美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ 

さくら

文字の大きさ
7 / 7

後日

しおりを挟む
 夜が明けた。
 柔らかな朝の光がカーテンを透かし、部屋の中に金の粒を散らす。
 鳥のさえずりとともに、微かに甘い香りが漂っていた。
 その香りの正体は、昨日の夜――レオンが「明日の朝、必ず花を咲かせてみせる」と言って植えた“星花”だった。

 私はベッドの上で目を開け、しばらく動けずにいた。
 胸の奥に残る鼓動は、まだあの夜のまま。
 レオンに抱かれ、唇を重ねた瞬間の温度が、まるで記憶の奥で静かに燃え続けているようだった。

 そっと指輪に触れる。
 青い宝石が光を反射して、まるで私の心臓の拍動に合わせて輝いている。
 ――もう夢ではない。
 この指輪は、私がこの世界に“居場所”を得た証だ。

 ◇

 着替えを済ませて庭に出ると、朝露に濡れた花々が揺れていた。
 そしてその中心に、レオンの姿。
 白いシャツの袖をまくり上げ、花壇の手入れをしている。
 その姿はまるで絵画のようで、思わず見惚れてしまった。

「おはようございます、レオンさん」
 声をかけると、彼は振り向いて微笑んだ。
「おはよう、ミナ。よく眠れたか?」
「……ええ。たぶん、今までで一番ぐっすり」
「それは良かった」
 レオンが笑う。その穏やかな声に、胸の奥がくすぐったくなる。

「見てほしいものがある」
 レオンは花壇の一角を指さした。
 そこには夜に植えた星花が、一斉に蕾を開いていた。
 朝の光を受け、花びらが透き通るように輝く。
「わあ……きれい」
「星花はね、“心が通い合った夜にしか咲かない”といわれている。昨日、君と過ごしたあの時間で、屋敷中の花が一斉に芽吹いたんだ」
「……それって」
「君と俺の“想い”が、きっと花に届いたんだ」

 言葉が出なかった。
 ただ、胸が熱くて、目の奥がじんわりと滲む。
 レオンは微笑んで、手を差し出した。
「これからも、この花のように笑っていてくれ」
「……レオンさんこそ、です」
 その手を取ると、指先が温かかった。

 ◇

 朝食の時間、クララがいつものようにパンとスープを運んできた。
 だがその表情には、いつもと違う柔らかさがある。
「お二人とも、とても穏やかなお顔をされていますね」
「そんなことないですよ!」
 慌てて否定すると、レオンが苦笑する。
「クララ、あまりからかうな」
「申し訳ありません。ただ……お二人を見ていると、春が来たみたいで」
「春か……」
 レオンは小さく呟き、私の方を見た。
 その瞳に宿る光が、どこまでも優しくて。
 “春”という言葉が、まるで二人のために生まれたもののように感じられた。

 ◇

 食後、屋敷の中庭では、星花の花びらが風に舞っていた。
 レオンと私は並んでベンチに座る。
「今日、学舎での授業が終わったら、王都の春祭りを見に行かないか?」
「春祭り?」
「ああ。年に一度、癒しの神に感謝を捧げる日だ。屋台も出るし、街全体が音楽に包まれる。……君に見せたい」
「行きたいです!」
 思わず即答すると、レオンが目を細めて笑う。
「では決まりだな。護衛を減らして、なるべく普通の市民のように歩こう」
「ふふ、それは楽しみですね。王子様が庶民のふりをするなんて」
「君が一緒なら、どんなふりでもできるさ」
 軽く冗談を返されて、顔が真っ赤になった。

 ◇

 午前の陽が高くなるころ、私は学舎へ向かう準備をした。
 制服の胸元には、レオンから贈られた護環の指輪。
 それを見たレオンが、玄関先でそっと微笑んだ。
「似合ってる。まるで、君の心に合わせて作られたみたいだ」
「えへへ……大事にしますね」
「危険なことがあれば、必ずその指輪に触れるんだ。俺が駆けつける」
「まさか、それ本当に?」
「試してみるか?」
「だ、だめです!」
 レオンが笑い、私もつられて笑った。

 笑い声が、春風に溶けていく。
 屋敷の門を出ると、花びらがひとひら頬に落ちた。
 それを指先でつまみながら、私は小さく呟いた。
 ――ありがとう、レオンさん。

 この世界で、あなたに出会えて本当に良かった。

 ◇

 その日の夕暮れ。
 王都の大通りは、春祭りの灯で彩られていた。
 人々の笑い声、笛と太鼓の音、屋台から漂う甘い香り。
 その喧騒の中を、私はレオンと並んで歩いていた。
 人混みの中でも、不思議と彼の姿だけはすぐ分かる。
 少しだけ髪を結い、庶民の服をまとった彼――けれどその存在感は、隠しようがなかった。

「この街、すごいですね……!」
「王都の民たちは春になると陽気になる。今日だけは、誰もが王になるんだ」
「王に?」
「そう。幸せを願う権利を、誰もが持っている」

 レオンの言葉に、私は微笑んだ。
 その横顔は、誰よりも自由で、誰よりも誇り高かった。

 そして、空を見上げる。
 夜空には無数の灯籠が浮かび上がり、風に乗ってゆっくりと昇っていく。
 まるで星がまた一度、地上に舞い戻ってきたかのようだった。

「きれい……」
「願いをひとつだけ込めて、灯籠を空へ放つんだ」
「願い……」
 私は両手で灯籠を持ち、そっと目を閉じた。
 ――どうか、この時間が、いつまでも続きますように。
 そう心の中で祈り、手を放す。

