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精霊王と悪鬼
護衛剣士の末路
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「剣はきかないよ、あいつらを倒す方法は二つあるけどさ」
そういうと、ちょっと困ったようにその辺りを飛び回る。
「剣はきかなくても倒す方法を知っているのね?教えてくれないの?」
私は追いかけていき、ミルラに手をのばした。
「……いいけど、ただではだめかな」
「ミルクやお菓子じゃダメってこと?」
そうたずねると、うん、とミルラはうなづいた。
「あのさ、どっちにせよもしそれが成功したら、俺はお別れだからさ」
え、と私はミルラを見上げる。
「どういうことなの?」
けれど、ミルラはちょこまかと飛び回っていて全く表情がみえない。
「そんで、お礼をくれるの、くれないの?」
何をあげればいいのか皆目見当もつかない。ミルラは至極真面目な顔をしてもどってきて、私の両頬に手をつく。
「なにをあげればいいの?」
私が尋ねると、ミルラはなんだか悲しそうにしながら、うん、とうなづいた。
「俺のこと、絵に描いてもらえないかな」
絵に?と私は首をかしげた。
「絵に描いたらさ、いなくなっても覚えててもらえるからさ」
ミルラはどうなってしまうの?私は急に不安になった。
「ミルラのいうお別れって、妖精の国に帰るって意味よね?それか、私の体に戻ったらみえなくなるから?」
ミルラはちょっと首を傾げてから、まあね、と言葉を濁した。
「それより、あの偽騎士だよ。気になるだろ?見てみろよ。さ、そこに横になって!」
誤魔化すようにミルラは革袋を取り出す。私はまだ聞きたいことがあるのに、と思ったけれど、いいたくなさそうなミルラに圧されてだまってベッドに横になった。
「ミルラ」
粉をかけられる寸前、私はミルラに声をかけた。
「絵くらいいくらでも描いてあげる」
それを聞いたミルラは、いつも通り、いたずらっぽい笑顔をうかべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夢の中の私が見たのは、皇宮の騎士修練所でも公爵家の居間でもない。公爵家がもつ練兵場のうちのひとつ、砂地に大小様々な高低がつけられた、実践訓練用の広い場所だ。
そこに立っている、上背のある筋肉質な騎士。実際にはまだ騎士見習いだけれど、お父様が第二騎士団の団長だからと早いうちから皇宮の騎士と同じ練習着を着て歩き回っていたゴーウィンだ。知らなければ正式な騎士だと誤解されることも多かった。
「会わせたい方がいるというから、ミュシャ様だとおもっていたのだが、なんだお前か。ふん、死にかけているというから安堵していたのに、しぶとく生きていたか。この期に及んでなんの用だ?謝罪でもするのか?」
尊大な態度で腕組みをし、ふん、と鼻をならしたゴーウィンに貴様、とお義兄様が唸る。お前、と言われたのは私(中身はマリア)だ。
「貴方はご自分が罪人で、法を犯しているという自覚はあるのですか?私は公爵家の令嬢、あなたは城に仕える兵卒に過ぎません」
私の姿をして、紫のドレスに紺の羽扇を持ったマリアが話し始めた。怒りのせいか、緊張からか、少し早口だわ。でも、驚くほど堂々としていて、まるで本当に私がしゃべっているみたい。
いいえ、私はいまの彼女のように怒りをあらわにすることはなかったわね。
勿論呪いのせいもあったのだろうけれど、元はといえば両陛下が私をお選びになり、お義父様がそれを承諾したのだから、私のルディ殿下への気持ちなど殆どなくて、せいぜい陛下やお義父様の迷惑にならぬようにしなくては、といった程度のものだった。
だからか、ミュシャやルディ殿下と取り巻きの二人の側に行かないのが、一番賢明だと思っていた。
とくに、このゴーウィンのような狼藉者のそばへは。
「ミュシャと殿下の仲に割り込もうとした強欲女の癖に。貴族のなにが偉い!この国ではとうに貴族などよりよほど有力な商人などごまんといる!貴族など、皇帝陛下に雇われた官吏にすぎないだろう!武勲があったとしても過去の話、剣の腕でいまの私や騎士団に敵う筈もない!!」
ゴーウィンが話し終わるよりまえに、お義兄様が動いた。
ぶうん、と音をたてて振るわれる宝剣。それが、ゴーウィンの首もと近くで止まっていた。寸前のところで止まってはいるが、着ていた練習着の襟元は切り裂かれて僅かに血がにじんでいる。
「どうした?お前の剣は取り上げていない筈だが?」
ひ、とゴーウィンは息を吸い込み、襟元を触って
「よくも騎士の誇りを!前触れもなく突然切りつけるとはなんと卑怯な!」
とお義兄様を睨んだ。卑怯?私のお義兄様を卑怯といったの?この愚にもつかぬ男が??
