濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

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第3話 最強スキルの正体
 床に積もった埃は、思った以上に厚かった。袖をまくり、古い布切れで拭うたび、細かな塵が舞い上がり、光の筋の中を漂う。咳が出るほどではないが、鼻の奥がむずむずする。俺は一度動きを止め、窓を少しだけ開けた。冷たい空気が入り込み、室内の澱んだ匂いを押し流していく。
「……よし」
 短く呟き、再び床に向き直る。掃除は嫌いじゃない。考えなくていい作業は、頭を空っぽにしてくれる。ギルドでの出来事が、埃と一緒に拭き取られていく気がした。
 一通り床を拭き終え、次は壁際に積まれた壊れかけの棚に手を伸ばす。指先で触れただけで、ぐらりと傾いた。釘が緩んでいるらしい。俺は荷物袋から簡単な工具を取り出し、棚を分解し始めた。木材の状態を見れば、使える部分と捨てる部分がすぐに分かる。
「……まだ、いけるな」
 独り言を漏らしながら、使えそうな板を脇に置く。無駄を省くのは、冒険者時代からの癖だ。限られた物資で最大の結果を出す。それを繰り返してきた。
 作業を進めているうちに、外がやけに静かなことに気づいた。風の音は聞こえるが、鳥の声がしない。さっき村に入ったときは、何羽かが畑の周りを飛んでいたはずだ。
「……静かすぎるな」
 窓の外に目をやると、庭だった場所の雑草が、風に揺れながらも、どこか遠慮がちに見えた。いや、そんなはずはない。ただの錯覚だ。俺は首を振り、作業に戻ろうとした。
 そのとき、扉の外で足音がした。軽く、急ぎ足だ。
「ガルド!」
 バルトの声が聞こえ、俺は顔を上げた。扉を開けると、彼が少し息を切らして立っている。
「どうした」
「畑のことでな」
 バルトは顎で村の方を示した。
「鹿避けの柵が壊れて、作物を荒らされかけてる。人手が足りなくて……すまんが、手を貸してくれんか」
 俺は一瞬考えたが、断る理由はなかった。
「わかった。道具は?」
「鍬と、余ってる杭がある」
「それで十分だ」
 俺は上着を羽織り、外に出た。冷たい空気が頬を刺すが、動けばすぐに体は温まる。バルトと並んで畑へ向かう道すがら、村の様子を改めて見る。人は少ないが、互いに声をかけ合い、黙々と仕事をしている。
「外から来たのに、すまんな」
 バルトが言った。
「気にするな。体を動かしたいだけだ」
 畑に着くと、確かに柵の一部が倒れていた。木杭が折れ、縄が緩んでいる。周囲には鹿の足跡がいくつも残っていた。
「これじゃ、夜のうちに全部やられる」
 バルトが顔をしかめる。
「直すだけじゃ足りないな」
 俺は柵の状態を一目見て、そう言った。
「どういうことだ?」
「鹿は学習する。同じ柵なら、また同じところを狙う」
 俺は地面にしゃがみ、足跡の向きや深さを確認した。侵入経路は一つじゃない。だが、鹿が本当に恐れている場所も、はっきりしている。
「……ここだ」
 俺は畑の端、森に近い一角を指さした。
「この辺りの土、踏み固められてない。避けてる」
「そんなの、見ただけで分かるのか?」
 バルトが驚いたように言う。
「癖みたいなもんだ」
 俺は杭を手に取り、地面に打ち込む位置を決めた。間隔、角度、高さ。頭の中で、自然と最適な配置が浮かぶ。理由を説明しろと言われても、うまく言葉にできない。ただ、そうすればいいと分かる。
 鍬で地面を掘り、杭を打ち、縄を張る。作業は驚くほどスムーズに進んだ。力を入れているつもりはないのに、杭は真っ直ぐ入り、縄はぴんと張られる。
「……妙に、手際がいいな」
 バルトが感心したように言う。
「前に、似たようなことをやった」
 嘘ではない。魔物の侵入を防ぐ簡易防衛線を、何度も張ってきた。それを、少し形を変えただけだ。
 柵を補強し終えたころ、畑の空気が変わった。さっきまで感じていた、どこか落ち着かない気配が、すっと消える。
「これで、しばらくは大丈夫だ」
 俺が言うと、バルトは半信半疑ながらも頷いた。
「助かった。礼を言う」
「礼はいらん。飯がうまくなるなら、それでいい」
 そう言うと、バルトは笑った。
「変わったやつだな、お前さん」
 家に戻ると、日が傾き始めていた。掃除の続きに取りかかろうとすると、腹が鳴った。朝から何も口にしていない。
「……先に食うか」
 荷物袋から干し肉と乾パンを取り出し、簡単な食事を済ませる。味は素っ気ないが、不満はない。静かな家で、一人で噛みしめる食事は、妙に落ち着いた。
 食べ終えたあと、外の様子が気になり、もう一度窓から庭を見た。雑草の向こう、森の縁に、何かの影が見える。
「鹿、か?」
 目を凝らすと、確かに鹿だった。だが、畑に近づこうとせず、一定の距離を保ってこちらを見ている。しばらくすると、くるりと身を翻し、森の奥へ消えていった。
「……来ないな」
 柵が効いているのか、それとも別の理由か。考えようとして、やめた。結果が出ているなら、それでいい。
 日が沈み、室内が薄暗くなる。ランタンに火を灯すと、柔らかな光が壁を照らした。影が揺れ、家が少しだけ生きているように見える。
 俺は床に腰を下ろし、背中を壁に預けた。体はほどよく疲れているのに、頭は冴えている。冒険者時代にはなかった感覚だ。
「……静かだ」
 声に出すと、返事はない。だが、不思議と寂しくない。誰かに認められなくてもいい。役に立っていると証明しなくてもいい。ただ、ここで息をして、手を動かして、日が暮れる。それだけで、十分な気がした。
 ランタンの火を見つめながら、俺は知らず知らずのうちに、呼吸を整えていた。外では風が森を渡り、何かを遠ざけるように、低く鳴っていた。
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