濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

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第6話 無自覚無双
 昼下がりの空気は、朝の緊張が嘘のように緩んでいた。焚き火の火は安定し、鍋の中で煮込みが静かに泡を立てている。外から聞こえるのは、遠慮がちに戻ってきた村人たちの足音と、時折交わされる短い声だけだ。俺は木匙で鍋をかき混ぜながら、朝の出来事を思い返していた。
 拳の感触は、まだ掌に残っている。骨を砕いた感触ではない。踏み込んだ瞬間、地面と体と空気が、ひとつに噛み合った感覚だ。昔から、調子のいいときはあった。だが、今日のそれは、調子という言葉では片づけられない。
「……まあ、いいか」
 独り言で切り上げ、鍋を火から下ろす。考えたところで、答えは出ない。腹が減れば飯を食う。それと同じだ。
 戸を叩く音がして、俺は顔を上げた。
「ガルド、いるか」
 バルトの声だ。扉を開けると、彼の後ろに数人の村人が立っていた。男も女も、表情は硬いが、どこか決意めいたものが混じっている。
「さっきの件だが……」
 バルトが言いかけて、言葉を選ぶように口を閉じる。
「礼はいらん」
 俺は先に言った。
「俺は、ただ通りがかっただけだ」
「そう言うと思った」
 バルトは苦笑した。
「だがな、村としてはそうもいかん。今夜、もう一度見回りを強化する。森の縁に、罠も仕掛けたい」
 罠。その言葉に、俺の頭の中で自然と配置図が浮かんだ。どこに張り、どこを空けるか。風向き、獣道、水場。
「手伝う」
 俺は即座に言った。
「助かる」
 バルトの肩の力が、少し抜ける。
 夕方、村の男たちと森の縁に向かった。俺は先頭に立つでもなく、最後尾につくでもなく、自然と真ん中にいた。誰かが何かを決める前に、俺が口を開くことはない。ただ、聞かれたら答える。それだけだ。
「ここはどうだ?」
 一人が獣道を指さす。
「広すぎる」
 俺は首を振った。
「逃げ場が多い。狭めた方がいい」
「じゃあ、ここか?」
「……半歩、内側だ」
 言われた通りに杭を打つと、不思議なほど、全体がしっくりくる。縄を張り、鈴を付け、落とし穴の位置を微調整する。作業は淡々と進み、誰も大声を出さない。
「……なんか、やりやすいな」
 若い男がぽつりと言った。
「無駄がねえ」
 別の男が頷く。
「前にも、こんなことを?」
 誰かが聞いた。
「昔な」
 俺はそれだけ答えた。
 日が完全に沈むころ、準備は整った。森の縁は、見た目には何も変わらない。だが、踏み込めば分かる。人にとっても、獣にとっても、動きが制限される配置だ。
「これで……大丈夫か?」
 バルトが小声で聞いた。
「来るなら、ここを通る」
 俺は言った。
「通らなければ、村には入れない」
 根拠は説明できない。ただ、そうなる。
 夜が更け、見回りが始まった。焚き火の明かりが、点々と村を囲む。俺は森に一番近い場所に立ち、背後に村を感じながら、じっと耳を澄ませた。
 風が変わる。
「……来る」
 低く言うと、周囲の空気が一瞬で引き締まった。
 闇の中から、影が動く。数は朝より多い。十、いや、十二。魔狼だ。だが、動きが鈍い。興奮と警戒が、ちぐはぐに混じっている。
 最初の一頭が、罠に踏み込んだ。鈴が鳴り、縄が締まる。魔狼が吠え、次の一頭が避けようとして、別の罠にかかる。連鎖的に、動きが止まった。
「……効いてる」
 誰かが息を呑む。
 だが、数頭は罠を越えた。一直線に、こちらへ向かってくる。
「下がれ」
 俺は言った。村人たちは、反射的に後退する。
 魔狼が飛びかかる。俺は一歩踏み込み、掌底を打ち込む。衝撃は、魔狼の体を通り抜け、地面に吸われた。次の一頭には、蹴りを放つ。狙いは胴体ではない。踏み込みを止める位置だ。
 動きは、考える前に終わっている。
 視界の端で、別の魔狼が跳んだ。俺は振り向きざまに腕を振る。触れたかどうか分からない程度の接触で、魔狼は弾かれるように横倒しになった。
「……なんだ、これ」
 自分でも、少し驚いた。力を入れていない。技を使った覚えもない。ただ、そこに立ち、動いただけだ。
 最後の一頭が、距離を取った。赤い目が、俺を見据える。だが、踏み込まない。踏み込めない。
「戻れ」
 朝と同じ言葉が、自然と口をついた。
 魔狼は低く唸り、それから、背を向けて闇に溶けた。
 静寂が戻る。罠にかかった魔狼も、動きを止めている。致命傷ではないが、もう戦う気はない。
「……終わった」
 誰かが呟いた。
 村人たちは、しばらく声を出せなかった。やがて、息を吐く音が重なり、ざわめきが広がる。
「ガルド……」
 バルトが俺を見る。その目には、恐れと、敬意と、困惑が混じっていた。
「偶然だ」
 俺は繰り返した。
「罠が良かっただけだ」
「いや……」
 誰かが言いかけて、言葉を飲み込む。
 俺は村に背を向け、焚き火の方へ歩いた。火の明かりが、足元を照らす。体は、いつもと変わらない。息も乱れていない。
「……年の功だな」
 そう呟いて、鍋に水を足した。
 背後では、村人たちが小声で何かを話している。だが、その声は、もう不安ではなかった。
 火を見つめながら、俺は静かに呼吸を整える。無自覚のまま、何かが確実に変わっていることだけは、分かっていた。
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