思えばリュシリューもルディ殿下達もいままで、私のことは馬鹿にしたってお義父様やお義兄様を馬鹿にしたことはあまりなかったわ。それがこんなに腹立たしいことだなんて。
「貴方のようなつまらぬ兵卒風情が、騎士を名乗るなどとは笑わせてくれますわね!」
マリアがパチッ、と扇子をならして閉じた。
「《マリア!よく言ってくれたわ!》」
届かないと知りながら、私はついマリアを応援する。よく見るとマリアの扇子をもつ手は小さく震えている。私の代わりにとがんばってくれているのだ。
「…両陛下から、リュシリューと貴方の今後の処遇については当家にまかす、とお墨付きを頂いておりますの」
マリアはゆっくりと階をおりてテラスから闘技場へ降り立った。そのまま、ゴーウィンに近づいてゆく。
「お義父様に任せると拷問ののちにあまりに酷い殺されかたをしそうなので、お義兄様に頼んで貴方をここへ移送しました。感謝していただきたいわ」
はあ?といった風にゴーウィンは顔をしかめる。
「まだ己の罪がわかっていないようだな。お前の父は、昨日をもって職をとかれて二度と皇宮の門をくぐることも許されぬというのに」
憐れむように、お義兄様がいった。剣をおろし、かわりにゴーウィンの利き手を後ろ手にひねりあげて引き倒し、マリアの前に跪かせる。
「なぜだ!俺はただ、騎士として主君であるルディ皇太子殿下の命をうけ、ミュシャを護っていただけだ!」
「その前に陛下から、『アシュレイ・キンバリーの護衛として学園に通うように』と命じられていましたわよね?」
ゴーウィンの表情が、ごっそりとぬけおちた。
「見習いとはいえ皇宮に籍を置くものは、みな陛下の兵のはず…一介の皇子ではなくね。それともあなたはルディ殿下の私兵だというの?」
「アシュレイ、それはないだろう?それではまるでルディ殿下が、陛下に謀叛を企てていたようではないか」
まさか、とマリアは笑う。
「そんなことはありませんわよね、ゴーウィン?もしそんなことがあるなら、いまは離宮での蟄居ですんでいるルディ殿下ですけど…ねえ、お義兄様?」
肩を竦めて、おお、恐ろしい、とマリアが私の顔で言う。
「し、私兵を募って陛下に詰めよったのは貴様ら貴族の方だろう!」
ふん、とお義兄様は鼻でわらった。
「我らははじめから、キンバリーだけが主君。その主君の危機に動かぬ腰抜けになるくらいなら、汚泥にまみれた帝国もろとも滅びるまでだ」
あいかわらず言っていることが凄惨なのよね。お義兄様にはぜひ、領民に添う、という考え方を少しはもって貰わなくては。
「アシュレイお姉さ…わたくし、はそれを望みませんわ、テオドア様」
ほら、マリアが恐ろしさのあまり地を出しちゃったじゃないの。
「仕方ない。ほかならぬアシュレイの願いならばな」
ゴーウィンは砂地に頬を押し付けられながら、体を捩って抵抗した。
「それと俺がこんなかっこうになっていることに、何の関係があるのだ!」
ん?とマリアはゴーウィンを見下ろした。
「ありますわよ?」
それから、いつのまに侯爵家から取り寄せたのか、一冊のノートを手にした。
「『4月14日 晴天。ゴーウィンさんはミュシャと二人きりで連れだって城下へ。アシュレイお姉様は護衛がいないため、本日もテオドア様が迎えにみえるまでお教室で教授と二人きり。危険なのでわたくしは扉の前に控えておく』」
読み上げ始めたのは、マリアがつけたノートのうち、ゴーウィンのことを書き留めた部分だ。
「『6月20日 雨。ゴーウィンさんは見習いなのに随分とお金があるようだ。今日もミュシャに購買部で持ち手に花のかたちの飾りが沢山ある、高価なペンを買い与えている。アシュレイお姉様が絶対お買いにならないような派手で悪趣味なもの』」
