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行方不明の皇太子
いつもと変わらぬはずの日に
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寝転がって目を細めている猫のエドアルドを避けて、私は客室のある棟へ入っていった。いつもと変わらぬ明るいダイニングに、ほっと息をつき水桶を取ってもう一度外へ出た。
夜が明けたばかりの白々とした朝の庭は、いくら温暖とはいっても半袖の作業着では少し寒いくらいだ。冬が来る前には一枚、羽織るものを用意しなければいけないかしら?
「おはようございます、朝が早いですね」
桶に水を汲んでいると、マゼランさんが2階の窓をあけて私を呼び止めた。
「ええ、おはようございます。どうかされましたか?」
そう声をかけたのは、マゼランさんが既に旅装を着ていることに気づいたからだ。
「急ぎ王都にもどることになったのですが、博士の姿が、見えないのです。奥さん、博士をみなかったでしょうか?」
私は首を傾げた。話し方に僅かな違和感があったからだ。
「いいえ、昨晩遅くにしか、見てません」
エドアルドに足止めされて、困っていたときだ。
ふむ、と首をかしげてから、マゼランさんは何も言わずに窓をしめた。
私がダイニングに入ってゆくと、そこにルーが起きてきた。
「何かありましたか?」
なんとなく警戒した物言いに、私は首を傾げた。
「…………いいえ、気のせいかもしれませんが」
ぐるっとあたりを見回し、ルーはキッチンへと入ってきた。
「手伝います」
私は一瞬、何をいわれたのか分からなかった。
実は、ルーが料理を手伝うと言い出したのははじめてだからだ。
「手ならもう平気よ?」
昨日の一件を気にしているのかと見上げると、ルーは入り口の方を睨み付けるようにみていた。やっぱり明らかに警戒してる。
「誰か来ます」
そう言われて、明かり取りの窓から外をみていると扉が開いて、ロト博士が入ってきた。
「おお、おはよう。今日もあつくなりそうかな?」
秋なのに?と思ってルーを見ると、ルーが二歩ほど私から離れた。あ、そういう、そういうことね。ロト博士にそんな風に言われて、私は頬のあたりを押さえる。
「……仲の良いことだ。さて、マゼランは起きたかな」
杖をついて、博士は階段をあがりかけた。しかし、そこで、何故か足をとめる。にゃおん、とエドアルドが階段のところで寝転んでおり、退こうとしないので博士は階段を上れないでいるのだ。
私は慌ててエドアルドを階段から引き離した。
「ごめんなさい」
いやいや、と博士は苦笑いをして、階段をのぼりはじめた。しかし、またその足元にエドアルドが寝転ぶ。どうしたんだろう、と私がまごまごしていると、ルーがやってきてロト博士の顔を覗き込んだ。
なんだね?とロト博士はたずねるけれど、ルーは黙ってエドアルドを退かし、ロト博士は黙って階段をあがっていった。
それからまもなく、がたがたと何かを揺らすような音が聞こえたかとおもうと、何事もなかったかのように、マゼランさんが降りてきた。
「博士はまだ荷造りにかかるみたいなので、先に出ます」
会計をして、床においていた大きなバックパックを肩にかける。なにか石と石が当たるときのような、ごと、という音がきこえた。
ルーが会計をうけとり、変に緊張した面持ちでドアを開けて出てゆくマゼランさんに、ああ、と声をかけた。
「さっきはどうしてロト博士の真似事などしていらしたんです?」
え、とおもうまもなく、マゼランさんは荷物をこちらへ投げ出してきた。ルーがキャッチし、私に投げ寄越した。思わず受けとるけど、重い!
あちこちアザになったかも、とおもいながら二人を追って庭へ出た。
「やはりただの従僕あがりではないですね」
マゼランさんが取り出したのは、大振りのナイフだ。ルーがどこからともなく取り出した剣に目を見張る。
「これを見たものは、生きては返せません」
ゾッとするほど低く冷たい、ルーではなくランドルフの声。
屋敷にいたころ、アルテアの護衛のランドルフが恐ろしくてたまらなかったのを思い出す。
私が思わずひぇっ、と声をあげると、
「エリンはロト博士を!」
とルーが言う。慌てて建物へと取って返し、階段を駆け上がった。
ロト博士の使っていた客室へ入ると、部屋は跡形がないほどに荒らされていて、博士はクロゼットの足元へ縛られて転がされていた。
「博士!」
よびかけたけれど、高齢のロト博士はぐったりしている。私はどうしたらいいかわからず、とりあえず口元の布をとり、体をしばっていた縄をといた。
「ロト博士、しっかりなさって!」
揺すっても返答がない。息を確かめると、弱いけれど呼吸はしていた。
少しだけ、誰も見ていない今なら……ロト博士の胸に手をあて、私は魔力を注ぎ込んだ。ほわっ、と光が広がり、ヒューウ、と博士の胸から音がきこえた。
博士は目をひらき、私はあわてて魔力を流し込むのをやめる。
「博士、分かりますか?」
うう、とうなりごえをあげて、博士が起き上がる。
「マゼランのやつ、思い切り殴っていったな。奴はどうした?」
私は博士に、ルーが捕まえようとしていると説明した。
「そりゃいかん、奴は魔術をつかうぞ」
そう言って、ロト博士は立ち上がり、杖を掴んだ。
夜が明けたばかりの白々とした朝の庭は、いくら温暖とはいっても半袖の作業着では少し寒いくらいだ。冬が来る前には一枚、羽織るものを用意しなければいけないかしら?
