婚約破棄され追放された令嬢の私、異世界の辺境で無口な騎士団長に拾われ花畑を作るうちに愛されすぎて困ってます――ざまぁは風に流してスローライフ

さら

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番外編

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 あの花祭りから、三年の月日が流れた。
 季節がいくつも巡り、村の景色は少しずつ変わったけれど――それでも風と花の香りは、あの頃と何も変わらない。

 丘の上から見下ろす花畑は、今や村の外れまで続いている。白いリリアの海。その合間に、赤や紫、青の花々が寄り添うように咲いている。かつて荒れ地だった場所も、今では花の道となり、遠くから旅人が訪れるほどになった。

「お母さーん!」
 風の中で、小さな声が聞こえる。振り向くと、三歳の少女が駆けてきていた。淡い金色の髪が揺れ、手には泥だらけの花束。
「見て! これ、わたしが摘んだの!」
「まあ、上手にできたわね」
「ライナにあげるの!」
「お父さん、きっと喜ぶわ」

 私は娘を抱き上げ、笑った。
 頬に触れる小さな手が、太陽よりもあたたかい。

 小屋の前には、畑仕事を終えたライナルトが立っていた。今ではこの村の正式な“花守”として、村人たちに慕われている。昔のような厳しい表情はもうなく、陽の光を受けた灰色の瞳が優しく穏やかに光っていた。

「おかえり」
「ただいま。見てください、ミリアが花を摘んだんです」
「おお……立派だ」
 彼は娘を抱き上げ、頭を撫でた。
「どの花よりもきれいだ」
「ほんとに? じゃあ、また摘んでくる!」

 ミリアが駆けていく。小さな背中が花の中を跳ねるように進み、白い花弁が舞い上がる。

「……あの子も、風の子ですね」
「ああ。お前に似た」
「いえ、あなたにですよ。穏やかで、少し頑固で」
「頑固か」
「ふふっ、でも、そういうところが好きです」

 ライナルトは照れたように顔を背け、空を見上げた。

 空は青く高く、風が花の香りを運んでいく。



 午後、村の広場では市場が開かれていた。
 旅の商人たちが花飾りや香油を買い求めに来る。リリアの香りは国境を越えて評判となり、今ではこの村が“風花の里”と呼ばれていた。

 私は花束を並べながら、ひとりの旅人に声をかけられた。
「あなたが“花の守り人”セリーナさんですね?」
「ええ。そんな立派なものではありませんけれど」
「いいえ。あなたの作った花畑を見て、この村に希望をもらった人がたくさんいるんです。……王都でも噂になっていますよ」

 “王都”という言葉に、胸の奥が少しだけ震えた。
 けれど、もう痛くはない。過去は遠く、風に流れて消えた。

「そうですか。……それなら、花たちも喜びますね」
「あなたも」
「え?」
「あなたも幸せそうだ」

 私は微笑んだ。
「ええ。ようやく、根を張る場所を見つけたんです」

 旅人が去ったあと、風が吹き抜ける。
 私はその風にそっと呟いた。
「――ありがとう」



 夕暮れ。
 丘の上の畑では、ライナルトが木の杭を打っていた。背中越しに夕陽が差し込み、影が長く伸びている。

「今日もお疲れさまです」
「花の世話は、終わったか」
「はい。あと少しで全部咲きます」
「今年も見事だ」
「あなたが一緒に作ってくれたからですよ」

 彼が手を止め、こちらを見た。
 その目が柔らかく揺れていた。

「……セリーナ」
「はい?」
「覚えているか。嵐の夜のことを」
「もちろん。あの夜、あなたが手を握ってくれなかったら、私はきっと――」
「俺も同じだ。あの夜、お前がいなければ立っていられなかった」

 風が静かに吹く。
 あの夜と同じように、花が揺れ、夕陽の光が金色の波を作った。

「お前がいて、花が咲いた。お前が笑って、風が止まった」
「ライナルト……」
「だから俺は、この風を一生忘れない」

 彼の言葉に、胸がいっぱいになった。私は微笑み、彼の隣に立つ。
「風が止まっても、また吹かせればいい。わたしが」
「ああ。頼もしい花守だ」

 二人で笑う。

 遠くで娘の笑い声が聞こえた。
 夕陽に照らされた花畑の中で、彼女が両手いっぱいに花を抱えている。
 ――命は、こうして次の風へとつながっていくのだ。



 夜。
 家の中には、ランプの光がやさしく灯っていた。
 私は机に座り、今日摘んだ花を本に挟んでいく。
 ライナルトは暖炉の前で木彫りの細工をしている。あの夜、最初に作ってくれたリリアの飾り――今も私の首に下がっている。

「……ねえ、ライナルト」
「ん」
「この花畑、どこまで広げましょうか」
「空の下、風の届くところまでだ」
「ふふ、それじゃあ一生かかりますね」
「それでいい。終わらない方がいい」

 穏やかな声が部屋に満ちる。
 炎の揺らめきが壁に踊り、二人の影が寄り添う。

 私は手帳を開き、羽根ペンを取った。
 ページの上に、今日の日付と一行の言葉を書き込む。

 ――“今日も、花と風に愛されました。”

 インクが乾く頃、外の風が窓を叩いた。
 その音がまるで「おやすみ」と言っているようで、思わず笑みがこぼれる。

 私は立ち上がり、窓を開けた。
 満月の光が畑を照らし、白い花が夜の風に揺れていた。

「おやすみなさい、花たち」
 そっと囁く。
「また明日も、あなたたちと一緒に咲きます」

 ライナルトが背後から近づき、肩に手を置く。
「……風が優しい夜だ」
「ええ。きっと、祝福してくれてるんです」

 二人で外を見つめた。
 花の海は静かに波打ち、光の粒が散るように輝いている。

 その光景は、まるで――
 この世界のすべてが、幸せの形になったようだった。

 風が吹き、夜空の星がひとつ流れる。
 その瞬間、私は確かに感じた。

 ――この場所で、生きていく。
 愛と、風と、花と共に。

 永遠に咲き続ける、この小さな奇跡の中で。
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