その文に、ゴーウィンが地面の砂に噛みつくようにして叫んだ。
「なんと生意気な!あれは皇后となるミュシャにふさわしい物だったんだぞ!」
チッ、とお義兄様は舌打ちして、押さえつける力を強めたのでゴーウィンの顔はさらに地面にめり込んだ。
「私はただ、かわいい後輩が見たものを読み上げているだけですわ。『7月1日 くもり 今日のアシュレイお姉様は一段とお美しい。おつきの侍女に尋ねたところ、天文台から外部講師のかたをご案内するために、今日は頑張って二時間早起きして、みがきあげてきたのですって。ため息がでるほど輝いていたわ』」
いま、全然いらない情報をさらりと挟んだわね。しかもこれでは私が自画自賛したみたいになってる。穴があったら入りたい…。
「『ゴーウィンさんは、騎士見習いの仲間から随分慕われているみたい。私がお父様に薬品を届けに行ったとき、お父様のところに見習いの二人が喧嘩の怪我でおみえになっていたわ。なんでも、ゴーウィンさんから弟さんの学費のためにと買い取った家宝のイヤリングの片方について、自分だけが貰った、いやそれは自分だけだ、と決闘騒ぎになったらしい。男性同士でもそんなことがあるだなんて。驚きだわ。でも、リズにきいたら騎士見習いのなかには、パートナーを探しに来るそうした向きの方も多いのだとか』」
ホホホ、とマリアが笑った。なぜかお義兄様はゴーウィンの手をはなし、マリアのほうへ歩いてゆく。
「貴方は随分色々なかたに、おうちの家宝を譲ってらしたようね?しかも、皆に『お前だけが特別だ』と仰って、二人きりの密室でぴったりと密着して?それって誰に教わったのかしら?やりかたがミュシャにそっくり」
お義兄様はマリアの手をとり、なんとか立ち上がったゴーウィンを睨み付けた。
「騎士見習いは身分にかかわらず登用される。お前に貢ぐために大金を工面し、身を持ち崩したものもいる」
ふふん、とゴーウィンはわらった。
「騎士は貴婦人に仕えるもの。邪な欲に惑わされたヤツが悪いのだ」
胸が悪い。ただ粗暴なだけと思っていたけれど、ここまでひどいとは思わなかったわ。マリアがゴーウィンから目をそむけた。
「薄汚い詐欺師に似合いの舞台を用意してやったぞ」
お義兄様はマリアの手を引き、回廊の向こうへ去る。去り際、どこかに合図をすると、練武場の全ての扉がひらかれ、武器を手にした屈強な男たちが大勢なだれ込んできた。みな半裸に近いかっこうで、なにか目の焦点があっておらず、なかには下衣姿のものまでいる。
「お前がかつて騙した男たちだ。幸いここは屋敷のはずれで、どんな声をあげても屋敷のものに聞こえることはない。ゴーウィン、存分にあいつらの思いの丈を受けとめてやるんだな」
急ごう、とお義兄様はマリアの手をひいて、回廊の向こうへと去っていった。重い扉が閉まる音が聞こえた。そこでふわりと私の視点も高い所へとのぼってゆく。ミルラが上空へと飛びあがったのだ。
ゴーウィンが湯気をあげている半裸の男たちの群れに飲み込まれてゆくのが、ちらりと遠目にみえた。
そういうと、ちょっと困ったようにその辺りを飛び回る。
「剣はきかなくても倒す方法を知っているのね?教えてくれないの?」
私は追いかけていき、ミルラに手をのばした。
「……いいけど、ただではだめかな」
「ミルクやお菓子じゃダメってこと?」
そうたずねると、うん、とミルラはうなづいた。
「あのさ、どっちにせよもしそれが成功したら、俺はお別れだからさ」
え、と私はミルラを見上げる。
「どういうことなの?」
けれど、ミルラはちょこまかと飛び回っていて全く表情がみえない。
「そんで、お礼をくれるの、くれないの?」
何をあげればいいのか皆目見当もつかない。ミルラは至極真面目な顔をしてもどってきて、私の両頬に手をつく。
