明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

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第4章

砂漠の追走劇

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部屋へ戻り、服を着たままベッドへ突っ伏した。
いつの間にか時間は深夜に近くなっていた。
ふと、鏡に映る自分が目に入る。ひどい顔色の、疲れきった痩せたガキが、貴族の真似事みたいな服を着てベッドから睨んでいる。

『殺しますか』

イグニット准将は百戦錬磨の戦士だ。騎士として戦場に立てば、相手を殺す以外の選択肢がない時もあっただろう。だが、俺にそんな経験はない。判断を先延ばしにするよりほかに、答えをもたなかった。

たとえ銃や剣を振り回し、大公子を名乗っても、婚約者の名誉を傷つけた奴ひとり裁けない。できるのは弱い立場のマーカスのような侍従を暴力で屈服させることだけ。

はあっ、と頭を抱えた。ゲノーム公爵や宰相と、やってることはなんも変わらねえじゃねえか。俺はベッドサイドの紐を引き、侍従を呼び出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

都合よく、やってきたのはマーカスだった。

「マーカス、家族に会いたいか?」
え、とマーカスは俺の軽食を用意する手をとめた。
「誤解するな、脅しとかじゃない。お前の娘、この町にいるんだろ?休みとって会いに行ったりとか、しなくていいのか?」
するとマーカスは戸惑った表情で、
「それは、会いたいとは思いますが」
と、キョロキョロと周りを見回した。

「別にお前ひとり休んだからといって、皆困らないだろ」
そう言うと、マーカスは眉を下げてあからさまにがっかりした表情をした。
「なんだ、不満があるのか?」
こういうとき、上手く話を聞きだしてやれないのも器の小ささを感じて嫌になる。

滅相もない、とマーカスは前置きして話し出した。
「……私は、大学で貴族の従僕や家令として働くためのあらゆる技能について学びました。それは私の天職であり、私が娘に唯一誇れるものでもあります」
まるで他人の話をするように、マーカスは手早くテーブルをセッティングし、左右にカトラリーを置いた。

「私の父は私のその4年にわたる努力を全く認めなかった。下男の仕事だといって……バーンダイクの屋敷に勤めるよう求めてきたのも父です。父は私を、主を主とも思わぬ、なんの学もないただの穀潰しとしてあの場所に置きました」

主のない屋敷に、誇り高い若い従僕。孤独な年月のあと、俺のような無法者が現れたのでは、反発もしたくなるというものだろうか。

「はじめは娘のためにと、あのゲノーム公爵やバリー宰相がきても耐えておりましたが、やがて公爵がいなければ父の威を借りて不遜に振る舞うようになり、父の言った通りの人間にまで堕ちておりました」
くるり、とそこでマーカスはこちらへ向き直った。

「ですが、あの日、旦那様は腐りきっていた私の性根をあの銃の一撃で壊し、誇りを取り戻してくださいました。旦那様はいつでも皆を、一人の人間として扱っていらっしゃいます」
へ?と内心、首をかしげた。

そんなことしたか?まあ、仕事をする上で職場であるこの城やバーンダイクの屋敷の人たちとは良好な関係のほうがいいに決まってる。しかし、これといって別に、特別なことはなにもしていないのだが?それとも、ゲノーム公爵は余程使用人を酷使するんだろうか??

気を付けよう、と思いながらマーカスを見ていると、お茶をいれ終わってこちらへ歩いてきた。
「確かに、娘は寄宿学校に預けて長いですが、都にいる間は仕事が終われば会いに行けております。旦那様の話をきかせたところ、格好いい大公子様に一度でいいからお目にかかりたいと申しておりました」

照れ笑いを浮かべたマーカスに、思わずこちらも笑みが浮かんだ。ゲノーム公爵、バリー宰相、そしてこの国の王。クズみたいな父親ばかり見ていたからか、マーカスのこの表情になんとなくホッとした。

