明で、努力家でいらっしゃると」
周囲の令嬢たちが息を呑む。褒め言葉に聞こえる。けれど、それは同時に「殿下は彼女を話題にしている」と告げることでもある。殿下の視線がすでにエミリアへ向いているのだと。
「……ありがたいことですわ」
わたしは扇を揺らして微笑む。だが胸の奥に棘が刺さったように痛む。
◇
懇談会の最中、殿下が現れた。人々が頭を下げる中、彼は迷わずエミリアの隣に立つ。完璧な硝子の微笑。
「クラリッサ、君も来ていたのか」
「ええ、殿下」
「エミリアは実に愛らしいだろう。君も彼女と仲良くしてやってくれ」
その一言に、周囲の視線が冷たくわたしへ注がれる。「仲良く」という命令は、まるで「従え」と聞こえた。檻に戻そうとする鎖。
「殿下のお心のままに」
静かに頭を下げたが、心の中では叫んでいた。――わたしはもう檻に戻らない、と。
◇
懇談会が終わり、外の回廊を歩いていると、不意に声がした。
「クラリッサ嬢」
振り返れば、レオンハルトが立っていた。深い茶の髪に夜の光が落ち、瞳は真剣に輝いている。
「兄上は君を再び檻に戻そうとしている。エミリアという“鍵”を使って」
「……わかっています」
「君は辛くないのか」
「辛いわ。でも、だからこそ決めたの。わたしは檻には戻らない」
その言葉に、彼の瞳がわずかに緩んだ。
「ならば、わたしが支えよう。たとえどれほど世間が君を悪役と呼ぼうとも」
彼は手を差し伸べた。その手は炎のように温かく、わたしの指先を包み込んだ。
◇
夜、屋敷に戻り、机に白いハンカチと地図を並べる。窓の外には月が昇り、光が静かに差し込む。
「善意の棘は、鋭いわね……」
エミリアは何も悪意を持っていない。ただ、彼女の無垢さがわたしを追い詰める。だが、わたしはもう折れない。折れたなら、檻に戻るだけだから。
「わたしは選ぶ。檻ではなく、自由を」
囁いた言葉は、月光に溶けて誓いとなった。
――清らかな新入生、エミリア嬢。
――王太子殿下も目をかけておられる。
――比べられるほどに、公爵令嬢クラリッサの影は薄れる。
まるで舞台の中心が彼女へ移っていくかのように、言葉のすべてがエミリアを飾り立てる。わたしは再び「悪役令嬢」の役割を押しつけられようとしていた。
「お嬢様、学院でも噂が広まっております。エミリア様は誰にでも優しく微笑みかけ、既に人気を集めているとか……」
メアリが報告する声は沈んでいた。
「そう……やはりそうなるのね」
思えば、これは物語通りだ。ヒロインが登場し、周囲の好意を集め、やがて悪役令嬢が断罪される。だが違う。わたしはもう檻を拒んだ。結末をなぞるつもりはない。
◇
数日後、学院の大広間で小規模な懇談会が開かれた。出席者は生徒とその家族。そこにエミリアの姿があった。白いドレスに身を包み、誰にでも柔らかく言葉をかけている。周囲には自然と輪ができ、人々が彼女の言葉に耳を傾けていた。
わたしが姿を見せると、一瞬ざわめきが走った。誰もが視線を交わし、比べるようにわたしとエミリアを見た。
「クラリッサ様」
エミリアが歩み寄ってきた。微笑は無垢で、曇りがない。
「お会いできて嬉しいです。……実は、殿下からよくお話を伺っております」
「殿下から?」
「はい。クラリッサ様はとても聡明で、努力家でいらっしゃると」
周囲の令嬢たちが息を呑む。褒め言葉に聞こえる。けれど、それは同時に「殿下は彼女を話題にしている」と告げることでもある。殿下の視線がすでにエミリアへ向いているのだと。
「……ありがたいことですわ」
わたしは扇を揺らして微笑む。だが胸の奥に棘が刺さったように痛む。
◇
懇談会の最中、殿下が現れた。人々が頭を下げる中、彼は迷わずエミリアの隣に立つ。完璧な硝子の微笑。
「クラリッサ、君も来ていたのか」
「ええ、殿下」
「エミリアは実に愛らしいだろう。君も彼女と仲良くしてやってくれ」
その一言に、周囲の視線が冷たくわたしへ注がれる。「仲良く」という命令は、まるで「従え」と聞こえた。檻に戻そうとする鎖。
「殿下のお心のままに」
静かに頭を下げたが、心の中では叫んでいた。――わたしはもう檻に戻らない、と。
◇
懇談会が終わり、外の回廊を歩いていると、不意に声がした。
「クラリッサ嬢」
振り返れば、レオンハルトが立っていた。深い茶の髪に夜の光が落ち、瞳は真剣に輝いている。
「兄上は君を再び檻に戻そうとしている。エミリアという“鍵”を使って」
「……わかっています」
「君は辛くないのか」
「辛いわ。でも、だからこそ決めたの。わたしは檻には戻らない」
その言葉に、彼の瞳がわずかに緩んだ。
「ならば、わたしが支えよう。たとえどれほど世間が君を悪役と呼ぼうとも」
彼は手を差し伸べた。その手は炎のように温かく、わたしの指先を包み込んだ。
◇
夜、屋敷に戻り、机に白いハンカチと地図を並べる。窓の外には月が昇り、光が静かに差し込む。
「善意の棘は、鋭いわね……」
エミリアは何も悪意を持っていない。ただ、彼女の無垢さがわたしを追い詰める。だが、わたしはもう折れない。折れたなら、檻に戻るだけだから。
「わたしは選ぶ。檻ではなく、自由を」
囁いた言葉は、月光に溶けて誓いとなった。
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