「なにをあげればいいの?」
私が尋ねると、ミルラはなんだか悲しそうにしながら、うん、とうなづいた。
「俺のこと、絵に描いてもらえないかな」
絵に?と私は首をかしげた。
「絵に描いたらさ、いなくなっても覚えててもらえるからさ」
ミルラはどうなってしまうの?私は急に不安になった。
「ミルラのいうお別れって、妖精の国に帰るって意味よね?それか、私の体に戻ったらみえなくなるから?」
ミルラはちょっと首を傾げてから、まあね、と言葉を濁した。
「それより、あの偽騎士だよ。気になるだろ?見てみろよ。さ、そこに横になって!」
誤魔化すようにミルラは革袋を取り出す。私はまだ聞きたいことがあるのに、と思ったけれど、いいたくなさそうなミルラに圧されてだまってベッドに横になった。
「ミルラ」
粉をかけられる寸前、私はミルラに声をかけた。
「絵くらいいくらでも描いてあげる」
それを聞いたミルラは、いつも通り、いたずらっぽい笑顔をうかべた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夢の中の私が見たのは、皇宮の騎士修練所でも公爵家の居間でもない。公爵家がもつ練兵場のうちのひとつ、砂地に大小様々な高低がつけられた、実践訓練用の広い場所だ。
そこに立っている、上背のある筋肉質な騎士。実際にはまだ騎士見習いだけれど、お父様が第二騎士団の団長だからと早いうちから皇宮の騎士と同じ練習着を着て歩き回っていたゴーウィンだ。知らなければ正式な騎士だと誤解されることも多かった。
「会わせたい方がいるというから、ミュシャ様だとおもっていたのだが、なんだお前か。ふん、死にかけているというから安堵していたのに、しぶとく生きていたか。この期に及んでなんの用だ?謝罪でもするのか?」
尊大な態度で腕組みをし、ふん、と鼻をならしたゴーウィンに貴様、とお義兄様が唸る。お前、と言われたのは私(中身はマリア)だ。
「貴方はご自分が罪人で、法を犯しているという自覚はあるのですか?私は公爵家の令嬢、あなたは城に仕える兵卒に過ぎません」
私の姿をして、紫のドレスに紺の羽扇を持ったマリアが話し始めた。怒りのせいか、緊張からか、少し早口だわ。でも、驚くほど堂々としていて、まるで本当に私がしゃべっているみたい。
いいえ、私はいまの彼女のように怒りをあらわにすることはなかったわね。
勿論呪いのせいもあったのだろうけれど、元はといえば両陛下が私をお選びになり、お義父様がそれを承諾したのだから、私のルディ殿下への気持ちなど殆どなくて、せいぜい陛下やお義父様の迷惑にならぬようにしなくては、といった程度のものだった。
だからか、ミュシャやルディ殿下と取り巻きの二人の側に行かないのが、一番賢明だと思っていた。
とくに、このゴーウィンのような狼藉者のそばへは。
「ミュシャと殿下の仲に割り込もうとした強欲女の癖に。貴族のなにが偉い!この国ではとうに貴族などよりよほど有力な商人などごまんといる!貴族など、皇帝陛下に雇われた官吏にすぎないだろう!武勲があったとしても過去の話、剣の腕でいまの私や騎士団に敵う筈もない!!」
ゴーウィンが話し終わるよりまえに、お義兄様が動いた。
ぶうん、と音をたてて振るわれる宝剣。それが、ゴーウィンの首もと近くで止まっていた。寸前のところで止まってはいるが、着ていた練習着の襟元は切り裂かれて僅かに血がにじんでいる。
「どうした?お前の剣は取り上げていない筈だが?」
ひ、とゴーウィンは息を吸い込み、襟元を触って
「よくも騎士の誇りを!前触れもなく突然切りつけるとはなんと卑怯な!」
とお義兄様を睨んだ。卑怯?私のお義兄様を卑怯といったの?この愚にもつかぬ男が??
