明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第1章

読書会騒動

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翌朝はやく、俺は自宅である子爵邸の庭から背の高い花を何本か切り出し、手近な包装紙とリボンで適当にまとめた。がさがさして見映えは悪いが、まあシャルロットに渡すだけなのだからいいだろう。

それを自動二輪の脇に、手近な所においてあった兄の本と共にくくりつけて出掛けた。母上からは馬車で行くようにと言われていたけれど、馬車は早めに帰ったり、別のところへ寄り道するとすぐに母上に報告が行くのが面倒なのだ。
それに風をきって王都の街並みをゆくのは、気分がいい。

シャルロットの家、ゲノーム公爵邸は王都のはずれの高台にある。たいして馬力のない二輪で急坂を上らねばならないのは辛いところだが、それでも帰りにマリエッタの家に寄れるかもしれないとおもえば、それもさして苦ではなかった。


やがて見えてきた公爵邸の、巨大なアーチを潜る。いつもなら馬車が行く広いアプローチを駆け抜け、芝と白い何かの花の生えたあたりで愛車を降りた。
そこからぶらぶらと車止めへ歩いてゆくと、むこうから公爵邸の馬丁がひとり駆け寄ってきた。
「し、子爵令息さま!ダニエル様がお越しになりましたー!」
建物のなかへ叫ぶのに呼応して、なかからも人の気配がした。
「これを頼むよ」
はい、とヘルメットを渡す。ぎゃー、というような悲鳴に近い声に肩をすくめてから、
「エンジンをかけなければ押してゆけるはずだ。頼むから倒すなよ」
と忠告して屋敷へ入っていった。

「これはアルゼリア子爵令息殿、随分かわった登場のしかただな」
声をかけられて振り向くと、シャルロットと同じ銀の髪に赤い瞳、少々疲れた表情の男性が俺を睨んでいた。
「ゲノーム公爵閣下、お久しぶりでございます」
詳しくいえばあの卒業パーティー以来なのだが、あえていわないでおく。
「ごきげんいかがでしょうか?」
いいはずはないが、こちらとしてはどうでもいい。
できたら婚約の話を白紙にしてくれるとうれしいのだけれど。

眉間に寄った皺を揉みほぐしながら、ああ、と公爵は首をふった。
「どうやら娘も王宮も皆私を早死にさせたいと見える。なぜ君のような男を……」

公爵はなにかぶつぶつと呟き、挨拶もせずにそのままそこをたちさった。いつのまにか傍まで来ていた執事が無言で上着をうけとってさってゆく。ここでも俺はあまり歓迎されているわけではないか、と苦くわらう。まあ、貧乏子爵の爵位のない三男なんて、スペア以外の価値はないのだから仕方ないが。

奥へと案内された俺は、シャルロットの出迎えをうけた。
「もう皆そろっています。よかった、来てくださって」
そう言って、扉を開いたむこうに、見知った顔をみつけた。
「ウィル殿下、マリエッタ……」
ロイス、ガイズの二人まで座っていて、まるであのときの再現のような面子に二の足をふんだ。

「どうやら私が困るのを喜ぶひとたちがいるようなの」
ぼそっ、と呟くシャルロットについ眉根が寄る。奥を見ると、侍女の何人かが行儀悪くも肘でお互いをつつき、クスクスと笑いあっていた。
「ちょっとこっちに」
俺はつい、彼女の腕をとって廊下へと連れ出していた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

もどるまでの時間はものの数分だったとおもう。
「ウィル殿下、マリエッタ様へご挨拶申し上げます」
ドアを潜ったシャルロットは、俺の挨拶にあわせて相変わらず美しい淑女の礼をしてみせた。
「準備に手間取り、お待たせして申し訳ございませんでした」
殿下と話している俺の手を掴んでいる指がちいさく震えている。意味のわからないトゲのような痛みが胸にはしり、彼女の手を少しだけ強く握る。

「…………シャルロット」
ウィル殿下が、ちいさく口に出した声をかき消すように、ロイスがこえをあげた。
「ゲノーム公爵令嬢、なぜあなたが淑女の礼を?」
咎められて、
「俺が教えました、亡くなった祖母のジョイス男爵家は、爵位こそ兄が継いでいますが今は独身で婚約者もおりません。無難と思いましたが……御不興をかいましたか、殿
マリエッタに尋ねる。

