濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

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第2話 田舎への移住
 ギルドを出た瞬間、冬の風が顔を殴った。冷たいというより、乾いた刃物みたいな感触で、思わず目を細める。空は低く、灰色の雲が重なり合って、今にも雪を落としそうだった。石畳の通りには人の往来があるのに、さっきまでいた集会室より、よほど静かに感じる。怒鳴り声も、書類の擦れる音もない。ただ、風の音と、遠くの露店の呼び声だけが耳に残る。
 俺は荷物袋を背負い直し、街門の方へ歩き出した。行き先なんて決めていない。ただ、この街に用はないという事実だけが、やけにはっきりしていた。振り返れば、石造りのギルドの建物が見える。あそこで過ごした十数年が、妙に薄っぺらな絵みたいに感じられて、俺は視線を逸らした。
「……さて」
 誰に向けるでもなく呟く。声は風にさらわれて、すぐに消えた。これからどうするか、考えなきゃいけないはずなのに、頭は驚くほど静かだった。焦りも不安も、遠くに置き忘れてきたみたいだ。長い間、明日の討伐や次の依頼に追われてきた反動かもしれない。
 街門を抜けると、道は二つに分かれていた。一つは街道で、商人の馬車が通る、踏み固められた道。もう一つは、細く、草に埋もれかけた脇道で、案内板にはかろうじて地名が読める程度の文字が刻まれている。
「……辺境村、か」
 案内板に彫られた名を、声に出して読む。聞いたことのない村だ。聞いたことがないというだけで、なぜか胸が少しだけ軽くなる。知らない場所なら、知らない顔として生きられる。過去の噂も、追放の話も、ここまでは届かないだろう。
 俺は迷わず、脇道に足を踏み入れた。靴底の下で、土と枯れ葉が混じった感触がする。街道に比べて歩きにくいが、それがいい。誰も急かさない道だ。
 歩きながら、頭の中で金勘定をした。手持ちは、個人資産として認められた分だけ。決して多くはないが、慎ましく暮らすなら、しばらくは持つ。武器や防具は最低限のものだけ残した。高価な装備は、追放と同時に価値を失う。いずれ売るか、どこかで手放すことになるだろう。
「冒険者は……もういいな」
 また独り言が漏れる。自分で言って、胸の奥で何かが納得するのを感じた。未練がないわけじゃない。ただ、それ以上に、疲れたという感覚が勝っている。盾を構えて前に立つ日々は、もう十分だ。
 道は緩やかに下り、やがて森に入った。木々の間を抜ける風が、枝を揺らして低い音を立てる。冬の森は静かで、魔物の気配も薄い。いや、薄いというより、妙に落ち着いている。獣の足音も、警戒する気配も、ほとんど感じられない。
「……?」
 足を止めて、周囲を見渡す。視線を巡らせると、木の根元に小動物の足跡がいくつか見える。新しいものだ。だが、こちらを避けるように、微妙に距離を取っている。偶然だろうか。俺は首を傾げて、歩みを再開した。
 森を抜けると、開けた土地に出た。低い丘と畑が点在し、その向こうに、ぽつぽつと家が見える。屋根の形は素朴で、壁の板は古びている。いかにも、辺境の村といった風景だ。煙突から細い煙が上がっているのを見て、ようやく人の生活を感じた。
「……悪くない」
 正直な感想だった。派手さはないが、落ち着く。俺は村の入口へ向かって歩き、木製の簡素な柵を越えた。すぐに、畑仕事をしていた中年の男が顔を上げる。日に焼けた顔に、警戒と好奇心が半々で浮かんでいる。
「旅の人か?」
 男が鍬を肩に担いだまま、声をかけてきた。
「ああ。少し、世話になれる場所を探してる」
 俺は立ち止まり、そう答えた。声の調子を抑える。威圧しないように、だが卑屈にもならないように。長年の冒険者生活で身についた、無意識の癖だ。
「仕事か? それとも、住む場所か?」
「できれば、住む場所だ」
 男は一瞬、俺を値踏みするように見た。装備、体格、年齢。その視線には、村を守る側の慎重さがある。
「空き家はある。古いがな。金は……そうだな、街よりは安い」
 俺は頷いた。条件を聞く前から、受けるつもりでいた。選り好みする理由がない。
「案内してくれるか」
「おう」
 男は短く答え、鍬を地面に立てかけた。
「俺はバルト。この村の者だ。お前さんは?」
「ガルドだ」
 名前を名乗るとき、少しだけ躊躇した。だが、ここではただの名前だ。冒険者の肩書きも、パーティーの名も、いらない。
 バルトに案内されて、村の奥へ進む。土の道を歩きながら、家々の様子を眺める。どの家も質素で、だが手入れは行き届いている。生活の匂いがする。
「外から来る人間は、そう多くない」
 バルトが言った。
「大抵は、通り過ぎるだけだ。こんな村に、何もないからな」
「静かなのは、嫌いじゃない」
 俺が答えると、バルトは鼻で笑った。
「そう言うやつは、たいてい長居する」
 村外れに近い場所に、その家はあった。壁の板は色あせ、屋根の一部は補修が必要そうだ。庭だったらしい場所には、雑草が腰の高さまで伸びている。だが、基礎はしっかりしているし、崩れそうな気配はない。
「ここだ」
 バルトが言った。
「前の住人は、街に出た。戻る予定はない。手を入れれば、住める」
 俺は家の周りを一周し、壁に手を当てた。木の感触が、ひんやりと掌に伝わる。悪くない。むしろ、ちょうどいい。
「いくらだ」
「金貨一枚……と言いたいところだが」
 バルトは顎を掻いた。
「この状態だ。銀貨でいい。あとは、村の仕事を手伝ってくれれば、それで文句は言わん」
 思ったより安い。街なら、倉庫にもならない値段だ。
「わかった」
 即答すると、バルトが目を瞬かせた。
「即決だな。いいのか?」
「迷う理由がない」
 俺はそう言って、荷物袋から銀貨を取り出した。数を数え、バルトに渡す。彼はそれを受け取り、満足そうに頷いた。
「じゃあ、今日からここはお前の家だ」
 鍵はなく、扉は木の閂だけだ。俺は扉を押し開け、中に入った。埃の匂いが鼻を突くが、不快ではない。床はしっかりしていて、窓から差し込む光も十分だ。
「……掃除からだな」
 独り言が、空っぽの室内に響く。反響する音が、妙に心地いい。
「水は井戸だ。村の中央にある。困ったら声をかけろ」
 バルトが入口から言った。
「ああ、世話になる」
 俺が答えると、彼は手を振って去っていった。
 扉を閉めると、外の音が少し遠のく。風の音も、人の気配も、薄い膜越しになる。俺は荷物を床に下ろし、しばらくその場に立ち尽くした。追放されて、村に来て、家を手に入れた。たったそれだけのことなのに、胸の奥が、ゆっくりと落ち着いていくのがわかる。
「……ここで、いい」
 誰に言うでもなく、そう呟いた。明日のことも、先のことも、まだ何も決めていない。ただ、この場所で目を覚まし、日が暮れるまで何かをして、また眠る。そんな生活が、頭の中に自然と浮かぶ。
 窓の外では、冬の風が畑の枯れ草を揺らしていた。その音を聞きながら、俺は袖をまくり、まずは床に積もった埃を払うため、ゆっくりと動き出した。
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