どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

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悪役令嬢が去ったあと

元同級生は本当に困っているそうです

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専攻科に関わらず、教授室というのは高等部のおなじ棟にすべて並んでいる。

「…それから、草木学と薬学史です。記憶の件は先生がたには私からお知らせしておきますが、先ずはどれくらい記憶しているかテストをしたいと思いまして」
事務局の若い職員は教授棟の端にある談話室で、教科書を広げて話し始めた。

あら、と私はそれらの教科書を広げた。残念だけれど、私はけして才知たけたほうではないから、今渡されたテキストを読んだだけで満点というわけにはいかない。
「全く覚えてなければ、1年生からやり直しかしら?」
不安に思って呟くと、いいえ、と首をふった。
「本格的な薬学は4年次からでしたので、4年生から…マリア嬢は5年に上がったところですので、一年留年というかたちになってしまいますね」
愉快そうに言われて、これは大変なことになったわ、と唇を噛んだ。マリアの家の懐事情からいって、私のせいで留年させるのはまずい。

「《力を貸そうか?》」
いつの間に肩にとまったのか、ミルラが耳元で囁いた。
「《いいえ、カンニングなんてしたら、それこそルディ殿下の言ったことが本当になっちゃうもの》」
私は口をできるだけ動かさずに囁きかえした。
「《見かけによらず堅物だな》」
今の見かけはマリアなんだけど、と思うけれどチラッと視線を向けるくらいしかできない。
「マリア嬢、何か問題ですか?」

反応が薄い私に苛立ったのか、事務局員の声がなんとなく固い音になって談話室に響いて、私はいいえと首をふった。
「あ、でも、教科書に目を通す時間は頂けますか?」
その問いかけに事務局員はじろりと私を睨んだ。
「申し訳ありません。令嬢の記憶がどれ程あるのかを確認したいので、それはできかねます。テストは明日いたしますので、明日は通常の登校時間においでいただけますか?」
え?と私は事務局員を見返した。一晩もらえるの?

「一晩?」
レイモンド様もやはり甘すぎると思ったのか、眉をしかめた。そうよね、一晩もあったら教科書なんて丸暗記できてしまうもの。レイモンド様はそれは、と口をひらいた。
「妹は病み上がりなのですよ?8教科を1日でなんて、とても…」
ええ?魔法薬学ってそんなに難しいの?とおもうものの、事務局員は首をふる。
「それができないなら、4年生からでお願いすることになります」

ハァ、とレイモンド様は頭をかかえる。さっきは断ったけど、やっぱりミルラに力を借りないとだめかしら。
「いいわお兄様。私、できるだけやってみます」
まずは全力をつくしてみて、だめならその時よ!
「マリア、無理はするなよ」
レイモンド様は気遣ってくれるけれど、事務局員は冷たい微笑みを浮かべていた。…いやな感じだわ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇
談話室を出てから、どれくらい覚えているかわからないからとレイモンド様が建物を案内してくれる。

「ここがカフェテラス。高等部のカフェテラスは久しぶりだな、なにか甘いものでも食べていこうか!」
懐かしいのか、ワクワクした様子のレイモンド様に連れられて、久しぶりにカフェテラスに足を踏み入れた。

貴族の子女が通うこの学園でも、カフェテラスは講堂とならんで豪華な建物だ。築年数はおよそ80年位らしいけれど、完璧にちかい管理のおかげでそんなに経ってるようにみえない。アーチ状になって並ぶ鉄色くろがねいろの、繊細な装飾のある柱。それに支えられたガラス製の高い天井。

置かれているテーブルには一つ一つに美しい生花が惜しげなく生けられ、席につくとすぐに給仕たちが寄ってきて注文を尋ねる。メニューがないのは、なんでも注文されれば作れるという矜持の表れだ。

「アフタヌーンティを1セット…あと、アイスクリームを二つ。一つはバニラ、一つは…そうだな…ブルーベリーのソルベで。バニラはあとから持ってきてくれるかい?」
結構お菓子を頼むのね。お義兄様は甘いものを全く食べなかったけれど、レイモンド様は甘いものも食べるんだわ、などと考えているうちにティセットと4段組のお菓子が届いた。

早速上段からお菓子を皿にとり、満面の笑みのレイモンド様についつられてわらってしまう。レイモンド様は本当に甘いものがお好きなのね。

小さめのスコーンに木苺のジャムと、クロテッドクリームをたっぷりのせて、ひとくちでそれを口におさめてしまう。指についたクリームをなめとる仕草 は、思いもよらないところで男っぽい姿を見てしまった気がして、ドキドキしてしまう(いけないわ、今の私はレイモンド様の妹なんだから)。

