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3章
宇佐美の当主
しおりを挟む榊さんセレクトの服装に身を包んだ俺は現在、玄関の前で宇佐美を待っている。榊さんが選んだ服は黒いスーツであった。
見た目は普通のスーツなのだが、触ってみるとびっくり。スーツの生地は驚くほど滑らかでいつまでも触っていたくなるほどの触り心地だった。
そして、着てみるとまたこれびっくりである。こういう礼服は普通は窮屈で動きにくいのだが、このスーツに限ってはそんな事はない。体を捻ろうが何をしようが、俺の動きを阻害する事は一切ない。
これが高級スーツ故のポテンシャルなのだろう。今まで俺が着ていた服は布切れだったんだなぁ、としみじみ思う。服に対してこだわりの無い俺でも衝撃を受けたのだ。
本当に服にこだわりのある人だったら、卒倒してしまうかもしれない。お金持ちのスーツに戦々恐々としていると、誰かが俺の名前を呼ぶ。この声は宇佐美である。
「ハルく~ん! お待たせ!」
宇佐美は大人しい雰囲気の着物に着替えていた。初めて見る宇佐美の姿に胸がドキッとする。透き通るような宇佐美の黒髪に着物がよく似合っている。
「きっ、緊張するね、ハル君」
「ああ。こんなに緊張してて、まともに挨拶が出来るのか不安だよ」
目の前で止まっているいつものリムジン。これに乗れば、もう引き返せなくなるだろう。いや、元より引き返せなどしないのだ。背後に道が無いのなら、前に進むしかない!
「よし! 行こう、宇佐美ッ!」
「うん!」
宇佐美の元気な返事で少しリラックスする。一つ深呼吸をして覚悟を決める。そして、俺たちは宇佐美家の本家へと向かうリムジンへと乗り込む。
ーーーーーーーーーー
リムジンに乗ってから、1時間くらい経っただろうか。ほとんど振動は感じ取れないが、普段の感覚でリムジンが止まった事が分かる。何度も乗った事によって、最近は分かるようになってきた。
「到着いたしました。宇佐美家、本家の御屋敷でございます」
榊さんが到着したことを告げる。隣にいる宇佐美と頷き合った後、リムジンから降車する。
リムジンから出ると、すぐに途方も無いほど大きい屋敷が目に入る。宇佐美の家を初めて見た時も驚いたが、こっちはこっちで衝撃的である。
俺とお屋敷を隔てる壁は、どこまでも横に広がっており、目を凝らしてみても終わりが見えない。今見ている分の横幅だけでもこんなに広いのだ。
実際の大きさはもはや想像できない。この大きさを実感するには、上空からドローンで写真でも撮らないと分からないかもしれない。
おっと、いかんいかん! ボーッとしてちゃいけないな。これからが本番なのだ。ゲームならまだチュートリアルである。こんな序盤から圧倒されてちゃ、挨拶なんてとても出来なくなるッ!
頬をパンッ!と叩き、正気を取り戻す。燃え尽きるのは、全てが終わってからだ。
俺は気合いを入れ直す。すると、そんな事をしている間に着物を着た妙齢の女性が屋敷から出てくる。
「ご足労いただき、ありがとうございました。私、旦那様より屋敷の案内を仰せつかった、名を久慈と申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
そう言うと、久慈と名乗った女性が頭を深く下げる。久慈さんは美人ではあるが、何処か影が薄く、薄幸の美人という言葉がよく当てはまる人である。
「では、こちらへどうぞ。お嬢様、周王様」
久慈さんの案内に従い、俺と宇佐美は屋敷の中を歩いていく。屋敷の中はほとんど装飾はされておらず、意外にも簡素である。
しかし、よく見ると細かく意匠が刻まれていたりして、簡素に見せかけてはいるが、実際は多大な労力によって建てられた屋敷だという事が分かる。
シンプルなようでいて、実は隠されたこだわりがあちこちに散りばめられている。本当にセンスの良い人というのは、無駄に飾らないのかもしれないなぁ。
屋敷に見惚れながら歩いていると、ついに目的地、宇佐美家の当主、宇佐美のお祖父ちゃんがいる部屋の前に立つ。
「それでは、私はこれで失礼します」
案内を終えた久慈さんはそそくさと離れていってしまった。
入り辛えぇぇぇ! 俺の気のせいか、部屋からは何とも言えないプレッシャーが漏れている。隣にいる宇佐美も珍しく緊張しており、顔が強張っている。俺たちが部屋の前で二の足を踏んでいると……
「何をしておる。早く入りなさい」
低くて渋い声が襖の向こうから聞こえる。覚悟を決め、俺は襖を開ける。
「しっ、失礼いたします」
部屋に入ると、立派な髭を携えた老人がソファーに座っていた。この人が宇佐美のお祖父ちゃんであり、宇佐美家の当主……!
どうやら、襖の向こうから感じていたプレッシャーは気のせいでは無かったようだ。さすが、万を超える人間を束ねる人物。さっきから冷や汗が止まらない。
「さぁ、2人とも腰を掛けなさい」
促されるままにお祖父さんに対面するソファーに座る。一挙手一投足を見張れているような気がする。震えそうになる体を無理矢理止める。
遂に、宇佐美家の当主である老人と俺は対面するのだった。
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