妃殿下と呼び掛けられたのが嬉しかったのか、マリエッタは跳ねるようにたちあがった。
「あ!いいえ!ご招待ありがとうございます!」
声がでかい。小さな談話室に、場違いな大きな声でわんわんと響く音に、シャルロットの従姉妹だという令嬢たちが眉をよせ、ウィル殿下は眉のあたりを手でおさえてマリエッタに座るよう促す。

俺とシャルロットは来て貰ったお礼を述べて、そのまま手前のソファの脇へ立った。読書会をはじめたいが……
「座ってくれダニエル」
マリエッタが気づかずキョトンとしているなか、ウィル殿下はふたたび口を開かなければならなかった。俺とシャルロットがソファへ腰かけた。

シャルロットは静かに座り、少々困ったような、居ずらそうな表情のまま手元の本をながめている。

本来、こうした場所では一番高い身分の女性、今まではシャルロットが仕切っていたが、この場で一番身分の高いのは、いまは王太子の婚約者であるマリエッタだ。
「マリエッタ、はじめても構わないかな?」
俺に尋ねられて、マリエッタは、はぁ?と聞き返してきた。聞いてなかったのか?あと、聞き返すにしても、やりかたはあるだろうに。

ここに居るのは数人の令嬢と俺たちだけなので問題ないが、王宮でもこれなら、前途は遠い。
「ああ、構わないよ」
ウィル殿下が困り果てたような声でこたえた。俺はそれを確認して、シャルロットをうながした。

「ええと、先だっては何を読んだかしら?」
シャルロットは本棚へ歩いて行き、本をもちあげた。他の令嬢が、口を開こうとしたそのとき、

「……ねえシャルロットさま、ダニエル様と婚約なさったって本当なのですか?それって、なんでなの?」


ゾッとした。マリエッタはたしかに空気の読めないところがあるけれど、今回のは悪意としか思えないタイミングだ。シャルロットは動きをとめ、震える手を引っ込めた。

「やっぱり、公爵様が子爵家に命令したんでしょう?そうですよね、ダニエル様。酷いと思います!結婚は好きな人同士ですべきことでしょう?」

ああ、マリエッタはシャルロットに復讐しているつもりなのだ、と納得した。王宮に行く度にくらべられて、うんざりしている彼女は、シャルロットをいたぶることで溜飲を下げようとしているのだ。

ここはゲノーム公爵邸だけれど、ここにシャルロットを助けるものはいない。いや、もしかしたらはじめから、誰もいなかった?シャルロットが深呼吸をし、なにか言おうと口を開く前に


「兄の本棚から妙な本を持ち出してきたんだ」
俺はつい、声をだした。ええ?とマリエッタがこちらをみる。話の腰を折られて、不機嫌らしい。
「なんですの?妙な本って」
シャルロットがこちらをみた。
「俺にもわからない、外国語らしいが、令嬢が読みそうな可愛らしい装丁の本はうちにはこれしかなかったから」
と、皆の前へ差し出した。

「『L'exploit de l'amour』?はじめて聞く題ですね……大陸語ですが、読み上げますか?」
ロイスが言うと、ええ是非、と令嬢たちもうなづく。彼女らはどうやら婚約者のいないロイスかガイズが目当てらしく、すごいわ、大陸語も堪能なのねとささやきあった。

「ええと『ドヌーブはカフェの帰りにパン屋のジュゼッペの、バケットを買うことにしていた。熱く固く猛ったそれを、彼女のアパルトマンへ持ち帰り……』」
ロイス、いい声をしているだけに酷い内容があまりにも響いてしまったな。

ガイズと俺は同時に吹き出した。酷い!とマリエッタが叫ぶ。ひぇーだかきゃわーだかという声が、令嬢たちの間であがり、シャルロットは真っ青になってロイスから本を取り上げてこちらへ駆けてきた。
「ダニエル様!王太子殿下の前でなんという無礼を働くのですか!!」
半分涙目のシャルロットに、
「毒薬より効き目あるだろ?」
と尋ねると、ハッとした顔をしてあたりを見回した。

ロイスは自分が自信満々に読み上げた内容が起こしたことに固まっており、ガイズは完全にツボに入ったらしくロイスを指して笑い続けているし、マリエッタはパニックになって泣き出し、ウィル殿下はどう対応すべきかわからずにマリエッタをおろおろと慰めるだけだ。
他の令嬢たちは笑うもの、怒りだすもの、何故かうっとりとロイスを見つめているもの、と様々だ。

「台無しですわ」
とシャルロットは肩をおとした。これでは自殺どころではない、もうお開きにしたほうがいいだろう。と、俺たちは廊下へと出ていった。



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