どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

文字の大きさ
3 / 39
断罪されたのはダレ?

お礼で死ぬなんて、ありえますか?

しおりを挟む
私はそっと会場を抜け出し、テラスの大階段を降りて庭の一角へと向かった。

そこは、さらさらと水が流れる小さな小川が作られている素朴な村のような作りの場所。ほとんどが張りぼてではあるけれど、夕方の紫とオレンジの光のなかでなら、ここに住んでいた小人やら妖精も、出てきそうな気がする。
まだ咲き残っていたばらの茂みからは、優しいお茶のような薫りがして、私はその側のベンチに腰かけた。

『偽物の婚約者』

と、ルディ第一皇子は言った。単なる言い間違いにせよ、そのとおり。通っている王立学園高等部でも、私は常に只の名ばかりの婚約者として他の生徒から冷たい視線を送られていた。のみならず、
『幼いころから殿下と親しかったのに、ミュシャ様がかわいそう』
『殿下の恋の障害は、あの毒婦だな』
『誰とでも親しげに話すが、悪い女らしいぞ』
と、生徒たちは私を遠巻きにしている。おかげで卒業をひかえたこの時期でも、親しい友達は一人もいない。貴族としての派閥の令嬢たちはいるが、態度はごく冷ややかなもの。

今日だって、皇后陛下がいくら私の支度部屋へ着替えを届けるよう指示しても、それが届くことはないはず。だって私の支度部屋に配置されている皇宮のメイドが、それを拒むから。

皇宮の使用人達は、ミュシャがまだ小さかった頃から家族のように親しくしていたらしい。だから、あとから突然現れたルディ殿下の婚約者がミュシャを苦しめるさまをほうってはおけない、ということらしかった。実際苦しめられたのは私だけど。

皇宮に来る機会は私にはあまりないけれど、来る度にそれはそれは冷たくされたし、お茶から雑巾のような匂いがしたり、あからさまに砂利のはいった茶菓子が出ることすらあった。

そんなだから、今日だっていくら公爵家の侍女が渡すよう要求しても、いや、要求すればますます、皇宮の使用人たちは私の心証を悪くするだろう。

まるで皇后陛下に集る悪い虫のように言われるのは目に見えている。公爵家の使用人たちだってそれをほうってはおかないはずだから、私が戻ればいらない争いの種になってしまう。

「舞踏会も9時にはだいぶひとが捌けるわよね」

まだ二時間ほどあるけれど、ここでその時間まで時間をつぶして、頃合いをみて帰ろう…薔薇もきれいに咲いているし。


しかし、と私は拳を握った。くるくると周りを見回し、誰もいないことを確認したあとハアッと息をはいた。

ルディ様の妃候補として頑張ってきたけれど、もう限界だわ。お義父様に頼んで、婚約を解消してもらおう。お義父様にはお手数をかけてしまうし、私の名前には傷が残るけど、このままお嫁に行って、御家取り潰しよりはマシよね?

でも声にだして言いたい!

「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに!!」
ドウッ、と風が吹いて、私の叫びは風の音に紛れて消えた。

「《いいよ、その願い事、かなえてあげる!》」

突然そう聞こえて、私は驚く。だ、誰もいなかった筈よね?と周りを見回すが、あたりは静かで人の気配どころか鳥も獣の姿すらも見えない。
私は少し怖くなって、とりあえず建物のそばへ行こうと歩きだし……ぐらりと体が傾くのを感じた。

さらに、嵐のような激しい風が木々を揺らし、私が居た場所もびゅうびゅうと渦巻くような風がふいて私のドレスや髪もかき乱される。

なんだろう?変な感覚だった、かな?

