啼いて僕らは息をする

白雪 鈴音

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禿編

優しい微睡み

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僕が目を覚ましたのは日が昇り始める頃だった。
まだほんのりと薄暗い室内は、春だというのに冷たさを残している。 
葵が布団を敷いてくれたのかふかふかな布団にくるまっていた。
隣を見れば朝霧が体を丸くして眠っている。
同じ顔をしているなんて思えないほどに可愛く見える。
僕の初恋はきっと……。

「あれ。早いね夕霧」

突然声をかけられ、体が不自然に跳ねた。
声の主、葵は僕らの枕元に座り、顔を覗き込んだ。
どうやら客を店先へと見送り、戻ってきたところのようだ。
まだ微かに香る誘われるようなかぐわしい香りが、妙に生々しく鼻を刺激する。

「おはようございます……。葵兄様……」

朝霧を起こさぬようにとゆっくりと上半身を起こし、声を発せば挨拶ができて偉いね、などと頭を撫でる。
たかだか挨拶ができたくらいで褒められるなど思ってもいなかった為、僕の体は、つい反射的に殴られるのではないかという恐怖から痛みに耐えるように目を瞑り、体にも力がこもった。
しかし、当然次にくる痛みは無い。
そうだ……。もう理不尽に叩かれる事はないのだと目を開け、体の力を抜いた。
けれど葵の顔を見ることができなかった。
自分を哀れだの、気持ちが悪いだのという偏見の目に晒されてきた僕らは、せっかく仲良くしようとしてくれた、本当の兄のような葵に嫌われたく無かったからだ。
だから、葵の冷たく僕を見つめる瞳と視線を交わらせたくなかったのだ。

「大丈夫。君達が外で辛い目に合ってきたことはわかってる。ここに居る子達は基本的に君たちと同じような境遇の子が多いからね……」

だから顔をあげてよ、と無邪気に笑う昨夜通りの明るい声色に恐る恐る顔を上げれば、その声にぴったりなお日様のような笑顔があった。
まだ僕はここで何をするか、具体的には知らない。
けれど昨日聞いた人買いの男の話しでは男達の餌になって喰い殺されると言っていた。
そんな世界で、葵のように自分も笑える日が来るのだろうか、そんな未来を見つめるのも悪くは無い、と今は思う。 

「朝霧が起きたら朝食にしよう。朝と昼は昨日の大広間で、みんなで食べているんだ 」

「はい……」

「あ、あとね、君達と同じ禿の子が後二人いるから後で紹介するね」

きっと寝ていないにも関わらず世話を焼いてくれる葵に、少し心配になってくる。
どうして昨日あったばかりの僕らにそんなに優しくしてくれるんだろう。
昨日言われた家族だから、というものがいまいち胸に引っかかり、どうにも腑に落ちていない夕霧はただありがとうございます、と零すだけだった。
その時、もぞもぞと朝霧が動いた。
まつ毛の長い瞳は微かに震えるとゆっくりと持ち上がる。
寝ぼけた眼は涙に潤んでいる。

「おはよう。……朝霧……」

寝起きのあまり良くない朝霧はぎゅ、と僕の太ももにしがみついて、”ゔ~ん……”と唸っている。
そんな姿に葵は笑いながらコアラみたい!と言った。
しばらくそうしているとようやく朝霧も目が冴えてきたのか体を起こす。

「おはよう」

僕と違いふわふわな朝霧の髪はとても芸術的な形を描いていた。
それを見て思わず僕も笑いが零れる。

「あー……朝から笑わせてくれるな!二人との相部屋楽しい!」

上機嫌にいえば、そうだ、と思い出したように続けて口を開いた。

「そういや二人にはまだその可愛い耳のしまい方、教えてなかったね!」

「耳って……これですか?」

僕はちょこんと立っている自身の耳を触りながら首を傾げる。
朝霧も自身の肩にかかるようなふわふわとした耳に触れている。

「そうそう。ここはね、みんなその耳を持った、君たちの仲間なんだよ。」

そういえばふわ、と葵の耳が出てきた。
その耳は僕や朝霧とは違い、ピンと軽く仰け反り小さめの耳は可愛らしかった。
しかしそんなことよりも僕らとは違う耳を持った葵に興味が湧いたのと同時に、もし自分達も耳を隠すことが出来れば”普通の人間”として生活が送れるかもしれない。
そんな甘い期待を抱き、葵の指導を受けることになった。

「多分少し時間は掛かるかもしれないけど、耳の付け根に意識を集中してみて?そう、グッと」

言われた通りにやってみる。
おそらく眉間にシワがより面白い顔になっているに違いない。
しばらくすると、ゆっくりと耳が動くのを感じた。

「夕霧!そうだよ!隠せてるよ!」

「わぁ!すごい!お兄ちゃん!」

パァ、っと明るい笑顔を向けられ自身の耳のあったところに手を伸ばすとそこにあるはずの耳が無くなっていた。

「ほんとだ……」

喜びのあまり気を抜けば、再びゆっくり耳が顕になった。

「まぁ、練習が必要だね。頑張って!」

「僕、全然できない……」

悲しげに落ち込む朝霧に葵は”大丈夫だよ。僕も時間がかかったからさ”と励ましの言葉をかけた。
すると朝霧は頑張ります、と前向きな言葉を述べた。

「さて。朝ご飯の前にお風呂に行こうか。さっぱりしてから食べる朝ご飯は格別なんだ!」

立ち上がった葵は僕らに手を差し伸べ、僕ら二人はその手に捕まり立ち上がる。
初めてだ。
こんなに優しくしてくれる人も、暖かな温もりも。
この胸の奥が暖かくなる事が家族になるということなのだろうか。
僕はそんな思いを胸に秘め、三人で風呂場へ向かうのだった。
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