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行方不明の皇太子
猫のいる宿屋
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王城の城門が閉まろうとしている。わたしはその隙間をぬって、駆け抜けようとしていた。
「その女を捉えろ!」
背後から兵士の声が聞こえて、跳ねるような足取りが聞こえてくる。アルテアにつけられていた護衛のひとりだ、と思うがそれを振り返る余裕はない。
ギリギリに滑り込み、跳ね橋を上げられてしまう前に王城の外の傾斜地を滑り降りた。城門を開くには少しの時間がある。ふっと息を調え、走りだそうとした瞬間、脇腹をなにか冷たいものが駆け抜けた。
「ランドルフ」
真っ黒い、城の従僕の制服を着た男が、その従順そうな、優しげな風貌に似合わない長い剣を私の脇に突き刺していた。声が出たのは良かった。喉笛をかききられていたら治癒はできない。
「お前はアルテア様に恩があるはすだ、何故こんなことを」
尋ねられて、いいえ、と首をふった。
「兄は、わたくしの兄は、私に罪を着せるつもりなのですわ…」
アルテアが巻き込まれたのは、兄の浅慮のせいに違いない。まさかアルテアが、いとこである皇太子を狙うはずはないのだから。
かはっ、と口から血が出た。内蔵まで到達している。即死しなかったのはほんとに幸運だった。
「逃げましょう、貴方も騙されたのだわ」
兄はおそらく、私の死後にこの件を手を下した護衛のせいにするはずだ。家族から犯罪者がでたとなれば、商売に差し障るのだから。
そのうえ、兄はアルテアの周りにいる護衛を疎ましがっている。とくに信頼の篤いランドルフはもはや憎まれているとも思える。脇の剣を引き抜き、傷口をふさぐ。あまりの痛みに冷たい汗がふきだした。
「治癒士?なぜ今まで……」
ランドルフは目を大きく見開いて私をみている。しかし、説明なんてしていられない。
「剣を捨てて走って!」
その思いのほか太い腕をつかみ、できるだけ城から離れた駅へとむかう。痛みと恐怖に朦朧となりながら。
……だから、その斜面をかけぬけていった毛足の長い猫がいたことなど、私は全く知らなかったのだ。
昨晩は、珈琲にブランデーをたらして飲んで、私たちは少しだけ打ち解けたような気分になって、各々の部屋へ戻った。だからだろうか、珍しくあの日のことなど夢に見たのは。
ぼんやりとベッドに起き上がり、ハアッと息を吐き出す。
「大丈夫、大丈夫。私は、大丈夫」
背中を丸めて呪文のように、自分に言い聞かせていると何かが背中に乗ってきた。
「エドアルド?どうやって……」
見回してもドアも窓も閉まっている。なおん、と鳴いて私の膝の上へ丸まった。この猫にエドアルドと名付けたのは、ルーだ。ここへ来たときからこの家にいた猫に、動物なんて全然興味がなさそうなルーが『殿下』と話しかけたのだ。
『殿下、ここは貴方の住む場所ではありません、どうぞお帰りください』
と扉をあけ、王侯をおくるように頭をさげたら、猫はつんと頭を掲げ、胸をはって出ていった。
飼われている家へ帰ったのか、2~3日は姿をみなかったけれど、気づけばまた戻ってきている。そんなことを、なんども繰り返している。
不思議な猫、とその脇にほほを寄せようとすると、両手を突っ張って押し退けられた。
「ふふ、やっぱり駄目か」
と、耳の後ろをかいてやった。
「貴方も嫌よね。こんな物知らずの女なんて。私もよ…元々貴族には向いてなかったのね。厨房の竈の埋め火で毎日暖をとる令嬢なんて聞いたこともないもの」
なぁん、とまたエドアルドは鳴き、何故か私の頬をなめた。ザラザラの柔らかな舌は、バセ肉の匂いがした。
「ありがとう。大好きよ」
長い毛並みをとかして、いつも私が使うツバキ油を毛先にすこしつけてやると、暫くはじっとしていたけれど、ぱっとたちあがって部屋の扉のまえに立つ。あけてやればさっさとでていってしまった。
さて、今日も良いお天気だわ。朝露で艶々したバラとセージの茂みを通り、私は扉をあけて食堂へと入っていった。
