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1章
白雪真代は待っている
しおりを挟む《白雪真代視点》
「透……まだかな」
校舎裏の一角、そこで私は小さく呟く。呟いた声は風に流され、誰に届くわけでもなく虚空に溶ける。校舎裏は4月とは思えないほど気温が低い。それに相乗する様に、時折吹く風が私の体温を奪っていく。
こうして寒空の下待っていると、どうしても思考が悪い方向に傾く。さまざまな感情が私の中から止めどなく溢れて、止まらない。
透、来てくれないんじゃないだろうか?
透はあの時のことに今も傷ついていて、本当は私に会いたくないのではないのだろうか?
もし正直に話しても、信じてくれないのではないだろうか?
もう、取り返しなどとうの昔に付かなくなっているのではないのだろうか?
さまざまな感情が私の中に現れては、私の心を掴んで離さない。『その通りだ!』と自分の中にいるもう一人の自分が話しかける。絶対だと思っていた決意が揺れ、逃げ出したくなる。
でも、ここで逃げ出すわけにはいかない。ここで逃げ出してしまえば、今までと……あの頃と変わらない。いつか時が解決してくれると他人任せに願っていた時と変わらない。
私は進むって決めたんだ!
たとえ、思いを伝えた結果、透に嫌われようとも。私はもう一度、私の恋をやり直す。これは、私の2度目の恋。あの時、自ら手放してしまった透の気持ちをもう一度……!
「白雪さん」
後ろから私の名を呼ぶ声が聞こえる。
私を呼ぶ声……! 透が来てくれた!
もしかして、来てくれないんじゃないのかと思った。一方的にした約束なのだ。破られてもしょうがないだろう。でも、透は私の勝手な約束を守って、来てくれた!
透が来てくれた嬉しさで涙が出そうになる。……だめよ、涙はもう流さないって決めたの。
必死に涙を堪えながら、後ろを振り返る。
しかし、私の後ろに立っていたのは透ではなかった。
「君、白雪真代さんだろ? いや~、3年生の間でも、評判なんだよ。1年生にすごい美人な子がいるって!」
後ろに立っていたのは、髪を茶色に染め、耳にピアスをした男だった。その風貌からは、お世辞にも真面目さなんてものは感じられなかった。シャツも胸元まで開け、その顔に浮かべる笑顔はどこまでも軽薄だった。
その男は、1年生の女子の間でも有名な3年の先輩であった。いわく、気の弱そうな女子や落ち込んでいる女子に声をかけ、食いものにしているとか。噂など、そんなに信憑性があるものではない。しかし、言っては悪いが、目の前の男からは一つとして善意のようなものは感じられなかった。
その表情からは、むしろ悪意のようなものを直感的に私は感じる。過去に、透の周りで渦巻いていた悪意を見ていた私は、直感的に人間の悪意を感じ取れるようになっていた。
「あなた、突然なんなんですか! 私は待ち合わせてる人がいるんです! 用がないならすぐにどこかに消えてくれませんか?」
こんな男など、軽くあしらえばいい。そう冷静に考える内心とは裏腹に、透がまだ来ていないことに心が焦っている私は、つい声を荒げてしまう。
「そんな連れないこと言わないでよ~。それより、さっき落ち込んでたみたいだけど、彼氏とでも別れたの?」
「あなたには関係ありません!」
私が否定しても、目の前の男はさらに顔を笑みに歪め、しつこく話しかけてくる。
お願いだから、早く目の前から消えて!
「そんなイライラしないでよ~。あっ、なんなら俺が彼氏に立候補しちゃおうかな~? 俺なら白雪さんを悲しませたりしないんだけどなぁ」
しつこく話しかけてくるどころか、目の前の男はあまつさえ、私のことを口説いてくる。
なぜ、私はこんな男に口説かれているのだ? さっきまで、透が来るのを今か今かと待っていたはずだ。しかし、実際に来たのは軽薄な笑みを浮かべ、私に迫ってくる男である。
これが、透を裏切ってしまった私への天罰なのだろうか。だとしても、こんな酷い仕打ちはないではないか。せめて、透に私の気持ちだけでも伝えさせてくれてもいいではないか。
お願い、神様……!
目の前に迫る悪意に体が固まっていく。でも、この体だけは汚されるわけにはいかない。目の前の男の甘言に乗ってはいけない。もし、体まで汚されてしまったら、私は一生、透に目も合わせられなくなるのだから。
ーーーーーーーーーー
いかんな、『ボッチでも出来るスタバデビューの方法』というサイトを見ていたら、白雪さんとの約束をすっかり過ぎてしまっていた。
これはしっかりと反省しなければ。
ちなみにサイトの内容は、初めこそちゃんと、スタバでの注文の仕方や着て行っても恥ずかしくない服装などを取り上げていたのだが、一番最後に『結論:まずは友達を作ろう!』と書いてあった時は思わず、手に持っていたスマホを地面に叩きつけたくなった。
それができれば苦労しねえ! 俺は後日、サイトを荒らしてやると決意する。
「ハァ……白雪さん、まだ待ってるかなぁ?」
俺は若干、不安に思いながらも、「待ってたら悪いしなぁ」と思い、早足で校舎裏の方へと向かう。
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