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第3章

悪党と侍従

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問題よね、と言ったきり黙っていたシャルロットの横顔を思いだし、俺は持っていた弾丸をおいて眉間を手で揉みほぐした。

あれから数日経つが、シャルロットはやはり少し元気がない。様子がおかしかったという皇太子を心配しているんだろう。


夜半の火の気のない部屋でひとり、銃の手入れをしていると、吐く息は白くなる。はあっ、と吐き出して白い靄が行く先をぼんやりと眺めた。

「ダニエル様、お呼びとうかがいましたが」
背後から声をかけられて、振り返ると例の若い侍従……マーカス・ローシェが立っていた。
「俺を屋敷の主人とは呼ばないんだな」
ローシェは眉のあたりに一瞬皺を入れたが、そのあとなにもなかったかのように侍従らしい控えめな笑みを浮かべた。


「申し訳ありません、預かりました屋敷を管理するのが我々の役目ですので」
俺は持っていた銃に弾をこめ、マーカスの方へその銃口をむけた。
「マーカス・ローシェ。お前の爵位は?」
え?とマーカスは怯んだ。
「いえ、私の実家は教会ですので……父は司祭ですが私に爵位はありません」
そうか、と俺は安全装置を外し、マーカスの眉間に照準をあわせる。

「知ってるか?この国の法律ではお前を俺がここで撃ち抜いて殺しても、罪に問われない。俺はここの持ち主で、使用人は俺の所有物として扱われるからな」
マーカスは二・三歩うしろへ下がり、まさか、とつぶやいた。
「ここの権利書に印璽、ゲノーム公爵のお墨付きまで持ってきた。それで不満だというのなら…やってみる価値は充分にある」
さらに腕を伸ばし、トリガーへ指をかけようとすると、マーカスは膝をつき、胸の上へ手をあてた。
「分かりました、旦那様を信じることにいたします。ご無礼を申し上げました」
なんとも悔しげに頭を垂れる。こいつ、絶対まだ納得してないな。ま、暴力で押さえつけられたんじゃ仕方無いだろうが。

「まあいい、赦してやるよ。その代わり、質問に答えろ。嘘をつけば……」
一度もどした銃をちらりとみせる。

「なんなりとお尋ねください」
ふむ、と俺は跪いているマーカスの様子をだいぶ眺めてから、
「ゲノーム公爵は、お前の父親とここで何をしていた?」

ビクッ、とマーカスの背がうごいた。何か隠している、ローシェ司祭とゲノーム公爵、そしてバリー宰相。俺は机の上にあった書類を手に取り、マーカスを見た。
「これはこの領内の農地に関する報告書だ。ここを一時期管理していた俺の友人から貰い受けてきたものだが、ここでは農地として報告されている場所が……これだ」

数枚のスケッチを差し出す。シャルロットと出掛けては描いてきたスケッチ。農地や果樹園のはずの場所に建てられた、軒を連ねる建物だ。マーカスは床についた拳をにぎった。
「それは……」

シャルロットはそれを見たことがないようで、連れ歩いてもとくに何の反応も示さなかった。そこが農地であるはずだということすら、幽閉されていて知らなかったからだろう。

王都から娘を連れてきていながら部屋に閉じ込めていた理由は?シャルロットに与えるという名目で注文された、ドレスや宝飾品を手にした者はだれだ?

「ゲノーム公爵とバリー宰相は内戦を起こすつもりなのか?あれは、軍事工場だろう」
マーカスはぎょっとして顔をあげた。
「まさか!父はあれを紡績工場だと!」
紡績工場には独特の匂いと、特徴的な煙突があるはずだ。

「へえ、どんな織物を作ればこんな大量の金属が必要になるんだ?」
それは、ゲノーム邸の購入記録だ。
「……それは、ゲノーム令嬢が新しいアクセサリーを作らせるために購入したもので……」
ハハハ、と俺は嘲笑した。
「シャルロットが髪飾りを?一体何万個の髪飾りを作ればこんな金額になるんだ?」

それが俺が今回この辺鄙な町に来た理由だった。

ドリアーノ氏がくれた書類は一見何のおかしなところもないようにみえたけれど、この町の収支に妙な点を見つけたのだ。
「ゲノーム公爵は、部屋に娘を監禁して、一体何をしてたんだ?鉄はおおかたあの工場だろうが、洋装店が納めたドレスや宝飾品はどこにある?それとも、いますぐ王都の軍を動かしてあの工場を押さえさせるか?」

マーカスはよろけて、床に座り込んだ。
「あれは、軍事工場ではありません。隣国のデザイナーに、宝石加工を頼んでいます……隣国で秘密裏に売りさばき、金にするために」
へえ、と俺は目を細めた。なぜ、彼らはそこまでして金が必要なんだ?
「…………宰相は共和国にこの国を売るつもりなのか?」

ボソッ、とつぶやいた。隣国から宝石を買い、隣国に加工技術料を払い、隣国で売って、その金を隣国にプールしている。
「クーデターの用意をしているととられても、仕方がないのだが」
金がどこへいったか分からない以上、最も悲惨な予測をたてるほかない。

「あいつらは、この国を倒すつもりなのか?」
もしそうなれば、一刻の猶予もない。援軍を呼んで領の境を封鎖しなくては。雪のなかで申し訳ないが、ガイズをもう一度ウィル殿下のところへ走らせて……

ヒエエ、というような声がきこえた。
「そのようなことは!断じて!首都や王都にいる愛人や、賄賂に金がかかると父は常々もうしておりました!あいつらはただ私腹を肥やすのに興味があるだけです、旦那様!」

隣国との武力衝突に恐れを成したのか、マーカスは伏して叫んだ。
「私に平民の女との間に子ができたと知れば即親子の縁を絶った、ゴミクズみたいな父親ですが、それでも父です。どうか、寛大な御沙汰をお願いします!」
涙ながらに訴えるので、今かなり悪そうな感じにみえてるのはまちがいないんだが、どうにも笑えてくる。

「それを証明できるならな」

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

翌日、俺はシャルロットとガイズ、そしてマーカスを伴って大公領の都エルミサードへ発つ。

「いやいやいや、おかしいじゃない!」

シャルロットが俺の背中をたたく。たいして痛くないけど。
「なんでまたコレなのよ!!」

黒塗りの馬車に見送られて、俺たちはまた自動二輪の上にいた。
「大丈夫だシャルロット、エルミサードは南西の平地だから、雪はないし寒くもないはずだ!」
エンジン音に消されないよう声を張り上げると、

「なにが大丈夫なのよ!」

と、怒鳴りかえされた。あえて聞こえないふりで、俺はエンジンをふかした。
「いやだ、急に速くしないで!」
しっかりとまわった腕がきつく俺にしがみついた。

上着を着込んでいるからそれほど密着するわけでもないが、背中に彼女の体温を感じて走るのは悪くない。ついつい笑みが溢れるのをマスクに隠して、俺は一路、エルミサードへとハンドルをきった。

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