「?あら?」
そこに、猫はごろりと横になっている。やはり、どうやって出入りしているのか全くわからないのだった。
「その女を捉えろ!」
背後から兵士の声が聞こえて、跳ねるような足取りが聞こえてくる。アルテアにつけられていた護衛のひとりだ、と思うがそれを振り返る余裕はない。
ギリギリに滑り込み、跳ね橋を上げられてしまう前に王城の外の傾斜地を滑り降りた。城門を開くには少しの時間がある。ふっと息を調え、走りだそうとした瞬間、脇腹をなにか冷たいものが駆け抜けた。
「ランドルフ」
真っ黒い、城の従僕の制服を着た男が、その従順そうな、優しげな風貌に似合わない長い剣を私の脇に突き刺していた。声が出たのは良かった。喉笛をかききられていたら治癒はできない。
「お前はアルテア様に恩があるはすだ、何故こんなことを」
尋ねられて、いいえ、と首をふった。
「兄は、わたくしの兄は、私に罪を着せるつもりなのですわ…」
アルテアが巻き込まれたのは、兄の浅慮のせいに違いない。まさかアルテアが、いとこである皇太子を狙うはずはないのだから。
かはっ、と口から血が出た。内蔵まで到達している。即死しなかったのはほんとに幸運だった。
「逃げましょう、貴方も騙されたのだわ」
兄はおそらく、私の死後にこの件を手を下した護衛のせいにするはずだ。家族から犯罪者がでたとなれば、商売に差し障るのだから。
そのうえ、兄はアルテアの周りにいる護衛を疎ましがっている。とくに信頼の篤いランドルフはもはや憎まれているとも思える。脇の剣を引き抜き、傷口をふさぐ。あまりの痛みに冷たい汗がふきだした。
「治癒士?なぜ今まで……」
ランドルフは目を大きく見開いて私をみている。しかし、説明なんてしていられない。
「剣を捨てて走って!」
その思いのほか太い腕をつかみ、できるだけ城から離れた駅へとむかう。痛みと恐怖に朦朧となりながら。
……だから、その斜面をかけぬけていった毛足の長い猫がいたことなど、私は全く知らなかったのだ。
昨晩は、珈琲にブランデーをたらして飲んで、私たちは少しだけ打ち解けたような気分になって、各々の部屋へ戻った。だからだろうか、珍しくあの日のことなど夢に見たのは。
ぼんやりとベッドに起き上がり、ハアッと息を吐き出す。
「大丈夫、大丈夫。私は、大丈夫」
背中を丸めて呪文のように、自分に言い聞かせていると何かが背中に乗ってきた。
「エドアルド?どうやって……」
見回してもドアも窓も閉まっている。なおん、と鳴いて私の膝の上へ丸まった。この猫にエドアルドと名付けたのは、ルーだ。ここへ来たときからこの家にいた猫に、動物なんて全然興味がなさそうなルーが『殿下』と話しかけたのだ。
『殿下、ここは貴方の住む場所ではありません、どうぞお帰りください』
と扉をあけ、王侯をおくるように頭をさげたら、猫はつんと頭を掲げ、胸をはって出ていった。
飼われている家へ帰ったのか、2~3日は姿をみなかったけれど、気づけばまた戻ってきている。そんなことを、なんども繰り返している。
不思議な猫、とその脇にほほを寄せようとすると、両手を突っ張って押し退けられた。
「ふふ、やっぱり駄目か」
と、耳の後ろをかいてやった。
「貴方も嫌よね。こんな物知らずの女なんて。私もよ…元々貴族には向いてなかったのね。厨房の竈の埋め火で毎日暖をとる令嬢なんて聞いたこともないもの」
なぁん、とまたエドアルドは鳴き、何故か私の頬をなめた。ザラザラの柔らかな舌は、バセ肉の匂いがした。
「ありがとう。大好きよ」
長い毛並みをとかして、いつも私が使うツバキ油を毛先にすこしつけてやると、暫くはじっとしていたけれど、ぱっとたちあがって部屋の扉のまえに立つ。あけてやればさっさとでていってしまった。
さて、今日も良いお天気だわ。朝露で艶々したバラとセージの茂みを通り、私は扉をあけて食堂へと入っていった。
「?あら?」
そこに、猫はごろりと横になっている。やはり、どうやって出入りしているのか全くわからないのだった。
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