婚約破棄され追放された令嬢の私、異世界の辺境で無口な騎士団長に拾われ花畑を作るうちに愛されすぎて困ってます――ざまぁは風に流してスローライフ

さら

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番外編2

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 春がまた巡ってきた。
 丘の上では、今年も花が咲き始めている。白いリリアに混じって、黄色のカモミール、淡い紫のベルフラワー、そして新しく植えた青の風花が、朝露を受けてきらきらと輝いていた。

 花畑の真ん中には一本の木がある。村人たちが「風の樹」と呼ぶその木の下で、私は腰を下ろし、スケッチ帳を開いた。手元には絵筆、膝には眠る小さな少女――ミリア。彼女の頬が風に揺れる髪にくすぐられ、くすくすと笑う。

「お母さん、描けた?」
「もう少し。ほら、見てごらん」
 スケッチブックには、花畑と風の樹、そして私たちの小さな家が描かれていた。
 ミリアが目を丸くする。
「すごい! 本物みたい!」
「ふふっ、ありがとう。お父さんにも見せようね」

 丘の下では、ライナルトが村人たちと並んで新しい畝を作っていた。
 昔と違い、今の彼は笑うことが多い。
 鍬を振るう姿は相変わらず力強いけれど、時々振り返っては、丘の上の私たちを探して微笑むようになった。

 ――その笑顔を見るたび、胸の奥が温かくなる。



 昼下がり、村にひとりの旅人がやってきた。
 年配の女性で、薄い灰色のマントを羽織っている。彼女は花畑を見渡し、深く息を吸い込んだ。

「……なんてやさしい香り」
「こんにちは」
 私が声をかけると、女性は振り向いて微笑んだ。
「あなたが、この村の花守の方?」
「はい。セリーナと申します」
「やっぱり……」

 女性は目を細め、懐かしそうに空を見上げた。
「王都から来たの。昔、あなたの噂を聞いたことがあるわ。『婚約破棄された令嬢が、辺境の村で奇跡の花畑を作った』って」
「そんな……たいしたことではありません」
「たいしたことよ。人の心を変えたんでしょう? この村だけじゃなく、私のように遠くからもここへ来たいと思う人がいる。それがどれほどのことか……」

 女性の言葉に、胸がじんわりと熱くなった。
 かつて、あの王都で笑われ、嘲られ、追い出された自分。
 けれど、今ここで笑える。あの出来事があったからこそ、私はこの場所に辿り着いたのだ。

「ありがとうございます。……でも、この花たちが教えてくれたんです。過去は枯れても、また新しい芽が出るって」
「その言葉、覚えておくわ」

 女性は帽子を脱ぎ、深くお辞儀をした。
 風が吹き、花びらが彼女の肩に舞い落ちる。
 その背中を見送りながら、私は静かに手を合わせた。



 夕暮れ。
 ライナルトとミリアと三人で、花畑の端に立った。空は茜色に染まり、風がやさしく頬を撫でる。

「お父さん! ほら!」
 ミリアが指を差した先には、白い蝶がいた。
 花から花へ、ひらひらと舞いながら夕陽の光を受けている。
「蝶が、花と話してるみたい!」
「きっと話してるよ」
 私が言うと、ミリアは目を輝かせた。
「じゃあ、風も聞いてる?」
「もちろん。風は花の声を運ぶんだから」

 そのやり取りに、ライナルトが穏やかに笑う。
「お前の言葉は、風のようだな」
「え?」
「誰かの心をそっと撫でて、悲しみを遠くに運んでいく」
「……あなたがいてくれたから、そうなれたんです」

 彼の手が私の肩に触れる。
 その温もりに包まれて、私は目を閉じた。

 ――あの夜の雷鳴も、あの頃の涙も、今はもう遠い。
 ただ、穏やかな風と花の香りだけがここにある。



 夜。
 村の広場では、灯火が並び、子どもたちが歌っていた。
 ミリアが中心に立ち、小さな手で花を掲げている。

「風の花~♪ 咲け、咲け、明日も咲け~♪」

 彼女の歌声が夜空に響く。
 村の人々が手を叩き、笑顔が広がっていく。

 私はライナルトの隣で、その光景を見つめていた。
「……あの子、あなたに似てきましたね」
「そうか?」
「真面目で、ちょっと不器用で」
「それは否定できないな」

 二人で笑う。
 風が吹き抜け、花の香りが夜空を包む。

「セリーナ」
「はい」
「この村を、いつかミリアに託そう」
「きっと、素敵な花守になります」
「ああ。お前のように、強くて優しく」

 その言葉を聞いた瞬間、涙がこぼれそうになった。
 けれど、泣く代わりに笑った。

「……ライナルト」
「ん」
「この村に来て、本当によかった」
「俺もだ」

 彼がそっと私の手を握る。指先が重なり、ぬくもりが心の奥まで届いた。

 風がまた吹く。花が揺れ、光が零れる。
 遠くの空に、流れ星がひとつ走った。

 ――その夜、私は思った。

 風が吹く限り、この村は咲き続ける。
 そして、私たちの愛もまた、風と花に生き続けるのだと。

 リリアの花弁がひとひら、掌に落ちた。
 それを唇で包み、静かに囁く。

「ありがとう、風さん」

 夜空の星が、やさしく瞬いた。
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