明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

文字の大きさ
22 / 49
第3章

並んで歩く

しおりを挟む
二輪を商店の脇につけ、俺はシャルロットの手をとって雪に気を付けながら一軒の商店に入っていった。
「ああ!……いらっしゃい!」
胡散臭い笑顔を張り付けた四十絡みの小男が、奥からノロノロとでてきた。値踏みするようにこちらをみている。

「なにかお困りかな?」
ライダース姿の若者と、トレーン無しのくるぶしまでの軽装の女の子の二人組。金持ちの道楽息子と思われたらしく、馴れ馴れしい態度で男は近づいてきた。
「彼女にいくらかドレスをお願いしたいんだ」
そう言って財布から金貨を取り出すと、心得たように男はうなづいた。

「ローシェ様のお客人かな?」

奥に居た女の店員を手招きながら、男は尋ねた。
「ああ、まあ。ローシェとははじめて会ったところだけれど…ちょっとしたツテがあって。実際のとこ、どんなやつかな」
女店員に連れられて奥の試着室へ入って行くシャルロットを指差すと、ああ、と男はしたり顔で頷いた。
「ここの領主は居ないようなものでね。管理してる貴族も来るときだけ贅沢させてりゃあ、四の五の言わないから、ローシェ様がうまいことやってくださってるよ。王都からなら、バリー宰相閣下をご存知かな?ローシェ様は閣下と懇意でね。随分便宜を図ってくれてるよ……なに、農村からのあがりさえ納めてりゃあのボンクラ貴族は文句も言えないから、この辺の領主は実質ローシェ様ってことで大丈夫さ」

へえ、と俺は目を細めた。なるほど、俺は貴族どころかどこかの商売人に見えてるらしい。貧乏臭い育ちに感謝だな……
「いい話聞いたな。あんたが言ってるのはローシェの親父さんのことだろ?息子の方は?俺のツレがヤツを気に入ってるみたいなんだが」
ここはちょっと揺さぶってみようかな?

「どうかなあ?ローシェ様の子息……マーカス様のこったろ?王都の一流の大学を出たっていうのでお高くとまってて俺らとは口もきかねえからなあ。あんたのツレは美人だが、大丈夫だろ。おおかた王都に女がいるって噂だしな」

下品な笑いに、それは安心だと俺も笑い返しているとシャルロットが戻ってきた。
「あれで足りたか?」
尋ねるとシャルロットは悪い笑みを浮かべた。
「ええ。今のところはこれでかまいませんわ殿。昨日のお詫びというならあれで勘弁してさしあげます」

肩をすくめた俺に、小男はギギギ、と音をたてたような変な動きで俺を振り返った。
殿?」
あらいけない、とシャルロットがくちもとを手で押さえた。こいつ!わざとらしい演技をしやがって。俺は笑い出しそうになりながらぐっと腹に力をいれた。

「このあたりは全てこのかたの土地でしょ?それとも新聞も読んでないのかしら?」

シャルロットの言う通り、フェリクス大公子帰還の報せは既に大手の新聞社数社も、大々的に報じていた。全てはルーベンス紙の報じたものの焼き直しのようなもので、続報として俺や他の貴族の動向を推察するものが多かったのだが。

「ゲノーム令嬢……?」

おそるおそる、といったふうに男はシャルロットに尋ねた。婚約破棄の一件以来、シャルロットは稀代の悪女だ。その悪女が、突然現れたもう1人の王族と仲睦まじくしている、というのは、俺を巡る続報のなかでも最もセンセーショナルなものだろう。
しかも、その情報源がゲノーム家に仕える使用人たちという確かさだ。

「おっしゃるとおり。シャルロット・マレーネ・ゲノームですわ。父が何度かお会いしてますわね?」
自分が部屋に軟禁されている間に、とは勿論言わないが、同時にゲノーム公爵がこんな王国の端にきても女性用の衣料を必要としていたことを確認する。

「ええ、令嬢の好みは常々……あの、先ほどの話しは……」
「お前から聞いた、とは言わないでおく」
揉み手をしながら頭を下げている男を見ていると鼻で笑ってしまう。おっと、礼儀作法、礼儀作法。