◇◇◇◇◇◇◇

二時間のち、見計らって会場に戻った私は思いがけずとんでもないことに巻き込まれた。

突然王陛下の側にかけのぼった殿下が、何かの紙を広げて読み上げ始めたのだ。それは
「私はこの場で、アシュレイとの婚約を破棄する!」
え、と思っているとリュシリューとゴーウィン、ミュシャまでも並び、私を指差しながら、なぜ私が婚約者に捨てられなければならないのかを読み上げはじめた。

「アシュレイ・キンバリーは王妃の資格に欠いている!公爵家の嫡出子でもない癖に、婚約者だと周りに吹聴し、また皇太子の最も大切な女性であるミュシャにたいしても、上着をもって来るよう命令したり、茶を注ぐよう要求したりした!」

『婚約者なのは貴族年鑑に記載されてるし…メイドってそういう職業でしょ…』とは思ったが、そこで言い返せば悪目立ちする。やめろ、およしなさいと両陛下の制止する声も聞こえるのに、それをルディ殿下は片手で押し退け、睨み付けた。見ててヒヤヒヤする場面だわ。なんて不敬なのかしら…恐ろしいわ。

「皇后陛下をも手玉にとり、ミュシャを苦しめる売女めが!我慢も限界だ!アシュレイ・キンバリー、貴様との婚約を破棄し、貴様を東の幽閉塔での懲役刑に処する!」


はあ?みたいな声が、私のはす向かいあたりから聞こえた。見ると、お義父さまが険しいを通り越してなんだか…仁王みたいな顔でルディ殿下を見ていた。そうね、突然公爵家から犯罪者(?)が出てはお義父様としてはそんな表情になるわよね。

せめてお義父様やお義兄様にご迷惑にならぬよう、前へでておとなしく沙汰を承けよう、と思ってから、ふと、すぐ横に呆然といった様子で立っている侍従が持つグラスに目が止まった。

『せめてお酒の力でも借りたいわ』
人前で話をするのは、訓練をうけてはいても少々気を張る仕事だ。今回のような場合はとくに。
「ひとつ頂くわね?」
お酒ははじめてだけれど、よく物語の英雄が気付けに呑んでいるのだもの。私の役にもたってくれる筈。私は彼が持っていたワインのグラスを手に取った。

ところが…
「えっ!?それを飲むのは!」
なぜか侍従は驚き、こちらを見た。大丈夫、わたしだってやれるわ、と微笑みかけてからグラスを空にし……


ぐらり、と視界がゆがんだ。

急にあたりが薄暗くなり、ガシャッとなにかが耳の横で砕けたおとがする。

「アシュレイ!どうしたんだ、アシュレイ!」

いつもひんやり冷たいお義兄様が、なぜかほとんど叫んでいる。

「お酒を飲んだだけよ、お義兄様」
と言おうとした口から赤い物が吐き出された。飲んだワインを吐き出してしまったのだろう。何処かで誰かの悲鳴が聞こえた。

ああ、こんなにも私お酒に弱かったのかしら。大人になったらお酒を飲むのを楽しみにしていたのに、残念だわ。

そう思いながら、私の意識は……途切れた。

しおりを挟む
感想 76

あなたにおすすめの小説

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

冬野月子
恋愛
「私は確かに19歳で死んだの」 謎の声に導かれ馬車の事故から兄弟を守った10歳のヴェロニカは、その時に負った傷痕を理由に王太子から婚約破棄される。 けれど彼女には嫉妬から破滅し短い生涯を終えた前世の記憶があった。 なぜか死に戻ったヴェロニカは前世での過ちを繰り返さないことを望むが、婚約破棄したはずの王太子が積極的に親しくなろうとしてくる。 そして学校で再会した、馬車の事故で助けた少年は、前世で不幸な死に方をした青年だった。 恋や友情すら知らなかったヴェロニカが、前世では関わることのなかった人々との出会いや関わりの中で新たな道を進んでいく中、前世に嫉妬で殺そうとまでしたアリサが入学してきた。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

婚約者から「君のことを好きになれなかった」と婚約解消されました。えっ、あなたから告白してきたのに? 

四折 柊
恋愛
 結婚式を三か月後に控えたある日、婚約者である侯爵子息スコットに「セシル……君のことを好きになれなかった」と言われた。私は驚きそして耳を疑った。(だってあなたが私に告白をして婚約を申し込んだのですよ?)  スコットに理由を問えば告白は人違いだったらしい。ショックを受けながらも新しい婚約者を探そうと気持ちを切り替えたセシルに、美貌の公爵子息から縁談の申し込みが来た。引く手数多な人がなぜ私にと思いながら会ってみると、どうやら彼はシスコンのようだ。でも嫌な感じはしない。セシルは彼と婚約することにした――。全40話。

処理中です...