濡れ衣を着せられ、パーティーを追放されたおっさん、実は最強スキルの持ち主でした。復讐なんてしません。田舎でのんびりスローライフ。

さら

文字の大きさ
7 / 10

しおりを挟む
第7話 再会
 夜は深まり、焚き火の火は赤く落ち着いていた。鍋の中身はもう温め直すだけで、村の周囲を包んでいた張りつめた空気も、少しずつ緩んでいく。罠の確認に出た者たちが戻り、簡単な報告が交わされるが、誰も大声を出さない。ただ、火のはぜる音と、遠くで鳴く夜鳥の声が、静かに混じるだけだ。
 俺は火のそばに腰を下ろし、木匙で鍋をかき混ぜていた。今日一日の動きが、体の奥に沈んでいく。疲れているはずなのに、嫌な重さはない。やるべきことをやった、というだけの感覚だ。
「ガルド」
 背後から、控えめな声がした。振り向くと、薬師の女が立っている。昼間よりも表情が硬い。
「森の道で……人が倒れているそうです」
 その一言で、胸の奥がわずかにざわついた。森、夜、倒れている人間。嫌な組み合わせだ。
「村の者か?」
「いえ。装備からすると、冒険者のようで……」
 俺は立ち上がり、外套を手に取った。
「案内してくれ」
 薬師は頷き、松明を持って歩き出す。村の外れから森へ入る道は、さっきまでの緊張が嘘のように静かだ。だが、その静けさは、何かを隠しているようにも思える。
 少し進んだところで、人影が見えた。地面に横たわり、荒い呼吸を繰り返している。松明の光が顔を照らした瞬間、俺は足を止めた。
「……」
 見覚えのある顔だった。頬はこけ、鎧は歪み、血と泥にまみれている。それでも、間違えようがない。
「……ガルド……?」
 かすれた声で、男が呟いた。弓使いだ。かつて、同じ卓を囲み、同じ依頼に向かった男。
「……生きてたのか」
 俺の口から出た言葉は、驚くほど平坦だった。怒りも、喜びも、表に出ない。ただ、事実を確認しただけだ。
「……助けてくれ……」
 弓使いは必死に手を伸ばそうとして、力尽きたように落とす。
 薬師がすぐに駆け寄り、状態を確認する。
「命は……大丈夫です。でも、放っておけば朝までもちません」
 俺は頷き、弓使いを抱え上げた。思ったより軽い。骨と皮だけになったような重さだ。
 村へ戻る道すがら、弓使いは断片的に言葉を漏らした。
「……魔物……多すぎた……」
「……」
「……俺たち……失敗した……」
 俺は何も答えなかった。答える必要がない。今は、運ぶことだけに集中する。
 家に戻り、床に寝かせる。薬師が手早く処置を始める間、俺はランタンを追加で灯した。光の中で見る弓使いの顔は、昔よりずっと老けて見えた。
「……ガルド……」
 弓使いが、薄く目を開ける。
「……すまなかった……」
 その言葉は、予想していたよりも、ずっと弱々しかった。
「……俺たち……間違ってた……」
 俺は椅子に腰を下ろし、黙って聞いていた。
「……お前がいなくなってから……何も、うまくいかなくて……」
 言葉が途切れ、荒い息が続く。
「……金のことも……」
 弓使いは唇を噛み、目を閉じた。
「……俺が……帳面、いじった……」
 薬師の手が、一瞬止まった。
「……魔術師に言われて……少し……」
 弓使いの声は、ほとんど囁きだった。
「……全部……お前のせいにすれば……楽だって……」
 部屋の中に、重い沈黙が落ちる。ランタンの火が揺れ、影が壁を這う。
「……あいつらは?」
 俺はようやく口を開いた。
「……剣士は……死んだ……」
 短い答えだった。
「……神官も……魔術師も……重傷で……」
 それ以上、聞く気はなかった。胸の奥に、冷たいものが落ちる感覚がある。だが、それは復讐心ではない。終わったものを、確認しただけだ。
「……ガルド……」
 弓使いが、必死に目を開ける。
「……許してくれ……」
 俺は、しばらく彼を見つめた。昔、一緒に笑った顔。喧嘩した夜。酒場で、くだらない話をした時間。それらが、遠い記憶として浮かんでは消える。
「許すも、許さないもない」
 俺は静かに言った。
「もう、終わったことだ」
「……」
「俺は、もう冒険者じゃない」
 弓使いの目から、涙が滲んだ。
「……すまなかった……」
 その言葉を最後に、彼は意識を失った。
 薬師が処置を終え、深く息を吐く。
「峠は越えました」
「ああ」
 俺は立ち上がり、窓の外を見た。夜は静かで、森も村も、穏やかに眠っている。
 過去は、追いかけてこなかった。ただ、勝手に転がり落ちてきただけだ。
 俺は外套を脱ぎ、椅子にかける。
「……ここで、休め」
 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。
 ランタンの火を少し落とし、俺は再び椅子に腰を下ろす。
 復讐はしない。憎しみも、抱かない。ただ、この静かな夜を、壊さない。それだけで、十分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最上級のパーティで最底辺の扱いを受けていたDランク錬金術師は新パーティで成り上がるようです(完)

みかん畑
ファンタジー
最上級のパーティで『荷物持ち』と嘲笑されていた僕は、パーティからクビを宣告されて抜けることにした。 在籍中は僕が色々肩代わりしてたけど、僕を荷物持ち扱いするくらい優秀な仲間たちなので、抜けても問題はないと思ってます。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。 もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。 純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく! 最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!

異世界に召喚されたが「間違っちゃった」と身勝手な女神に追放されてしまったので、おまけで貰ったスキルで凡人の俺は頑張って生き残ります!

椿紅颯
ファンタジー
神乃勇人(こうのゆうと)はある日、女神ルミナによって異世界へと転移させられる。 しかしまさかのまさか、それは誤転移ということだった。 身勝手な女神により、たった一人だけ仲間外れにされた挙句の果てに粗雑に扱われ、ほぼ投げ捨てられるようなかたちで異世界の地へと下ろされてしまう。 そんな踏んだり蹴ったりな、凡人主人公がおりなす異世界ファンタジー!

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

世界最強の賢者、勇者パーティーを追放される~いまさら帰ってこいと言われてももう遅い俺は拾ってくれた最強のお姫様と幸せに過ごす~

aoi
ファンタジー
「なぁ、マギそろそろこのパーティーを抜けてくれないか?」 勇者パーティーに勤めて数年、いきなりパーティーを戦闘ができずに女に守られてばかりだからと追放された賢者マギ。王都で新しい仕事を探すにも勇者パーティーが邪魔をして見つからない。そんな時、とある国のお姫様がマギに声をかけてきて......? お姫様の為に全力を尽くす賢者マギが無双する!?

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

処理中です...