「どちらにせよ宰相とローシェからは貸したモノを返して貰うことになりそうだがな」
笑いかけたつもりだったが、男はヒッ、とこ声をあげて腰を抜かしてしまった。そんな怖い顔したかな?
「あいつらにお前の話をしないかわり、お前もここで俺たちに会ったことは暫く話すな。いいか?」
男は床にすわったままなので、こちらが腰をかがめてやらなければならない。
「そうでなければ、その口……」
ちょうどジャケットの胸元がひろがり、ヤツにだけ見えるあたりにある、例の銃を引き抜く真似をする。

「あ、アアア!わかり、わかりました。あぅ!」
震え上がった男に、シャルロットが手をさしのべた。
「もう、ダニエルったら!……怖がらせてごめんなさいね」
いえいえいえ、と男は床にへばりつくようにしてシャルロットに頭をさげた。

「もう行った方がよさそうね……、頼んだ品はフェリクス大公の屋敷へお願いね」
ハハー、と!小男はふたたび土下座でそれにこたえた。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「シャルロット、どうしてくれるんだよ。領民にヤクザ者みたいに思われただろ!」
雪だまりを避けながら俺が歩いて行く後ろから、シャルロットは転ばないよう俺のジャケットの裾を握って、足跡を踏みながらついてくる。そうすれば歩きやすいと本人がいうからだ。子供の遊びのようなその姿につい笑ってしまう。

「ダニエル、あなたきっと大公よりやくざ者のほうがむいてるんじゃないかしら。理解が進んでいいじゃない」
ほとんど俺の背に抱きつくようにしながら、きらきらする瞳で見上げて、うそぶくのだから困ったものだ。
「お前はホントになあ……」

次に向かったのは、ふわふわと甘い匂いの湯気をたてている食料品店だ。
「この香り、りんごかしら?」
確かにこのあたりでは林檎も特産ではあるが、
「アンズじゃないか?"タータド・エブリカ"はこのあたりの郷土料理のはずだし」
入り口でシャルロットについてきた雪をはらってやり、ドアをあけて通してやりながら話していると

「いらっしゃいませ!騎士様、大当たりです!今年最後のアンズのパイが今焼きあがったところですよ!」

と若くて細身の店員が話しかけてきた。
「それは幸運だったわね。二人ぶんお願いできるかしら?」
シャルロットは跳ねるように中へはいってゆき、席に案内されて俺を手まねいた。

やがて俺たちの前に、艶々としたオレンジ色のタータド・エブリカが運ばれてきた。アンズを使ったパイというからもっと甘いかと思ったけれど、そうでもなく、案外俺みたいなヤツでもいける。
「やあね、口のはしについてるわよ」
シャルロットはハンカチを出して、俺の口を拭いてくれる。先程の店員はそれを見てにっこりとわらった。

「おふたりは、ローシェの屋敷のとこの宿泊客でしょう?さっき、見たこともない乗り物でやってきたのを見かけましたよ」
俺はそれをきいて苦笑いした。
「仲のよろしいことですね。新婚さんですか?」
店員はお祝いですとグラスについだワインをおいていった。

「誤解されちゃってるけど」
シャルロットはワインに酔ったのか、赤い頬を押さえて言った。
「どうせじきそうなるんだろ、問題ない」
えええ、となんだか困ったような表情でこちらをうかがうシャルロットに、俺は首をかしげた。

「友達だといったり、結婚するって言ったり……全然わかってないのね……」
シャルロットが何かボソボソ呟きながら、またタルトとワインを口に放り込む。結局、ワインは二杯ともシャルロットが呑んでしまった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「……おさけって、いいですわね。はじめて呑みましたけど……んフフフフ」
俺の肩によしかかりながら、彼女は言う。箍が外れているのか、以前のような話し方だ。しかし、こんなに酔っているのでは、調査の続きはむりそうだ。
二輪の後ろにもギリギリかもしれない……宿屋を探した方がいいだろうか?

「ダニエル!ダニエル・アルゼリア!」
バシバシと背中を叩かれた。
「約束は守りなさいよね!」
約束?と彼女のまるいあたまを支えてやりながら尋ねると、あなたが言ったのよ、と彼女は答えた。
「もし!もしもあなたが、わたくしをすきになったなら!かならず!かならずよ!あなたに預けたあの薬で!わたくしを殺してくださいませね!約束ですわよ!」

雪が降ってきたのだ。だから、きっとこんなにも、ここは寒く感じたのだ。
「シャルロット、雪が降ってきた。急いで帰ろう」
なによ、と彼女は抗議の声をあげたけれど、俺は応じることなく彼女の腕を乱暴にひいて、二輪の停めてある場所にむかって歩き出した。

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...