私がじっと見つめていたことに気がついたのか、ちょっと照れ笑いをみせたレイモンド様は、ブルーベリーソルベを私の前に置き、どうかな?と尋ねる。
「マリアが好きだったんだ。試してみてくれる?」
おそるおそる口にいれる。新鮮な果物の香りと、控えめな甘さがひんやりと口にひろがった。
「美味しい…です」
こんなに美味しいソルベは珍しいくらい。学園のカフェテラス、侮れないわね。
「よかった。気に入ってくれて」

レイモンド様は家令顔負けの手つきでお茶を淹れている。医学生のはずなのに、なんでもできるのね。

「あれ、レイモンドさんだ。あ、妹さんも…ごきげんよう」
後ろから来た男子生徒のひとりが、驚いたというように私たちに声をかけてきた。
「ふふ、ちょっと用事があってね。皆元気かい?」
ちょっと気恥ずかしそうにレイモンド様は応える。そういえばお義兄様とレイモンド様は生徒会にいらしたんだわ。お義兄様は二年先に卒業なさったけど、レイモンド様もきっと高等部卒業まで生徒会にいらしたのね…。

「レイモンドさん、聞いてもらえます?」
男子生徒はレイモンドにすすめられた席につき、話し始めた。
「政治経済専攻、失くなるらしいです」
えっ!と私はスプーンを取り落としそうになる。
「どうして?」
ふむ、と指先を交差してレイモンド様は男子生徒を見た。
「政治経済専攻の下級生が、殆ど来なくなってしまって…なんでも、今までは授業を分かりやすく教えてくれていたり、進路の相談にのってもらったりしていた“先生”が、いらっしゃらなくなったからだって。それに、上級生も外部の有名講師に連絡をとっていたツテがなくなって…ここの教授は自分の研究にしか興味がないし…その研究も、公爵家の寄付に頼ってた研究費用がなくなって、もう無理だろうってことでした」

レイモンド様は首をかしげた。
「その先生って、もしかして」

「アシュレイ嬢だったんだそうです。令嬢については俺たちも、全く誤解してました…なんで皆ルディ殿下達の言ったことを鵜呑みにしてたんだ?毎日罰当番みたいなことしてるから、よっぽどのアホかと思ってたんですよ
…ミュシャさんが毎日、アシュレイ嬢のそばにバケツ持ってきて立ってたし…そうとう酷い女だって。あれ、本当にただ立ってたらしいんです。アシュレイ嬢のあとをつけ回してたって、アシュレイ嬢のファンの下級生が行動を帳面につけてて。なら、早く言ってくれよ」
男子生徒は頭をかかえた。

「皆勉強の途中で放り出されるんです、辞めた下級生たちは大抵、別の専攻の編入試験を受けたみたいですが…卒業間近の俺たちはどうしたらいいか…」
困ったね、とレイモンド様も眉を下げる。
「家令や侍従を育てる王立の専門学校なら、編入試験はないけど、学園の大学部に進学するにはここと違って外部入学試験がある。頑張らないとねえ」

うう、と生徒はあたまをかかえてから、
「アシュレイ嬢、戻ってきてくれるといいねえ」
というのんびりしたレイモンド様のいいかたに、はい、と頷いてから他の生徒達のところへ戻っていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇

なんだか疲れきった気分で帰りつき、キャルに着替えをさせてもらう。明日の試験にむけて教科書に目を通している私の周りを、ミルラがとびまわった。

「ハハハハハ、ザマをみたな!あいつら!な、スッキリしたろ?これでフィヨールトにいけるか?」
なんでそうなるのよ、と私は肩を落とす。
「どっちにせよマリアの体を借りてるんだから行けないわよ!そもそも彼女、どうしてるの?まさか死んだりしてないわよね?」
私が手を差し出すとミルラは私の掌の上へおさまった。
「大丈夫!そのうち目を覚ますよ。彼女はバロウズ…緑の精霊王のお気に入りだから、せいぜい喜ばしてやらないと!」

私はミルラをじっとみつめてみた。
「マリアは、私の体をどうすると思う?」
「しらねえよ、多分、隅々まで記録するんじゃないのかな、あと、自画像とか…彫像つくったり?」

怖い怖い怖い。傍目からみたときに頭のおかしな女になってしまうわ。なんとしてでも止めないと…
「ミルラ、マリアが目を覚ましたら教えてくれないかしら?」
ミルラはちょっと考えてから、おっけー、と両手で丸をつくってくれた。
「そんときにその体、貰えるかちゃんと訊くんだぜ?多分アシュレイならすぐくれると思うけどさ!」
「いや、それは駄目でしょ」

妖精ってやっぱりちょっと、どことなく変だわ。

「しかたねえなあ。勉強はおわったのか?」
くるりと弧をえがき、どこからか例の金粉の入った袋を取り出した。
「おわってる、けど、またそれ?」
じりじり、と片手を握りしめて近づいているミルラと、そろそろと逃げ出そうとするわたし。

「いいから、おとなしくいい夢をみろよ!」
そんな、といいかけた私はまた、金色の粉を頭から浴びてしまっていたのだった。
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