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行方不明の皇太子
メルヴィル・ロドワイヤ
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マゼランを殺人未遂犯として警察へつき出し、ロト博士を王都行きの汽車へのせるためにルーが馬車で出掛けたのはまだ日も高い時間だったのだけれど、結局夜半まで、戻ってこなかった。
「……まさか、ルーまで捕まったんじゃないわよね?」
ポソッと呟く。新聞を見る限り、私もルーも王子を謀殺しようとした凶悪犯として追われている、というわけではないみたいなのだけれど、密かに手配されていてもおかしくはない。
宿泊客が寝静まったころになっても、私はウロウロとキッチンの辺りを歩き回っていた。そういえばあれきりエドアルドを見ていない。怒って別のねぐらにでも行ってしまったのかしら?
「次に来たときはクリーム増やしてあげよう」
とりすまして上品なあの猫が、クリームをなめているときを思い出してクスクスと笑った。
ふと、外に灯りがみえた。吊り下げ式のランタンを掲げて、ルーが先導して誰かとこちらへ歩いてくる。
「足元に気をつけて」
その言い方に私はつい、アルテア様を思い浮かべた。あんな優しい話し方をするルーを、私が見たのはアルテア様といた時だけだから。
「へえ!ホントに女の子と一緒なんだ!」
はいってくるなり、その女性は私の顔を穴があくほど眺めた。
「彼女と暮らしてるって言うから、どんな美女かとおもったけど、案外普通の子だ!」
そう言うルーの連れてきた女性は、女性としてはかなり背が高く、編み込んだ髪の色は榛色で、淡いグリーン色の目をしていて、眼鏡をかけているけれどもたしかに美人の部類にはいる容姿をしている。
ぐいっ、と押し付けられたのは灰色のザックだった。
「これ、お願い。あと、なにかたべるものがあれば持ってきてよ、駅のとこの店で飲んでは来たんだけど、飲み足りなくてさ」
はい、とうなづいたあと、チラリとルーのほうへ目を向けた。
「ただいま、エリン。荷物は俺がもって行きますよ」
そう言うとルーはザックを受け取る。
「承知いたしましたわ」
嫌味をこめて、丁寧に腰をかがめた。
「やだランディ、自分の彼女にこんなまねさせてるの?それともなにかの遊び?」
色っぽい流し目でルーを見る彼女。片手をルーの肩にのせて、しなだれかかるようにしている。
「メルヴィル、その名前で呼ぶのは……」
ルーが彼女の唇をそっと押さえた。
「ハイハイ。ルゥルゥだっけ?なんだかわかんないけど、あとできっちり説明してよね!」
そう言うと、ルーの手からザックをとり、肩にかついでいる。あれ?と私は首をかしげた。あのザック、今朝ロト博士から受け取った石板の入っていたザックと同じだわ……
「王立学術院のかたですか?」
私が思いがけない質問をしたのか、彼女は私をふりかえった。
「違うわよ、このザックは死んだ夫のものなの。」
えっ、と私はルーを見た。ルーが険しい表情でこちらを睨んでいる。
「エリン、客の私情に口を挟むのは宿屋の仕事じゃない。詮索しないでください」
[あ、壁をつくられた]と思った。きつくこぶしをにぎり、頭をさげてキッチンへとむかう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食べ物、たべもの、たべもの……芋をいくつか鍋へ放り込み、小麦粉を用意する。ソースに使うトマトを出して、荒く刻むのも忘れずに。ニンジン、バジル、
「お嬢様!」
脇から手を伸ばされて、引き寄せられた。ガシャっ、と音をたてて鍋が落ち、床に熱い湯がひろがる。
「あ……なに?」
驚いて床を眺めていると、怪我は?と尋ねられた。
「してないわ。ルー、あなた、お客さんはどうしたのよ」
押し退けるようにすると、そうですか、とルーは少しだけ後ろへ下がったけれど、メルヴィルのところへ戻る気配はない。
「エリン、あの、メルヴィルは幼馴染の妻で…」
ポツリとルーは言い、それからなにか言葉を探すようにだまりこんだ。
かたかた、と鍋が沸騰する音だけが夜半のキッチンにひびく。
「…ああ…と…猫は」
ぽつり、とルーが気まずそうに口に出した。
「その、帰りました」
そうなのね、とあのグレーの毛並みを思い浮かべる。美しくてなめらかな手触りをおもうと、少し寂しい。
「また来ると言っておりました」
それを聞いて私はクスッと笑った。生真面目な言い方だけど、まるで猫が話せるみたいじゃない。
「そう。じゃあ手羽は少し先まで買わずにおくわね」
鍋を片付けるルーを脇目に、私は固くなってしまっていた黒麦パンに塩と脂をつけて焼いて、ソースを盛り付けた。何でだろう、もやもやしていたさっきより、ずっとスッキリしている。自分がおもうより猫が気にかかっていたのかしら?
