雪と炎の国境で

こむらともあさ

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第五話

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「ここにいたんだ。...何してるの?」

 舜の首から下を、雪だるまのように固めていると、綿雪が顔を出した。その光景に至る意味がわからず、戸惑っている。

「この人、腹が立つので埋めてやろうと思って」

 艶葉が他人に感情を向けていることにも、驚く。

 舜はすぐに炎の力の熱で、雪を溶かしてしまった。艶葉は舌打ちする。


「休戦、どうなりました?」

 何もなかったように話し出す彼に、綿雪は我に返る。

「あ、ああ。休戦は両国受け入れたよ。僕は綿雪。力の研究者で、君たちの力と気候の関係を調べることになったから...よろしく頼むよ」

「雪の国には、研究者なんてもんがいるんですね。さすが勤勉な国。こちらこそ、よろしくお願いします」

 気さくそうに握手する舜は、戦場で力を奮う彼とは一致しなくて、苦笑してしまった。
 その2人の間で、艶葉はジト目で舜を睨んでいた。



 また明日と、帰っていく艶葉と綿雪の背を見送る。


「やっと休戦か...」


 舜は陽炎の揺れる大地を見下げた。

 大きな力がぶつかり合った後の、穏やかな風を思い出す。

(あの気候が続く保証ができれば、この戦争も終わる)

 上官に呼ばれるまで、舜は空を眺めていた。





 砦の中に設けられた部屋で、ひと息つく。

 艶葉は何やら一生懸命に氷の人形を作っていた。


「彼と何かあったの?」

「暑かったので、少し冷えるかと思って作った氷城を、馬鹿にされました」

 綿雪は目を丸くする。


「想像力が乏しいからだと言われたのですが...そうなのでしょうか」

 初めて見る拗ねた表情は、人形とは程遠い。

 綿雪は気が抜けるようで、口角が上がる。

「そうだね。何かを作るには、それを精密に頭へ浮かべる必要がある」

 机の上に、綿雪の手から氷の砦が生み出されていく。今いる建造物のミニチュアは、精巧で忠実に再現されている。

 艶葉は、食い入るように見つめた。

(いつか見返してやる)


 いくつもの不格好な氷の彫刻が、艶葉の机の上に並んでいった。


***



 戦場だった場所で、艶葉と舜は距離を取って向かい合う。
 綿雪が離れた石の上に、腰掛けていた。



「殺しは無しだよ、艶葉」

 今にも襲いかかりそうな雰囲気の艶葉を嗜める。しかし、答えたのは舜だった。

「でも、本気で打ち合わないとなんですよね」

「まあ、そうなんだけど...とりあえず、同じ程度の力をぶつけてみてくれないかな」

 待ってましたというように、雪崩のような雪の塊が、舜へ向かっていった。届く前に、溶ける。

「不意打ちはダメだろ。戦いじゃないんだぞ」

「よそ見してるのが悪い」

 天候は変わらず、太陽が照りつけている。
 氷と炎がぶつかり合うが、変化はなかった。


 綿雪は父の資料も広げながら、2人の攻撃と、空を見る。



「2人とも、花を出せるかい?」

 そう声をかけただけで、艶葉の足元からは雪椿が、舜からは青い朝顔が生える。絡みついていく枝と蔓。
 それと同時に、気温が下がったような気がした。穏やかな風が、汗を拭っていく。
 だが、艶葉は舜の頭上へ雪を落とした。

 消えていく花と共に、気温が上がっていった。

「お前な...っ」

 ぷはっと雪から顔を出す上から、さらに雪を落とした。
 舜の護衛であろう兵士たちが身構えるが、雪を溶かしながら立ち上がる彼に、制される。


「今、うまくいきそうだっただろ。何してんだよ」

「...ごめんなさい、つい」

 呆れる舜から目を逸らす艶葉に、綿雪は違和感を覚える。

(指示に背くなんて、初めてだな...それに、最近様子もおかしいし)



「力で顕現させる花が重要そうなことはわかったから、ここまでにしよう。初日だし、気が張ってたんだろう」


 帰っていく炎の国の兵士たちを見送り、艶葉へ体を向ける。
 空を、見上げていた。その目は、やはり何も映していないように見える。


 しばらくして、こちらの視線に気づいたのか、慌てて駆け寄ってきた。

「すみません。...もう戻りますよね」

「それはいいんだけど。艶葉は、この研究に乗り気になれない?」

 艶葉が僅かに目を見張る。

「なぜですか」

「わざと、技を繰り出しているように見えたから...。舜に何か思うところでもあるとか」

 彼女のムッとした表情は珍しく、綿雪は戸惑う。

「あの人、嫌いなんです。だからつい、イラついてしまって」

「え、どうして?」

「自分でもよくわかりません。...馬鹿にされたからですかね」

 艶葉は本当にわからないといった様子で、2人は鏡合わせのように首を傾げるのだった。


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