でも、こんなマーカスを、あのマリエッタは利用したんだよなあ、と首をかいた。本当は今、マーカスにマリエッタの話をするつもりでいた。どちらにせよ、多かれ少なかれマリエッタの話はいずれマーカスの耳に入るだろう。

優柔不断にも、まごまごと思いあぐねながら立ち上がったとき、ふと窓の外を灯りが通るのが見えた。

こんな時間になんだ?と窓の下を見下ろすと、闇にボンヤリとうかびあがった特徴的なピンクのフリルの団子……おい、脱走してるだろ、これ。


本人的には見つからないようにか、ソロソロと、俺の部屋の下を歩いて行く。いや、丸見えなんだが、本人は隠れているつもりのようだ。

俺はマーカスに耳打ちし、物音をたてないようこっそりと部屋を出た。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

部屋から飛び出したところで、ガイズとシャルロットに出会った。だがゆっくり説明する暇もなく、
「地下牢から脱走だ」
とだけ言うとガイズは顔色をかえて俺と並走し始めた。
「俺の部屋の下に潜んでたが、外へ向かってる」
俺は城門へ回ると言うと、二人は別の出口から外へ向かった。


門の手前まで来たとき、白い馬が駆け出してきた。その上にいるのはピンクの塊だ。
「!」
俺は慌てて銃をとりだす。そのとき、馬屋のある側から、見覚えのある自動二輪が飛び出してきた。

どう、という独特の音に馬が驚き、ピンクの塊が後ろを振り返った。マルテは意外にも馬の扱いが上手い。
「逃がすかよ!」
ガイズが門を閉めようとしているが、間に合いそうにない。

自動二輪に跨がっているのはシャルロットだ。はためくスカートに目を奪われそうだが、
「ダニエル!」
シャルロットに呼ばれて斜面をかけおりた。ちょうどぴったりと止まって、ヘルメットを投げ寄越された。

「止まれるじゃないか」
笑ってやると、いいから早くと急かされた。
「これくらい余裕!」
俺はフルスロットルでマルテの追跡をはじめた。


街中では馬のほうが利があるが、ありがたいことにマルテが出たのは城の裏手……だだっ広い砂漠のなかだ。道から外れて走られれば一貫の終わりだが、マルテにその知恵はないらしく街道を一直線に駆け抜けてゆく。
「どこへ行く気だ……?」
俺が呟いた時、月明かりの下で走るマルテの向こうに、強い光が見えてきた。

自動二輪のヘッドライト?と、思って見ているとみるみるそれは近づいてくる。どうやら街道を、城に向かって走ってきているらしい。

自動二輪自体は、珍しいが国内で流通しているものなので、全く見かけないわけではない。しかし、今俺の前に近づいてきてるあれは、かなり珍しい大型の外国製……

「レジー!!」
俺が叫ぶのと、自動二輪が止まるのは同時くらいだった。真ん中に挟まれた白い馬は、左右に頭を振りながら戸惑っている。

「なにやってんだこんな辺境地で?学校は?」
のんびりした声で、話しかけてくるレジーに肩を下げる。
「どこ行ってたんだよレジー。編集長が探して……あ、それどころじゃねえ。こいつ、脱獄囚!捕まえてくれよ!」
へえ?と馬を見上げたレジーは、間髪入れずに懐から短銃を取り出し、馬の足元へ向けて発砲した。

雷鳴のような嘶きとともに、馬が二足で立ち上がり、上に乗っていたマルテは滑り落ちた。運良く、砂地におちてすぐに頭をあげた。
「あ、あんた!何てことをするのよ!!」
と叫んだ。驚きと戸惑いのいりまじった、その顔に向かって、レジーはニヤニヤしながら銃を構えて、
「ごめんな?」

躊躇うことなく、マルテを撃ち殺した。



ざあっ、と風が吹き抜けて、血しぶきをあげて倒れる姿を巻き上がった砂が隠してゆく。

「……レジー?」
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