「これをロドワイア様へお出しして、今日はもう終わりにしましょ?」
ルーは、しばらく皿と私を眺めたあと、そうですね、と頷いていつも通りの無表情で、階段を登って行った。
「……まさか、ルーまで捕まったんじゃないわよね?」
ポソッと呟く。新聞を見る限り、私もルーも王子を謀殺しようとした凶悪犯として追われている、というわけではないみたいなのだけれど、密かに手配されていてもおかしくはない。
宿泊客が寝静まったころになっても、私はウロウロとキッチンの辺りを歩き回っていた。そういえばあれきりエドアルドを見ていない。怒って別のねぐらにでも行ってしまったのかしら?
「次に来たときはクリーム増やしてあげよう」
とりすまして上品なあの猫が、クリームをなめているときを思い出してクスクスと笑った。
ふと、外に灯りがみえた。吊り下げ式のランタンを掲げて、ルーが先導して誰かとこちらへ歩いてくる。
「足元に気をつけて」
その言い方に私はつい、アルテア様を思い浮かべた。あんな優しい話し方をするルーを、私が見たのはアルテア様といた時だけだから。
「へえ!ホントに女の子と一緒なんだ!」
はいってくるなり、その女性は私の顔を穴があくほど眺めた。
「彼女と暮らしてるって言うから、どんな美女かとおもったけど、案外普通の子だ!」
そう言うルーの連れてきた女性は、女性としてはかなり背が高く、編み込んだ髪の色は榛色で、淡いグリーン色の目をしていて、眼鏡をかけているけれどもたしかに美人の部類にはいる容姿をしている。
ぐいっ、と押し付けられたのは灰色のザックだった。
「これ、お願い。あと、なにかたべるものがあれば持ってきてよ、駅のとこの店で飲んでは来たんだけど、飲み足りなくてさ」
はい、とうなづいたあと、チラリとルーのほうへ目を向けた。
「ただいま、エリン。荷物は俺がもって行きますよ」
そう言うとルーはザックを受け取る。
「承知いたしましたわ」
嫌味をこめて、丁寧に腰をかがめた。
「やだランディ、自分の彼女にこんなまねさせてるの?それともなにかの遊び?」
色っぽい流し目でルーを見る彼女。片手をルーの肩にのせて、しなだれかかるようにしている。
「メルヴィル、その名前で呼ぶのは……」
ルーが彼女の唇をそっと押さえた。
「ハイハイ。ルゥルゥだっけ?なんだかわかんないけど、あとできっちり説明してよね!」
そう言うと、ルーの手からザックをとり、肩にかついでいる。あれ?と私は首をかしげた。あのザック、今朝ロト博士から受け取った石板の入っていたザックと同じだわ……
「王立学術院のかたですか?」
私が思いがけない質問をしたのか、彼女は私をふりかえった。
「違うわよ、このザックは死んだ夫のものなの。」
えっ、と私はルーを見た。ルーが険しい表情でこちらを睨んでいる。
「エリン、客の私情に口を挟むのは宿屋の仕事じゃない。詮索しないでください」
[あ、壁をつくられた]と思った。きつくこぶしをにぎり、頭をさげてキッチンへとむかう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
食べ物、たべもの、たべもの……芋をいくつか鍋へ放り込み、小麦粉を用意する。ソースに使うトマトを出して、荒く刻むのも忘れずに。ニンジン、バジル、
「お嬢様!」
脇から手を伸ばされて、引き寄せられた。ガシャっ、と音をたてて鍋が落ち、床に熱い湯がひろがる。
「あ……なに?」
驚いて床を眺めていると、怪我は?と尋ねられた。
「してないわ。ルー、あなた、お客さんはどうしたのよ」
押し退けるようにすると、そうですか、とルーは少しだけ後ろへ下がったけれど、メルヴィルのところへ戻る気配はない。
「エリン、あの、メルヴィルは幼馴染の妻で…」
ポツリとルーは言い、それからなにか言葉を探すようにだまりこんだ。
かたかた、と鍋が沸騰する音だけが夜半のキッチンにひびく。
「…ああ…と…猫は」
ぽつり、とルーが気まずそうに口に出した。
「その、帰りました」
そうなのね、とあのグレーの毛並みを思い浮かべる。美しくてなめらかな手触りをおもうと、少し寂しい。
「また来ると言っておりました」
それを聞いて私はクスッと笑った。生真面目な言い方だけど、まるで猫が話せるみたいじゃない。
「そう。じゃあ手羽は少し先まで買わずにおくわね」
鍋を片付けるルーを脇目に、私は固くなってしまっていた黒麦パンに塩と脂をつけて焼いて、ソースを盛り付けた。何でだろう、もやもやしていたさっきより、ずっとスッキリしている。自分がおもうより猫が気にかかっていたのかしら?
「これをロドワイア様へお出しして、今日はもう終わりにしましょ?」
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