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3章
裸の付き合い
しおりを挟むなんで宇佐美源三さん、あなたが入って来てるんですかーーー!!!
「湯加減はどうかな? 周王君」
俺がゆったりと露天風呂を一人楽しんでいると急遽、緊急参戦してきたのは宇佐美家現当主、宇佐美源三さん御本人であった。服を着ていた時にはわからなかったが、源三さんの体は細身でこそあるが、かなり筋肉質であった。
その肉体は見た目から推察した年齢から考えても、現状でこれ程の筋肉を肉体に携えているのは驚異と言える。この人、戦っても強いだろうな……。
「たっ、大変結構なお湯加減でございます……」
「なら良かったよ」
俺の返事に源三さんが軽く笑みを作って頷く。たったそれだけの動きなのに源三さんがすると偉い人独特の威厳のようなものが滲み出る。
その堂の入った動きに俺はしばし感心するが、すぐに気を引き締めて思考を現実に戻す。
まさか、何も知らずに入ってきたって事は無いよな? 脱衣所に脱いだ服がある筈だから、誰かが入っている事は予想は着くよな? 気付かずに入ってきた可能性もなくは無いが、ごくわずかだろう。
つまり、ほぼ間違いなくここに入ってきたのは源三さんの意思ということになる。俺の予想があたっていればの話だが。
「…………」
「…………」
さっ……さすがに俺の方からなんか話しかけた方が良いよな……。かといって源三さん相手に何て話しかければいいんだ? フレンドリーに接するわけには行かないし……。
うっ! 挨拶や食事を共にして多少、源三さんの醸し出すオーラに慣れたとはいえ、さすがにまだ1つの空間に2人きりは気まずいな……。
俺が話のキッカケを探ろうと四苦八苦しているとーー
「……周王君、君はどこまで知っているんだい……?」
ーー先んじて、源三さんの方から話しかけてくるのだった。
「……?」
どこまで知っているか? 源三さんは何の事を言っている、いや何を知りたいんだ?
頭を捻ってしばらく、源三さんが言っている【どこまで】が何を指しているか考えるが、特に思い当たる節は無い。申し訳なく思いながらも、俺は思い切って源三さんに質問の意図を訊ねる。
「あの……失礼ですが、何のことを指しているのでしょうか?」
源三さんの顔が一瞬だけ歪む。だが、すぐに元の表情に戻る。
「いや……知らないなら良い。……失礼する」
源三さんから明瞭な返事は返ってこなかった。源三さんは俺にこれ以上、答えが返ってこないことを確認すると、湯船に浸かったばかりであったというのに、さっさと露天風呂から出て行ってしまった。
(源三さんは俺から一体……何を聞きたかったんだ?)
正直、源三さんが何の事を指しているのかは分からない。でも、源三さんがわざわざ俺と2人きりの時間を作ったのは、源三さんの指す何かを俺が知っているかどうか、確かめたかったからだろう。
そして、どうやら俺は源三さんが示す情報を持っていなかったらしい。それが良い事なのか、悪い事なのかはまだ分からない。しかし、現状何もわかっていない今は、それが良い事である事を願おう。
源三さんがいなくなった露天風呂は緊張感から解放され、弛緩した空気を取り戻す。再び1人だけになった空間に、何処からか水滴の音が静かに響く。気付けば、少し前まで上空を占めていた満点の星空は所々、雲がかかり、その美しさをやや曇らせていた。
ーーーーーーーーーー
《宇佐美源三視点》
周王春樹、彼に聞きたかった事を終えた私は執務室の椅子へと腰を下ろす。宇佐美家当主の外には信頼できる当主の専属使用人1人と宇佐美家の血族しか入る事が許されない部屋だ。
1人で物事を考える時にはちょうど良い部屋だ。歴代の当主達もこの部屋で一族の未来について思いを馳せてきたという。そんな部屋で私もまた、彼について熟考する。
「彼は何も知らない……か……」
腹芸を出来るようなタイプには見えなかった。おそらく、彼は本当に何も知らないのだろう。だが……
「それが彼にとって良いとは限らないが……」
このまま杏と将来、結婚することになれば、彼が宇佐美家の一員に名を連ねるのもそう遠い未来では無い。それまでに彼にはあの事を伝えるべきか?
私が黙っていれば彼がそれを知るのはあと5年……いや、もしかすると永遠に知ることは無いかもしれない。黙っていることは簡単だ。
しかしそれではーー
「あまりにも彼に不誠実か……」
未熟ではあるが、彼は既に何者にも侵せない断固たる意志を保有している。あの意志を前にして、私だけが真実から目を背けるような行いは許されない。
「……フッ」
長年、腹に一物を抱える人間を相手にしてきたからか……? どうやら年を取ったことによって私も耄碌したかな? バカ正直で真っ直ぐな意志というモノに弱くなってしまったな。
「これが運命というものなのかも知れんな……」
8年の時を経て、周王家と宇佐美家が再び交わる。この8年間、決して交わらぬようにと周王から目を離して生きてきた。しかし……私の知らない所でまだ繋がっていたのだな。
8年間。長い年月を生きてきた私にとっては短い時間だ。だが、たったそれだけの間に少年は青年へと成長を遂げ、私の前に現れた。
(ああ、まったく本当に……)
「大きくなったものだな、ハルキ」
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