思えばリュシリューもルディ殿下達もいままで、私のことは馬鹿にしたってお義父様やお義兄様を馬鹿にしたことはあまりなかったわ。それがこんなに腹立たしいことだなんて。
「貴方のようなつまらぬ兵卒風情が、騎士を名乗るなどとは笑わせてくれますわね!」
マリアがパチッ、と扇子をならして閉じた。
「《マリア!よく言ってくれたわ!》」
届かないと知りながら、私はついマリアを応援する。よく見るとマリアの扇子をもつ手は小さく震えている。私の代わりにとがんばってくれているのだ。
「…両陛下から、リュシリューと貴方の今後の処遇については当家にまかす、とお墨付きを頂いておりますの」
マリアはゆっくりと階をおりてテラスから闘技場へ降り立った。そのまま、ゴーウィンに近づいてゆく。
「お義父様に任せると拷問ののちにあまりに酷い殺されかたをしそうなので、お義兄様に頼んで貴方をここへ移送しました。感謝していただきたいわ」
はあ?といった風にゴーウィンは顔をしかめる。
「まだ己の罪がわかっていないようだな。お前の父は、昨日をもって職をとかれて二度と皇宮の門をくぐることも許されぬというのに」
憐れむように、お義兄様がいった。剣をおろし、かわりにゴーウィンの利き手を後ろ手にひねりあげて引き倒し、マリアの前に跪かせる。
「なぜだ!俺はただ、騎士として主君であるルディ皇太子殿下の命をうけ、ミュシャを護っていただけだ!」
「その前に陛下から、『アシュレイ・キンバリーの護衛として学園に通うように』と命じられていましたわよね?」
ゴーウィンの表情が、ごっそりとぬけおちた。
「見習いとはいえ皇宮に籍を置くものは、みな陛下の兵のはず…一介の皇子ではなくね。それともあなたはルディ殿下の私兵だというの?」
「アシュレイ、それはないだろう?それではまるでルディ殿下が、陛下に謀叛を企てていたようではないか」
まさか、とマリアは笑う。
「そんなことはありませんわよね、ゴーウィン?もしそんなことがあるなら、いまは離宮での蟄居ですんでいるルディ殿下ですけど…ねえ、お義兄様?」
肩を竦めて、おお、恐ろしい、とマリアが私の顔で言う。
「し、私兵を募って陛下に詰めよったのは貴様ら貴族の方だろう!」
ふん、とお義兄様は鼻でわらった。
「我らははじめから、キンバリーだけが主君。その主君の危機に動かぬ腰抜けになるくらいなら、汚泥にまみれた帝国もろとも滅びるまでだ」
あいかわらず言っていることが凄惨なのよね。お義兄様にはぜひ、領民に添う、という考え方を少しはもって貰わなくては。
「アシュレイお姉さ…わたくし、はそれを望みませんわ、テオドア様」
ほら、マリアが恐ろしさのあまり地を出しちゃったじゃないの。
「仕方ない。ほかならぬアシュレイの願いならばな」
ゴーウィンは砂地に頬を押し付けられながら、体を捩って抵抗した。
「それと俺がこんなかっこうになっていることに、何の関係があるのだ!」
ん?とマリアはゴーウィンを見下ろした。
「ありますわよ?」
それから、いつのまに侯爵家から取り寄せたのか、一冊のノートを手にした。
「『4月14日 晴天。ゴーウィンさんはミュシャと二人きりで連れだって城下へ。アシュレイお姉様は護衛がいないため、本日もテオドア様が迎えにみえるまでお教室で教授と二人きり。危険なのでわたくしは扉の前に控えておく』」
