明日私を、殺してください。~婚約破棄された悪役令嬢を押し付けられました~

西藤島 みや

文字の大きさ
47 / 49
追記

宝飾品担当者が、ある若者に指輪を売るだけの話〈ゲノーム商会外商担当〉 後編

しおりを挟む
「ゲノーム家の令嬢が、噂の大公子と結婚するらしいぞ」
と聞いたのは、指輪に刻印を終えて、そろそろ届けに行かなくてはと他の届け先と共に証明書を確認していたときだった。
大公?大公なんてこの国にいただろうか?私が子供の頃に馬車の事故かなにかで亡くなっていたのではなかったか?ぼんやり考えていると、ふと手元の指輪が気になった。

では、子爵令息と名乗った彼はやはり令嬢と破局したのか。とりあえず、あの新聞社のオーナーに連絡をとっておくべきかな?刻印まで入れてしまっては、他に売ることもできない。

私は高価すぎるそれを、証明書とともに外商部の金庫の、下段の隙間にしまいこんだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

それからのち、ゲノーム商会はとんでもない窮地に立たされた。経営者であるゲノーム公爵と、主だった取引先だった貴族が、他人の……しかも例の大公の土地で勝手に採掘をし、勝手に商売をしていたことがわかったのだ。

ゲノーム公爵は追放、犯罪の証拠として商品も殆どとりあげられてしまった。たかだか外商部の雇われでしかない私にできることなどない。
「これで最後か?」
険しい表情で、店のなかを確認していた大公家の騎士が尋ねた。
「…………はい」
私はうなだれ、肩を落とした。もしこの商品が戻ってきたところで、これらは盗品でしかない。もはや商売を続けてゆく見込みなどないだろう。
宝飾品一筋に働いてきて、よもやこんなことが起こるとは、と頭をかかえた。

かれらが帰り、私はからになった金庫を閉めようとしてふと、下段の蓋が閉まったままなのに気づいた。どうやら、騎士はそれに気づかなかったらしい。

「子爵令息のダリアか」

もはや無用の長物となったそれを、なぜか私はトランクケースに入れて、ふらふらと店を出た。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

新聞社は摩天楼のなかにあった。宮殿に程近いそこは、私と同じような、スーツを着た中産階級の男性たちが歩き回っており、私は難なくそこを通り抜けることができた。

エレベーターで新聞社まであがってゆく。オーナーの奥方様は、そこで編集長として働いておいでだとうかがった。新聞社は煙っぽく、そしてなんとなく胡散臭い男たちがうろうろしていた。
「あの、ルーベンス夫人を」
私は制服を着た中年の女性に声をかけ、取り次ぎを頼んだ。

なぜかねばねばしているソファに座らされて待つ間に、鞄の中に入っているものがけして誉められたものでないということが、重くのしかかってきた。金にするつもりはないが、もし大公に見つかれば私も夫人も、あの若者もただではすまないかもしれない。帰ろうか?と、迷いはじめたとき、
「お待たせしました」
眼鏡をかけた、すらりとしたスーツ姿のルーベンス夫人が、しきりの向こうから顔を出した。

◇◇◇◇◇◇◇◇

「つまり、これはあの子が頼んだ、シャルロット妃のものですのね?」
私ははい、と肩を落とした。なんとなくその言い方に、トゲを感じたからだ。
「他は皆、証拠品として押収されました。しかし、何の因果かこれだけが店に残されまして……あの令息様に、届けては頂けませんでしょうか」
彼女は眼鏡をひきあげ、赤い紅を塗った口元に笑みを浮かべて、
「できないわ、こんな高価なもの。自分で届けなさい」
といいきった。やはりそうかと、がっくりと肩をおとした私に、夫人は立ち上がり、ついてくるようにと手招きした。

◇◇◇◇◇◇◇◇

連れてゆかれたのは、以前も伺ったオーナーの自宅だ。おそらくこの王都にあるどの屋敷より、豪華な建物だろう。入り口の大扉をたたくと、執事がでてきた。自宅だというのに、夫人は丁寧に用向きを伝えて少しの間玄関で待つ。

「今は大公のお屋敷なのよ、私と夫はあのビルの上に住んでるの」
いい眺めよ、と笑いかけられて私は真っ青になった。大公だって?