 灯籠がふわりと浮かび上がり、春の夜空へと舞い上がった。
 その光が遠ざかるのを、レオンと二人で見上げながら、私は微笑んだ。

 ――あの日、涙の中で始まった私の物語は、今、光の中で続いている。
 もう、孤独ではない。
 この世界で、誰かと共に笑える。

 彼の隣で、私はそっと囁いた。
「レオンさん。私、これからもずっと、あなたと一緒に生きていきたい」
 レオンは微笑み、私の手を握った。
「ああ。約束しよう――春が何度めぐっても、君の隣にいる」

 風が吹き、星花の灯が空へと舞う。
 その光の下で、二人の影が寄り添うように重なった。

 春の夜は静かに、甘く、永遠のように続いていった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

【完結】勤労令嬢、街へ行く〜令嬢なのに下働きさせられていた私を養女にしてくれた侯爵様が溺愛してくれるので、国いちばんのレディを目指します〜

鈴木 桜
恋愛
貧乏男爵の妾の子である8歳のジリアンは、使用人ゼロの家で勤労の日々を送っていた。 誰よりも早く起きて畑を耕し、家族の食事を準備し、屋敷を隅々まで掃除し……。 幸いジリアンは【魔法】が使えたので、一人でも仕事をこなすことができていた。 ある夏の日、彼女の運命を大きく変える出来事が起こる。 一人の客人をもてなしたのだ。 その客人は戦争の英雄クリフォード・マクリーン侯爵の使いであり、ジリアンが【魔法の天才】であることに気づくのだった。 【魔法】が『武器』ではなく『生活』のために使われるようになる時代の転換期に、ジリアンは戦争の英雄の養女として迎えられることになる。 彼女は「働かせてください」と訴え続けた。そうしなければ、追い出されると思ったから。 そんな彼女に、周囲の大人たちは目一杯の愛情を注ぎ続けた。 そして、ジリアンは少しずつ子供らしさを取り戻していく。 やがてジリアンは17歳に成長し、新しく設立された王立魔法学院に入学することに。 ところが、マクリーン侯爵は渋い顔で、 「男子生徒と目を合わせるな。微笑みかけるな」と言うのだった。 学院には幼馴染の謎の少年アレンや、かつてジリアンをこき使っていた腹違いの姉もいて──。 ☆第2部完結しました☆

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

『影の夫人とガラスの花嫁』

柴田はつみ
恋愛
公爵カルロスの後妻として嫁いだシャルロットは、 結婚初日から気づいていた。 夫は優しい。 礼儀正しく、決して冷たくはない。 けれど──どこか遠い。 夜会で向けられる微笑みの奥には、 亡き前妻エリザベラの影が静かに揺れていた。 社交界は囁く。 「公爵さまは、今も前妻を想っているのだわ」 「後妻は所詮、影の夫人よ」 その言葉に胸が痛む。 けれどシャルロットは自分に言い聞かせた。 ──これは政略婚。 愛を求めてはいけない、と。 そんなある日、彼女はカルロスの書斎で “あり得ない手紙”を見つけてしまう。 『愛しいカルロスへ。  私は必ずあなたのもとへ戻るわ。          エリザベラ』 ……前妻は、本当に死んだのだろうか? 噂、沈黙、誤解、そして夫の隠す真実。 揺れ動く心のまま、シャルロットは “ガラスの花嫁”のように繊細にひび割れていく。 しかし、前妻の影が完全に姿を現したとき、 カルロスの静かな愛がようやく溢れ出す。 「影なんて、最初からいない。  見ていたのは……ずっと君だけだった」 消えた指輪、隠された手紙、閉ざされた書庫── すべての謎が解けたとき、 影に怯えていた花嫁は光を手に入れる。 切なく、美しく、そして必ず幸せになる後妻ロマンス。 愛に触れたとき、ガラスは光へと変わる

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

顔も知らない旦那様に間違えて手紙を送ったら、溺愛が返ってきました

ラム猫
恋愛
 セシリアは、政略結婚でアシュレイ・ハンベルク侯爵に嫁いで三年になる。しかし夫であるアシュレイは稀代の軍略家として戦争で前線に立ち続けており、二人は一度も顔を合わせたことがなかった。セシリアは孤独な日々を送り、周囲からは「忘れられた花嫁」として扱われていた。  ある日、セシリアは親友宛てに夫への不満と愚痴を書き連ねた手紙を、誤ってアシュレイ侯爵本人宛てで送ってしまう。とんでもない過ちを犯したと震えるセシリアの元へ、数週間後、夫から返信が届いた。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。 ※全部で四話になります。

【完結】胃袋を掴んだら溺愛されました

成実
恋愛
前世の記憶を思い出し、お菓子が食べたいと自分のために作っていた伯爵令嬢。  天候の関係で国に、収める税を領地民のために肩代わりした伯爵家、そうしたら、弟の学費がなくなりました。  学費を稼ぐためにお菓子の販売始めた私に、私が作ったお菓子が大好き過ぎてお菓子に恋した公爵令息が、作ったのが私とバレては溺愛されました。

処理中です...