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番外編
魔女の子育て奮闘記
しおりを挟む赤ん坊の寝ているバスケットを家に運び、覗き込むと、泣き疲れたのか眠っていた。
そのことにホッとしたが、すぐに頭を抱える。
18歳のフィーリンは子育てなど、全く経験がない。
(ひとまず、育児本とミルク...それに、衣類も必要ね)
なけなしのお金をかき集め、街へと向かう準備をするが、人嫌いのフィーリンの足取りは重い。
それに、赤ん坊をひとり置いて行くわけにもいかず、大きなため息を吐くのだった。
若い女性が麻紐を抱っこ紐代わりに赤ん坊を抱えていることが珍しいのか、すれ違う人々の視線が痛かった。
その中でひとり、見かねて話しかけてきた中年の女性がいた。
「それじゃあ、落ちてしまいそうだよ。こっちへおいで」
手を引かれて連れてこられたのは、パン屋だった。
店内で少し待っていると、しっかりとした布の抱っこ紐を持って、彼女は戻ってきた。
それで赤ん坊とフィーリンをくくり直してくれた。
「うちじゃもう使わないから、持ってっていいよ。あなた、森に住んでいる子でしょう?旦那さんは?」
心の底から案じてくれているような表情に、戸惑ってしまう。久しぶりに触れた人の優しさに、気恥ずかしさを覚えた。
「森に、捨てられていて...育てようにもどうしていいのか、わからなくて......」
初対面の相手にどこまで説明していいのかも、わからない。
言葉に詰まっていると、パン屋の女将さんは目を丸くした。
「それは、大変だ。かわいそうにねぇ...名前も無いんじゃないのかい」
小さく頷いたフィーリンの肩を、バシバシと叩き始める。
「それはやることがいっぱいだ。必要な物もたくさんあるよ!一緒に買いに行こうじゃないか。値引き交渉なら任せな」
「え、いや、でも、お店もあるでしょうし...申し訳ないので」
断ろうとするのも構わず、方向転換させられる。そのまま外へと押し出されてしまった。
「ここは、旦那も息子たちもいるから大丈夫だよ」
言われるがまま、赤ちゃん用品店へと連れて行かれるのだった。
女将さんおすすめの育児本は、絵や図解が多くて、わかりやすかった。
ミルク関係の物や赤ん坊の衣類、最低限のおもちゃ。それらを抱え、女将さんと店主との値下げバトルを、呆気に取られながら眺めていた。
手持ちはギリギリ足りた。
大荷物を抱えパン屋へ戻ると、もう使わないからと、さらに貰い物が増え、旦那さんに馬車で送ってもらえることになった。
「今日はお世話になりました。ありがとうございます」
「おう」
帰って行く馬車へ頭を下げ、見えなくなるまで見つめる。
「魔女だって知ったら、あの人たちもきっと...」
胸に抱く赤ん坊は、フィーリンの呟きの意味などわかっていないように、自らの指をしゃぶっていた。
頬をむにむにとつまんでやる。
「そういえば、名前...名前か。あなたを捨てた親は名前も用意しないなんて、碌な奴じゃないわね。そんなのに負けるんじゃないわよ」
フィーリンの指をベタベタな手で握ってくるのを見ながら、それなら、と。
「ヴィンセント。あなたはヴィンセントよ」
「うっう!」
存外強い力で手を振り回される。
なんだか可愛いような気がしてきて、フィーリンは笑みをこぼした。
***
布おむつが、何枚もはためいている。
「あなた、あまり泣いたりはしないけど...食欲は立派だものね」
最後の1枚をパンッとはたいて、張った紐へとかける。
ヴィンセントは真っ青な空を掴もうと、よろよろ歩き回っていた。
茂みに行こうとするのを、フィーリンは慌てて引っ捕まえ、重みの増えた小さな身体を抱える。
「あっち!あっち!!」
暗い森の奥を指差す幼子の柔らかな髪を撫でつけてやる。
「向こうには何もないわ。家に戻るの」
「いやっ、あっちなの」
「あっちに何があるって言うの...」
(色々見せて経験させるのは大事だと、本にも書いてあったし)
嘆息しながらも、ヴィンセントの言う通りに歩を進めた。
日の入りにくい森の途中で、降ろせとごねられた。
そっと好きにさせてやると、いつもフィーリンが薬作りに使っている白い花を、ぶつりと千切って戻ってきた。
「ん」
フィーリンへ押し付けるように花を渡す。
「これ、何かわかってるの?」
「ゔぃーも、おくしゅり、やるの」
(野草を集めて薬を作ってることを、理解してたの?)
子供の想像以上の成長っぷりに目を見張る。
「そう...ヴィンセントもやってみたいのね」
丸い頬が赤みを増し、何度も頷く。
抱っこと、両手を伸ばしてくるのを抱き上げ、ゆっくりとログハウスへと帰った。
自分で取った花を誇らしげに握りしめ、ぽいと薬研に放り込んでしまうヴィンセントを止める。
「それは煮立てて薬にするから、ヴィンセントはこっちの乾燥草をすり潰すのよ」
ある程度千切りながら薬研に放り込むのを見せて、材料を渡してやると、垂れた黒い瞳を輝かせながら真似をする。
もみじの手には薬研の持ち手は大きく、フィーリンはハラハラとその様子を眺める。
数分そうしていたが、まだ粉末には程遠いのに、ヴィンセントの動きが止まった。
唇を突き出しながら、フィーリンを見る。
「疲れたの?」
「う...」
しょぼしょぼと目を擦り始めたので、椅子から降ろしてやる。
袖を掴まれ、ベッドまで連れて行かれてしまった。
「ひとりでお昼寝できるでしょう?私はまだやることがあるから」
ヴィンセントはブンブンと首を横に振る。
諦めて一緒に横になり、時たま撫でながら胸を叩いてやる。
すぐに寝息が聞こえてきたが、フィーリンも眠気に襲われ、意識を手放したのだった。
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