明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第2章

婚約者の帰還

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見つけられるだろうかなんて、バカな考えは不要だったとおもう。あの銀の輝く髪も、燃え立つような赤い瞳も、仮面なんかで隠しきれるはずがなかったのだ。
惹き付けられるようにして、俺はシャルロットをみつけた。

彼女はバリー宰相夫妻と、ロイスに伴われて会場の、中央付近に立っていた。
「こんな気味の悪い女と一緒にいなくてはいけないなんて、ウィル殿下も何を考えているのかしら。ロイス、気を付けるのよ?」
バリー夫人は鼻の頭にシワをいれて忌々しそうにシャルロットを睨んでいる。
「そう言うな、とても……そう、な令嬢なんだ。そうだな、ロイス」
ロイスは苦々しげな微笑みを浮かべながら、うつむくシャルロットに腕を貸している。

「アルゼリア子爵家は不運続きだな、幸いだったのは、死んだのが嫡男ではなく穀潰しの三男だったところだが」
バリー宰相の言葉に拳を握った。当人が真後ろに立っているとも知らず、この野郎。
あとで人知れず飲み物に唾吐いてやろうと思いながら聞いていると、シャルロットがロイスの腕を振り払い、彼らに背を向けて歩き出した。
「おい、何処へいく?」
ロイスが声をかけたけれど、
「放っておけ、どうせどこへも行けん」
バリー宰相に引き留められ、追いかけてまではゆかなかった。

ロイスのやつ、世の中のことを何でも知ってるみたいな顔しやがって、エスコートのひとつもできないとは。俺はシャルロットを追って、広間を横切った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

シャルロットの後を、目立たぬようついていくとホールを抜けて中庭に出た。灯りのない中庭へ、シャルロットはおりてゆく。
「ゲノーム令嬢」
俺が声をかけると、シャルロットは驚いて振り返った。
「どうかしましたか?」
あえて丁寧な言葉をかける。

「いいえ、知った方と声が似ていて」
手袋の先で、眦を拭く仕草に、俺のために泣いていたのかもしれないという期待がよぎる。無論そうではないだろうが。
「アルゼリア子爵の三男?死んだのでは?」
俺が問いかけると
「ダニエルは死んでいません!どこにいるかわからないだけですわ。それで、ご用があったのでは?」
きつく睨み付けられた。

「失礼、髪留めを落とされましたので」
ええ?とシャルロットは髪に手をやる。俺は内ポケットから、あの髪留めを取り出した。
「私、今日は髪留めなんて……」
手を、と促して傍に行き、その手にそれを乗せてやった。
「秋に校庭で落としただろ。あんまりグルグル回るからだ」

からん!と俺がつけていた仮面が地面に落ちた音がした。シャルロットの腕が背中へ回り、ぎゅっと抱き締められた。柔らかくて甘い匂いのする、シャルロットの体がこれ以上ないほどに密着している。

女の子にハグされるなんて初めてだ。あのマリエッタでさえ、俺には手を握るか腕を組むくらいしかしなかったのに。ああ、すごいな、とうっとりしかけていたら、脇腹に鈍い痛みを感じた。

「シャルロット……俺、肋骨が折れてるんだけど」

ひぇ、と声をあげて手を離そうとするので、その背中へ手を回した。片手で足りるほど細い。
「もう少しこうしてて」
見た目以上に柔らかな髪に頬を埋めて、腕に力をこめた。
「私たち、こんなことする仲だったかしら」
耳まで赤くしたシャルロットが、今更なことを言い出す。

「お前が先に抱きついて来たんだろ」
俺が笑うと、シャルロットは頬を膨らませた。シャルロットがこんな風な少女だと、広間の奴らは絶対知らないだろうな。
「それは、貴方が驚かせるからだわ。どこに行ってたのよ」
肩を押されて体を離した。
シャチに喰われかけて、入院してた」
どういうことなの?と、シャルロットは首を傾げる。

暗がりに目がなれてきたのか、月明かりの中庭のむこうに使用人用の通用口がみえた。
「シャルロット、駆け落ちしようぜ」
ますますわけがわからない、というような表情でシャルロットは俺を見た。
「駆け落ちって、貴方は私の婚約者でしょ?貴方さえちゃんと家に帰れば……!」