紺と緑の敷物を踏んで、私と夫人は歩いてゆく。私はぎしっ、と鞄の持ち手を強く握った。

やがて、テラスだという部屋の前にきたとき、私は意を決して話し始めた。
「夫人、申し訳ありませんが、これは大公にお返しすることはできません。勿論シャルロット妃殿下のものではございますが、……ですが、子爵令息様にお渡しするのが私の使命でございます」
鞄を抱えて、二歩ほどあとずさった。

「あのとき、令息様はこれに『愛』を刻まれた。その愛を、単なる金品としてお渡しすることはできません!代金はわたくしが、生涯をかけてもお支払いします!ですからどうか、これは子爵令息さまに……!!」

ええ?と夫人が目を円くして振り返ったとき、
「何を騒いでるんだよ」
と、重苦しい木の扉が開き、ひとりの若者が顔を出した。黒髪に黒い目。痩せてはいるが、今日は顔色もよく、白いカッターシャツにグレーと赤の、王立学園の制服姿だ。

「令息様」
「大公さま、居たのね」
私と夫人が一様に口にだした言葉に私は驚いて夫人を見た。…………大公?このかたが?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

「そうか、それは気苦労をかけたな」
アルゼリア子爵令息……と私が思っていた、現フェリクス大公閣下は黒い髪をかきあげてから、ちょっと困ったような微笑みを浮かべた。

こうしてみるとずいぶんと整った顔をしている。シャルロット妃も美しいが、それとはまた別次元だ。いつもは長めの前髪に目元が隠れているうえ、服装も粗っぽいのでわからなかったが、ここまで美しいと凄みすらある。


さらさらとした上等のベルベットの椅子のうえで、私はマグカップになみなみとはいった茶を渡されていた。これでも飲んで落ち着け、といったところだろう。

「新聞を読みなさいよ、新聞を!」
どこから出したのか、夫人は私のテーブルの前にルーベンス紙をばしっ、と叩きつけた。しかし、ゲノーム商会の今の給与では、それを毎日買うというのはそこそこ負担なのだ。しかも今月は、それがでるかどうかもわからない。しかたなくハハハと、愛想笑いを浮かべておく。

「これがそう?」
それまでずっと黙って大公閣下の脇に座っていたシャルロット嬢が、私がテーブルに置いた鞄を指した。
「ええ、はい!」
私はカップをテーブルの脇におき、素早くケースを取り出した。

ダリアの細工部分で職人と随分揉めた。できるだけ肌あたりの良いものを、できるだけ頑丈な金属で作る。ダリアはその花のかたちがあまりに鋭利なために、かなりの技術が必要になった。

さらに、血の赤と呼ばれるルビーはとても稀少だ。今回はその中でも、とりわけ透明度がたかく、燃え上がる焔にも例えられるものを、ゲノーム公爵領から取り寄せた。産出量はあまり多くないゲノーム公爵領の鉱山だが、こと稀少なルビーやサファイアに関しては、時折こうしたとんでもない掘り出し物が見つかる。

全ては、この小さな装飾品のために。私は白い手袋をはめて、大公とシャルロット妃殿下の方へケースを開いてみせた。大公はそれを手にとり、シャルロット妃に見せる。

彼女は指輪を持ち上げ、中の刻印を読み上げた。
「『貴方が生きていてくれて、嬉しい』」
率直な、愛の言葉がシャルロット妃によって読み上げられた。まあ、と夫人が笑い声をあげた。
「人前で読み上げるな、恥ずかしいだろ」
大公は指輪をシャルロット妃からとりあげ、彼女の薬指にあらためて嵌めた。
「あの時の皇帝ダリアね……きれいだわ」
白い指のうえで、ダリアは美しく咲き誇っていた。ダリアは2人の思い出の品であるらしく、若い大公夫妻は寄り添ってそれを見ている。

初夏の午後。テラスには薔薇のかおりの風がふいて、二人の上に光がさしている。ああ、なるほど、このためにあの指輪は作られたのだ。

どうしてか、涙がでてくる。
「なんで宝石商が泣くのよ!」
夫人がまた笑いながらハンカチを差し出してくる。
よかった、店は失くなるだろうが、最後に最高の仕事ができて本当によかった。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

結論からいうと、店は失くならなかった。いや、それどころか、現在王都で最も人気の宝石商となった。

「商会長!シャルロット妃が夜会でお召しになっていたネックレスですが、同じデザインのものはいつ頃できますか?」
仲買人が泣きついてくる。職人を増やすしかないだろうな……

あのあと、ゲノーム商会は大公妃の御用達として一躍有名となり、在庫がない状態にも関わらず注文が舞い込み、作っても作っても最高ランクの宝石を使ったものから売れてゆくためにほとんど夜も昼もない忙しさになった。

店を去ったものも多く、私は商会長となり多忙な毎日をなんとか乗り切っているが、あわただしく過ぎる日々のなかでも、時々あの「子爵令息のダリア」のことをふと思い出す。

『貴方が生きていてくれて、嬉しい』

そこに刻まれた、愛の言葉を。


しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。

ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。 毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...