婚約破棄され追放された令嬢の私、異世界の辺境で無口な騎士団長に拾われ花畑を作るうちに愛されすぎて困ってます――ざまぁは風に流してスローライフ

さら

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エピローグ

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 春の風がやわらかく村を包み込んでいた。
 花祭りからいく月かが経ち、丘の上の畑はいっそう広がっている。白いリリアの花に加え、赤や紫の小花が加わり、まるで絵本のような景色が広がっていた。

 村の子どもたちは今日も花畑を駆け回っている。笑い声が遠くまで響き、鳥たちが空を横切る。
 その真ん中で、私は籠を抱えながら花の手入れをしていた。土の香りが鼻をくすぐり、手のひらの温もりが心まで染みていく。

「セリーナ、休め」
 背後から聞こえる声。振り向くと、ライナルトが立っていた。
 彼の鎧はもう身に付けられていない。代わりに、村の人たちと同じ麻の作業服。無骨な手で鍬を持つ姿が、不思議と穏やかに見えた。

「まだ少しだけ。新しい苗を植えたばかりなんです」
「お前は昔から頑張りすぎる」
「ふふ、あなたに言われたくありません」

 そう言って笑うと、彼も小さく息を吐いた。
 風が吹き、花弁がふわりと二人の間を舞い上がる。

「……この村、本当に変わりましたね」
「ああ。花が咲けば、人の心も咲く」
「あなたの言葉ですね」
「お前が教えてくれたんだ」

 その言葉に胸があたたかくなる。私は籠を下ろし、彼の隣に立った。
 丘の上から見下ろす村は、陽の光を浴びて金色に輝いていた。



 午後。
 小屋の前では、マルタがパンを焼いていた。香ばしい香りが風に乗って漂う。村の若者たちは木の柵を直し、子どもたちは花の冠を競うように作っていた。

「セリーナちゃん、これ、明日の市に出す分だよ!」
「ありがとう、マルタさん! わたし、あとで手伝いに行きますね!」
「いいのいいの。あんたはお姫様だから」
「お姫様じゃありませんよ!」
「ええ、隊長の奥さんだからねぇ」

 その言葉に、顔が熱くなる。
 マルタがいたずらっぽく笑って去っていく。

「まったく、みんなすぐそうやって……」
 呟いたとき、後ろから声がした。
「嘘じゃないだろう」

「もう、聞いてたんですか」
「風が運んできた」
「風のせいにしないでください」

 ふたりで顔を見合わせて笑う。
 その笑顔が重なり、ゆっくりと沈黙が訪れた。

「セリーナ」
「はい」
「お前と出会ってから、俺は変わった。戦いばかりの人生が、こんなに静かで幸せなものになるとは思わなかった」
「私もです。あなたがいなければ、今ここに立っていません」
「……これからも、ずっと隣にいてくれるか」

 問いというより、祈りのような声だった。
 私は頷き、手を差し出す。彼の手が重なり、指先が絡む。

「はい。どんな季節でも、あなたと一緒に」
「約束だ」

 風が花を揺らす。遠くの山々が霞み、空が金に染まる。



 夜。
 村の灯りが点り始め、虫の声がやさしく響いていた。
 小屋の前に座り、ライナルトと並んで夜空を見上げる。

「星が多いですね」
「ああ。雨が少ない年はよく見える」
「昔、王都にいた頃は、星を見上げる余裕なんてありませんでした」
「……それは、悲しいな」
「でも今は違います。あなたと、ここで見られる」

 私は小さく笑い、胸の前で祈りの石を握った。青く透き通る光が月明かりを受けて、微かに輝く。

「ねえ、ライナルト。わたしたちの花、もう村の外まで広がってるんですよ」
「見た。道の入り口まで白い花が咲いていた」
「旅人が言ってました。“この村は香りでわかる”って」
「悪くない褒め言葉だ」

 穏やかな沈黙が流れた。
 焚き火の炎が揺れ、風が頬を撫でる。

「セリーナ」
「はい?」
「この村を守っていくのは、これからお前と俺だ。だが――」
「だが?」
「いつか、次の花守を育てたい」
「ふふ、それって……未来の話ですね」
「ああ。お前となら、きっといい花が咲く」

 頬が熱くなる。
 視線を上げると、彼の瞳の奥で火の光が踊っていた。

「……あなたのそういうところ、ずるいです」
「またか」
「本当に。そんなふうに言われたら、ずっと好きでいちゃうじゃないですか」
「それでいい」

 彼の手が私の頬に触れる。指先が髪を撫で、唇の端にかすかに笑みが宿る。

「お前が笑う限り、花は枯れない」
「あなたがいる限り、風も止まらない」

 二人の言葉が重なった瞬間、風がふわりと吹いた。
 花畑が一斉に揺れ、夜空の星が流れる。

 その光景は、まるで永遠の約束のようだった。



 ――翌朝。

 鳥の声で目を覚ます。
 窓の外には、昨日よりも広がった花畑が見えた。白い波のように村を包み、空の青と混ざり合う。

 私は小さく呟いた。
「ありがとう、風さん」

 風が優しく吹き抜け、花びらが一枚、窓辺に舞い込む。
 その花を手に取ると、ライナルトの声がした。
「起きたか」
「おはようございます」
「今日も、いい風だ」
「ええ。新しい季節の風です」

 彼が差し出したのは、小さな花束だった。
 白と青の花が束ねられ、真ん中にはひとつだけ赤い花。

「これは?」
「今日で一年だ。お前がこの村に来てから」
「……もう一年なんですね」
「早いものだ」
「ふふっ。じゃあ、これからの一年も、よろしくお願いしますね」
「ああ。約束だ」

 二人で丘へ向かう。
 花畑の中を風が通り抜け、白い花弁が空へと舞う。

 その光景は、まるで祝福のようにまぶしかった。

 ざまぁはとうに過ぎ去り、追放も悲しみも風に流れた。
 残ったのは――愛と、風と、花だけ。

 彼と共に歩く道の先で、世界がゆっくりと咲いていく。

 リリアの花が光を受けて揺れた。
 それは確かに、幸せそのものの色だった。
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