読み上げ始めたのは、マリアがつけたノートのうち、ゴーウィンのことを書き留めた部分だ。
「『6月20日 雨。ゴーウィンさんは見習いなのに随分とお金があるようだ。今日もミュシャに購買部で持ち手に花のかたちの飾りが沢山ある、高価なペンを買い与えている。アシュレイお姉様が絶対お買いにならないような派手で悪趣味なもの』」
その文に、ゴーウィンが地面の砂に噛みつくようにして叫んだ。
「なんと生意気な!あれは皇后となるミュシャにふさわしい物だったんだぞ!」
チッ、とお義兄様は舌打ちして、押さえつける力を強めたのでゴーウィンの顔はさらに地面にめり込んだ。
「私はただ、かわいい後輩が見たものを読み上げているだけですわ。『7月1日 くもり 今日のアシュレイお姉様は一段とお美しい。おつきの侍女に尋ねたところ、天文台から外部講師のかたをご案内するために、今日は頑張って二時間早起きして、みがきあげてきたのですって。ため息がでるほど輝いていたわ』」
いま、全然いらない情報をさらりと挟んだわね。しかもこれでは私が自画自賛したみたいになってる。穴があったら入りたい…。
「『ゴーウィンさんは、騎士見習いの仲間から随分慕われているみたい。私がお父様に薬品を届けに行ったとき、お父様のところに見習いの二人が喧嘩の怪我でおみえになっていたわ。なんでも、ゴーウィンさんから弟さんの学費のためにと買い取った家宝のイヤリングの片方について、自分だけが貰った、いやそれは自分だけだ、と決闘騒ぎになったらしい。男性同士でもそんなことがあるだなんて。驚きだわ。でも、リズにきいたら騎士見習いのなかには、パートナーを探しに来るそうした向きの方も多いのだとか』」
ホホホ、とマリアが笑った。なぜかお義兄様はゴーウィンの手をはなし、マリアのほうへ歩いてゆく。
「貴方は随分色々なかたに、おうちの家宝を譲ってらしたようね?しかも、皆に『お前だけが特別だ』と仰って、二人きりの密室でぴったりと密着して?それって誰に教わったのかしら?やりかたがミュシャにそっくり」
お義兄様はマリアの手をとり、なんとか立ち上がったゴーウィンを睨み付けた。
「騎士見習いは身分にかかわらず登用される。お前に貢ぐために大金を工面し、身を持ち崩したものもいる」
ふふん、とゴーウィンはわらった。
「騎士は貴婦人に仕えるもの。邪な欲に惑わされたヤツが悪いのだ」
胸が悪い。ただ粗暴なだけと思っていたけれど、ここまでひどいとは思わなかったわ。マリアがゴーウィンから目をそむけた。
「薄汚い詐欺師に似合いの舞台を用意してやったぞ」
お義兄様はマリアの手を引き、回廊の向こうへ去る。去り際、どこかに合図をすると、練武場の全ての扉がひらかれ、武器を手にした屈強な男たちが大勢なだれ込んできた。みな半裸に近いかっこうで、なにか目の焦点があっておらず、なかには下衣姿のものまでいる。
「お前がかつて騙した男たちだ。幸いここは屋敷のはずれで、どんな声をあげても屋敷のものに聞こえることはない。ゴーウィン、存分にあいつらの思いの丈を受けとめてやるんだな」
急ごう、とお義兄様はマリアの手をひいて、回廊の向こうへと去っていった。重い扉が閉まる音が聞こえた。そこでふわりと私の視点も高い所へとのぼってゆく。ミルラが上空へと飛びあがったのだ。
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