明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第4章

偽物の正体

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「なんで、レジー?」
呆然としている俺の手を強くひいた。

「ぼうっとすんな」
え、と思う間も無く、俺の側で何かが弾けた。バチッ、バチッと音がしたほうを見ると、砂のかぶった街道に矢が突き刺さっている。
「隠れてろよ」
レジーは俺を大型二輪の後ろへ押し込んだ。バチ、バチ、とまた二回。

「なあに、そんなとこに隠れても無駄よ?」

マルテの声がした。死んだはずでは?と思うが、レジーに頭を押さえつけられてるために顔をあげられない。
「久しぶりじゃない、レジー」
んふふふふふ、と奇妙な声で嗤うマルテに、うるせえ、死ね、とレジーが数発発砲した。
「バカね、アンタのヘボい銃で、あたしが殺せるはずないでしょ?」

ピシッ、と矢が俺の足元へ突き刺さる。レジーは黙れ、と唸って、再び発砲した。
「やあね、アンタを殺しに来たわけじゃないんだから、そんなピリピリしないでよォ」
マルテは立ち上がり、白い馬を呼び寄せた。
「ぼくちゃんは運が良かったわね、保護者が迎えにきてェ……次は必ず、お墓にいれてあげるわ」
ざり、と足音がして、レジーが追いかけようとしたのがわかるが、大型二輪の横手に矢が突き刺さり、それを防いだ。

マルテは馬にまたがり、あっという間に砂地のむこうへと消えていった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

とりあえず、と俺たちは城へ引き返し、城で待つシャルロットたちに事情を話すことになった。

「まずは、危ないところを二度も救ってくださりありがとうございました」
レジーのことを(港街でのことも含めて)紹介すると、シャルロットは丁寧に淑女の礼をとってから、お会いするのは二度めでしょうか?と尋ねた。なぜだろう、その言い方にはずいぶんと警戒心が見えかくれしている。


「ああ、新聞社で顔だけは。俺はレジー、新聞社で社会面の記者を……」
話し終わる前に、とんできたバレン達に取り囲まれる。
「いやはや、凄いかたがおみえになったものだ!」
がば、と手をひかれてレジーはたじろぐ。バレンはレジーの手を両手でにぎり、何度も礼を言っている。

「しかし口惜しい、あやつめの正体にも気づかず、牢を破られるとは」
とイグニットが言い、
「我々のような耄碌爺ふたりでは、やはり騎士団はたち行きませぬな。若様には騎士団再建について、早めにお考えいただかなくては」
と、バレンは首をふった。どこか疲れたような表情に、なんだか悪いことをしたようで気が咎める。

「騎士団ねえ」
とレジーは目をすうっと細くして、ネコのような表情をした。この人はなにか考えるとき、度々こんな顔をする。

「なあ、レジー。なんであんた、あいつのこと知ってたんだ?」
俺は話を変えるべきかと、レジーを見上げた。
「ああ?そうか」
レジーは回りを見まわして、
「席を外してもらえねえかな?」
その言葉に、シャルロットは
「貴方が父の手先でない証拠は?」
と眦をつりあげた。

その証拠がない限り、シャルロットは動かないつもりらしい。ガイズと騎士の二人も、どうすべきかと成り行きを見守っていて動く気配はない。レジーは肩をすくめて、
「話が長くなるし、お嬢様にお年寄りじゃくたびれるばっかりだと思うがなあ?」
と言うが、もう一度シャルロットに睨まれて、わかったよ、と手近にあった椅子を引寄せた。


「俺はさっきも言ったが、ニュー・ルーベンス紙の記者をやってる。けど、ちょっとわけがあって王都へ戻ると都合が悪い事態に巻き込まれた」
俺を行方不明にしたあの港町での一件だ。そういえば、レジーは俺がなんで狙われたか知らないんだったか?あとで説明しよう、と思いつつ頷いていると、
「で、編集長になんとか連絡をとって、隣国で仕事をしてたわけなんだが、その仕事ってのが、マルテの仕事に関するものだったんだよ……あいつの作るドレスは、どれも最高級のものなんだが、材料の出どころが不明なうえ、隣国ではそのドレスを着た女性の周りでは人がっていう噂があって……で、何度か隣国で取材を」
ぎょっとしてレジーを見た。よくそんな危ない仕事を編集長がさせたな、と思ったのだ。

「いや、デザイナーとしてだ。その時点ではまだ奴が直接手を下してるとは思ってなかったさ……」
しかし、何度も取材をしたり周辺を洗ううち、マルテが隣国との間を行き来していることが分かったという。
「で、この大公領に行き着いたってわけだ。普通国境にはその領地の騎士団が関を置いてるもんだが、ここは隣国側の関さえ通れば、そのむこうのバーンダイクの町までノーチェックで来れる。俺があの大型二輪みたいな目立つもんを乗り回してても、誰も声さえかけてこなかったしな」
そこで、レジーはチラリと二人の騎士を見た。
「さっきの会話で分かったよ、つまり、私腹を肥やすために国家の安全を脅かす奴らがいるってことだよな?」

ゲノーム公爵とバリー宰相は、そのために騎士団をほぼ解体してしまったのだ。護る騎士がいなければ、関があっても意味はない。
ハアッ、とため息が出た。荷物ばっかりが増えていくようで、頭の芯が痺れる感じがする。本当に俺みたいなのが、こんなところにいていいのだろうか?
「ダニエル、今日はもうやすみましょう」
シャルロットが俺の背中を優しく撫でた。

おお、そうですな、とそれまでただ黙っていた侍従長たちがこちらへ寄ってきた。俺とシャルロットを残して、皆各自の部屋へ帰ってゆく。
「マーカス、ダニエルの部屋にわたくしの着替えを運ぶよう侍女に伝えて?」
項垂れている俺の頭越しに、シャルロットの声が聞こえた。
「………………承りました」
少しの間をおいて、マーカスの靴音が遠ざかってゆく。

「ダニエル、大丈夫?頭痛かしら?」
優しい声に、うう、と唸った。
「部屋まで歩いてね、私は担げないから……」
ごめんなさいね、と謝られて、いや、と首をふった。それだけで、ぐわんぐわんと頭が痛んで、また唸った。
「薬湯を煎じてもらいましょうね、さ、頑張って」
手をひかれて立ち上がった。部屋へ戻る、その道のりすらとても遠く感じた。

「横になって……医師を呼ぶ?」
いいや、と答えたつもりだったが、彼女の答えは聞こえなかった。

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