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3章
主人とメイドの問答
しおりを挟む「本当に……よろしかったのですか?」
「ん? 何が?」
周王春樹が去ったあとの宇佐美杏の私室。宇佐美家のメイド、二条纏は主人だけになった部屋で疑問を呈する。
「交渉役ですよ。……周王様に任せてしまって良かったのですか? もし、周王様が龍堂辰臣との交渉に失敗すれば、千本院帝への勝率はかなり低くなってしまいます」
「……ハル君のこと、信じてないの?」
「ッ!」
主人である宇佐美杏が放つプレッシャーに自分の身体に鳥肌が立つのが分かる。相変わらず、我が主人ながら、その身から放つ威圧感には恐怖すら覚える。
上に立つ者というのは、皆何かしらの威厳なり存在感なりを放つ者だが、この主人が放つプレッシャーからは宇佐美家当主、宇佐美源三を彷彿とさせるものがある。
もし、男性として生まれていたなら今みたいな苦労も無く、即座に宇佐美家当主として宇佐美家を仕切っていただろう。女性が当主になる事への周囲の忌避感が未だ、主人が宇佐美家の当主に就けない原因だ。
宇佐美家一族の中でも稀有な才能を抱きながら、なんと不幸な事だ。
「いえ、周王様を信用していないわけではありませんが……万が一、千本院様との勝負に負ければ、我が主人が望まぬ婚姻を強制される事を憂いているのです……」
「そうね……。確かに、私も不安でないと言ったら嘘になるわ。でも……」
「でも?」
「私の愛する人が正面から真っ直ぐ見つめて「自分に任せて欲しい」と真剣に伝えるんだもの……。例え、誰が信じなくても、私だけは信じてあげたいじゃない……」
「……そうで御座いますね」
愛した人の言葉は信じたくなる。同じ、一人の女として少なからず同意できる言葉だ。妙な言い訳を並べ立てるより、よっぽど信用できるお言葉だ。これが、宇佐美家次期当主として正しいかは分からないが……。
「それに……」
主人の続きの言葉を謹んで拝聴する。
「もし、負けたら望まぬ婚姻と宇佐美家次期当主としての責任も放り出して、ハル君と世界中を逃避行するのも悪くないかなって!」
「周王様と逃避行ですか……」
「ええ、悪くないと思わない。名家としての義務からも宇佐美家次期当主としての責任からも逃げ出して、私とハル君、二人っきりで世界中を旅する。幸い、私個人の資産はそれなりにあるしね!」
「フッ……。それでは、主人の蛮行を止められなかった私は、宇佐美家のメイドをクビという事になってしまいますね」
主人の語る未来に私は軽口を叩く。
「あら、貴方の能力なら何処に行っても歓迎されるでしょう」
「出来れば、定年を迎えるまではお世話になりたいものです。ここほど賃金の良い職場は中々ありませんから」
「お金が一番の理由なんて……貴方も案外、俗なのね」
「この世の大半の人間はお金の為に人生を費やしいているのですよ、お嬢様」
「そういうものかしら?」
「そういうものです」
……もし、敗北して、望まぬ婚姻が強制されたとしても、きっとお嬢様は周王様と逃げたりはしないだろう。私には分かる。
お嬢様が周王様を愛しているのは紛う事なき事実だが、宇佐美家として周王様と婚姻する事が重大な問題になるのなら、きっとお嬢様は望まぬ婚姻の方を選ぶ。
宇佐美家の人間として生きてきたお嬢様は、最後には宇佐美家をお選びになる。自身の行く先に不幸な結末が待っていると分かっていても……。
だから、周王様……。
「絶対に勝ってくださいね……」
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