「おはようございます、朝が早いですね」
桶に水を汲んでいると、マゼランさんが2階の窓をあけて私を呼び止めた。
「ええ、おはようございます。どうかされましたか?」
そう声をかけたのは、マゼランさんが既に旅装を着ていることに気づいたからだ。
「急ぎ王都にもどることになったのですが、博士の姿が、見えないのです。奥さん、博士をみなかったでしょうか?」
私は首を傾げた。話し方に僅かな違和感があったからだ。
「いいえ、昨晩遅くにしか、見てません」
エドアルドに足止めされて、困っていたときだ。
ふむ、と首をかしげてから、マゼランさんは何も言わずに窓をしめた。
私がダイニングに入ってゆくと、そこにルーが起きてきた。
「何かありましたか?」
なんとなく警戒した物言いに、私は首を傾げた。
「…………いいえ、気のせいかもしれませんが」
ぐるっとあたりを見回し、ルーはキッチンへと入ってきた。
「手伝います」
私は一瞬、何をいわれたのか分からなかった。
実は、ルーが料理を手伝うと言い出したのははじめてだからだ。
「手ならもう平気よ?」
昨日の一件を気にしているのかと見上げると、ルーは入り口の方を睨み付けるようにみていた。やっぱり明らかに警戒してる。
「誰か来ます」
そう言われて、明かり取りの窓から外をみていると扉が開いて、ロト博士が入ってきた。
「おお、おはよう。今日もあつくなりそうかな?」
秋なのに?と思ってルーを見ると、ルーが二歩ほど私から離れた。あ、そういう、そういうことね。ロト博士にそんな風に言われて、私は頬のあたりを押さえる。
「……仲の良いことだ。さて、マゼランは起きたかな」
杖をついて、博士は階段をあがりかけた。しかし、そこで、何故か足をとめる。にゃおん、とエドアルドが階段のところで寝転んでおり、退こうとしないので博士は階段を上れないでいるのだ。
私は慌ててエドアルドを階段から引き離した。
「ごめんなさい」
いやいや、と博士は苦笑いをして、階段をのぼりはじめた。しかし、またその足元にエドアルドが寝転ぶ。どうしたんだろう、と私がまごまごしていると、ルーがやってきてロト博士の顔を覗き込んだ。
なんだね?とロト博士はたずねるけれど、ルーは黙ってエドアルドを退かし、ロト博士は黙って階段をあがっていった。
それからまもなく、がたがたと何かを揺らすような音が聞こえたかとおもうと、何事もなかったかのように、マゼランさんが降りてきた。
「博士はまだ荷造りにかかるみたいなので、先に出ます」
会計をして、床においていた大きなバックパックを肩にかける。なにか石と石が当たるときのような、ごと、という音がきこえた。
ルーが会計をうけとり、変に緊張した面持ちでドアを開けて出てゆくマゼランさんに、ああ、と声をかけた。
「さっきはどうしてロト博士の真似事などしていらしたんです?」
え、とおもうまもなく、マゼランさんは荷物をこちらへ投げ出してきた。ルーがキャッチし、私に投げ寄越した。思わず受けとるけど、重い!
あちこちアザになったかも、とおもいながら二人を追って庭へ出た。
「やはりただの従僕あがりではないですね」
マゼランさんが取り出したのは、大振りのナイフだ。ルーがどこからともなく取り出した剣に目を見張る。
「これを見たものは、生きては返せません」
ゾッとするほど低く冷たい、ルーではなくランドルフの声。
屋敷にいたころ、アルテアの護衛のランドルフが恐ろしくてたまらなかったのを思い出す。
私が思わずひぇっ、と声をあげると、
「エリンはロト博士を!」
とルーが言う。慌てて建物へと取って返し、階段を駆け上がった。
ロト博士の使っていた客室へ入ると、部屋は跡形がないほどに荒らされていて、博士はクロゼットの足元へ縛られて転がされていた。
「博士!」
よびかけたけれど、高齢のロト博士はぐったりしている。私はどうしたらいいかわからず、とりあえず口元の布をとり、体をしばっていた縄をといた。
「ロト博士、しっかりなさって!」
揺すっても返答がない。息を確かめると、弱いけれど呼吸はしていた。
少しだけ、誰も見ていない今なら……ロト博士の胸に手をあて、私は魔力を注ぎ込んだ。ほわっ、と光が広がり、ヒューウ、と博士の胸から音がきこえた。
博士は目をひらき、私はあわてて魔力を流し込むのをやめる。
「博士、分かりますか?」
うう、とうなりごえをあげて、博士が起き上がる。
「マゼランのやつ、思い切り殴っていったな。奴はどうした?」
私は博士に、ルーが捕まえようとしていると説明した。
「そりゃいかん、奴は魔術をつかうぞ」
そう言って、ロト博士は立ち上がり、杖を掴んだ。
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