シャルロットの手をひいて、俺は走り出した。嘘でしょ、と後ろからシャルロットの声がする。
「いいから急げ!」
使用人棟を抜けて、バリー邸の裏に出た。
「ダニエル、あなた、最低!」
いつの間に脱いだのか、シャルロットは手にしたハイヒールでおれの腕を叩いた。
「こ、こんなの、誘拐よ!?」
息があがって、うまく話せないらしいシャルロットを俵抱きに抱き上げて、裏庭の斜面をかけ下る。
「信じられない!」
耳元で叫ばれても、俺は彼女を離す気がなかった。

斜面をかけおりた先に、俺が乗ってきた二輪が停めてある。
「うそうそうそ、あなたバカなの?こんな、こんなものにこのドレスで!?」
後ろへ乗せたシャルロットは喚くけれど、
「しっかり掴んでろ!」
と体に腕をまわさせて、エンジンをかけ、坂を一気にかけ下る。

「嫌ァアアアアアア!!」

耳元でギャアギャアうるせえな、と思って舌打ちしたら、バカ!と怒鳴り返された。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「…………信じられない、どこから叱るべきなのかすらわからないわ」
母上は頭をかかえ、執務室の机に顔を伏せた。
「勝手に家出して、生死不明になっていたかと思ったら、ほったらかしておいた婚約者を誘拐してくるなんて。野蛮すぎるでしょう、ダニエル…誰に似たのかしら…」

俺たちに行くあてなんてあるはずもなく、普通に子爵邸に荷物をとりに帰ったところで例の家令にみつかってとっつかまった。

というか、すがり付かれて逃げられなくなった。黙って見逃して欲しかったのだけれど、母上が怒り狂い、兄上達がとても心配している、どうかどうか、と言われてしまえば仕方ない。

で、今は母上の部屋でお叱りをうけているわけだ。

俺は軍人よろしく足を肩幅に開いて立ち、両手を組んで、唸る母上を見ながら、
「フェリクス大公、でしょうか」
と、尋ねた。

そのときの母上の顔といったら、それこそ写真にとっておきたいくらいのものだ。絶望、驚愕、混乱。そんな題名のつきそうな表情に、俺は口元を歪めた。

「俺だけ執務室もなく、家庭教師もつけられなかった。借り住まいの他人であればそう伝えてくれたなら、あなたからの愛情を期待することもなかったのに、なぜそうしなかったんですか」
それとも親戚程度の情はあったのか?

「それはお前が外遊びの好きな子で、騎士になりたがっていたから…いいえ、いまはそんな子供時代の話をするべきときではありませんよ!話を逸らすのは止しなさい!」
母上はバンバンと机を叩き、叫んだ。誤魔化しているのはそっちだろうに。

「逸らしてなどいませんよ、どうなのですか?何故俺はこの家に?」
しかし、母上はそれには答えずにじっと俺を見た。睨みあうこと数分、なにかを諦めたようなため息が母上の口元から漏れる。
「どこからそれを……」


かいつまんで、新聞社で働いていたこと、行方不明になった経緯について説明する。母上はしばし、俺と先ほどから黙りこくっているシャルロットを見比べて、
「お前は、ゲノーム令嬢を好いているの?」
唐突に訳のわからないことを言い出した。

へあ?とか、はあ?みたいな声が出たとおもう。
「少なくともロイスやウィル殿下よりは、友情を感じています」
友情、ととなりのシャルロットからため息のような声が聞こえた。母上はまた首をふった。
「公爵令嬢様、今日のところはわたくしの部屋へお泊まりになって。明日ご自宅へお連れしますわ」
母上に言われて、シャルロットはありがとうございます、と頭をさげた。

「子爵夫人」
誤魔化されないぞ、と睨むと母上はハアー、と長いため息をついた。
「たしかに頑固で勝手なところはあの男爵令嬢にそっくり。黙っていれば富も名誉も手に入る場所にいるというのに、自らそれを擲つような真似をするところも……」
いいでしょう、と立ち上がり、場所を変えさせて頂戴と家令に合図をした。家令は部屋を出て行き、母上は廊下へ出ていった。


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