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番外 皇太子の備忘録
レイノルズの花嫁
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私とアイリスは、連れだって小道を歩いていた。
秋のはじまりを感じるような、芳しい香りの薔薇園のそばで、アイリスは立ち止まった。
「私は、ルーファスを犬の名前だと勘違いしたことがありますの」
苦い笑いをうかべると、アイリスは、あのころの私は、すごくへんな女の子でしたわね、とうつむいた。
「ルーファスは、それでも私を淑女のように扱ってくれて。侍従見習いとしては、彼もだいぶ変わっていたとおもうの」
アイリス、と私はできるだけ静かに話しかけた。
「君はずっと悲しげなんだ。ご両親のことや、おかれていた環境のせいかと思っていたが…なにか他に理由があるのかな?」
アイリスは驚き、目を見開いた。
「だれか、きみを悲しませるひとがいるの?」
私にとってそれは、レンブラントを追い詰めたのとおなじくらい危険な質問だった。
「殿下、流星に会っていってくださりませね」
優しく、はぐらかされた。
「流星は、じき、目が全く見えなくなります。その前に、できるだけ会っておきたいの」
そういうと、私の手を握ってあるきだした。
「アイリス」
つい咎めるような声音になってしまった。
「厩についたらおこたえしますわ」
静かに宥めるように言われて、しかたなくついてゆく。
「アイリス待って、この橋は腐っている」
茂みをぬけたところで、小川にかかった古めかしい木の板に気づいた。
「去年は平気だったのに」
立ち止まったアイリスを追い越し、小川を飛び越えて振り返り、手を差し出した。
「アイリス、私を信じて」
そういうと、アイリスはきょとんとしたあと、急にわらいだした。
「ありがとうございます殿下」
アイリスも川を飛び越え、わたしたちは厩へついた。
流星はアイリスが来たことで、とても嬉しそうだった。持ち主ににるのか、流星もよほどのことがないと感情を表にださない。
「ごめんなさいね、ずっとここに繋いでばかりで」
アイリスは話しながらブラシをかけていた。
私もてつだって、ブラシがおわれば飼葉をあたえてやる。ちらりと彼女をみると、アイリスもまたこちらをみていた。
ひとしきり汗を流してから厩の外に出ると、ちょうど日が沈んで、夕焼けと夜とがまじりあう時間になっていた。
紫と赤と、オレンジがまじりあい、夏の丘陵地を染めていた。わたしたちは立ち止まり、暫くのあいだそれをながめていた。
「殿下、私が悲しげだとしたら、それは誰のせいでもありません」
アイリスは囁くほどの声音で、言った。
「私の秘めていることを、お聞きになれば、誰もがきっとわたくしを、頭のおかしな女とお思いになります……それが、心苦しく悲しいのです」
そう言ってからうつむき、何も言ってくれなくなった。
「アイリス、ねえ……君が思うより私は、君のことを知っているかもしれない。きみは、たしかに内気だし、全然誰とも打ち解けないから友達が少ないけど、物凄く正義感が強いし、一度友達になったらとても楽しいひとだ。ちょっと父親に夢を見すぎてる気もする。あと、かわいい生き物が大好きだし、キレイな花も、ドレスもお菓子も大好きだ…あと…」
ルーファスが、と言う前に、彼女はぱっと飛びついてきた。飛びついて、私の唇にやわらかな感触が残った。
「そこまでわたくしをご存じなら、何も申し上げることはありません!」
アイリスは真っ赤になって駆け出した。あわてて私も彼女をおいかけた。
秋の終わりには婚礼の準備がととのう。
レイノルズ公爵令嬢、アイリス・マリアンナ・レイノルズ。
かつてレイノルズの悪魔と呼ばれた、いまは社交界随一の淑女の、婚礼が。
千の絹と万のレースに彩られた彼女は、そののちレイノルズの花嫁として、長く少女たちの憧れでありつづけた。
終わり
秋のはじまりを感じるような、芳しい香りの薔薇園のそばで、アイリスは立ち止まった。
「私は、ルーファスを犬の名前だと勘違いしたことがありますの」
苦い笑いをうかべると、アイリスは、あのころの私は、すごくへんな女の子でしたわね、とうつむいた。
「ルーファスは、それでも私を淑女のように扱ってくれて。侍従見習いとしては、彼もだいぶ変わっていたとおもうの」
アイリス、と私はできるだけ静かに話しかけた。
「君はずっと悲しげなんだ。ご両親のことや、おかれていた環境のせいかと思っていたが…なにか他に理由があるのかな?」
アイリスは驚き、目を見開いた。
「だれか、きみを悲しませるひとがいるの?」
私にとってそれは、レンブラントを追い詰めたのとおなじくらい危険な質問だった。
「殿下、流星に会っていってくださりませね」
優しく、はぐらかされた。
「流星は、じき、目が全く見えなくなります。その前に、できるだけ会っておきたいの」
そういうと、私の手を握ってあるきだした。
「アイリス」
つい咎めるような声音になってしまった。
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「去年は平気だったのに」
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「アイリス、私を信じて」
そういうと、アイリスはきょとんとしたあと、急にわらいだした。
「ありがとうございます殿下」
アイリスも川を飛び越え、わたしたちは厩へついた。
流星はアイリスが来たことで、とても嬉しそうだった。持ち主ににるのか、流星もよほどのことがないと感情を表にださない。
「ごめんなさいね、ずっとここに繋いでばかりで」
アイリスは話しながらブラシをかけていた。
私もてつだって、ブラシがおわれば飼葉をあたえてやる。ちらりと彼女をみると、アイリスもまたこちらをみていた。
ひとしきり汗を流してから厩の外に出ると、ちょうど日が沈んで、夕焼けと夜とがまじりあう時間になっていた。
紫と赤と、オレンジがまじりあい、夏の丘陵地を染めていた。わたしたちは立ち止まり、暫くのあいだそれをながめていた。
「殿下、私が悲しげだとしたら、それは誰のせいでもありません」
アイリスは囁くほどの声音で、言った。
「私の秘めていることを、お聞きになれば、誰もがきっとわたくしを、頭のおかしな女とお思いになります……それが、心苦しく悲しいのです」
そう言ってからうつむき、何も言ってくれなくなった。
「アイリス、ねえ……君が思うより私は、君のことを知っているかもしれない。きみは、たしかに内気だし、全然誰とも打ち解けないから友達が少ないけど、物凄く正義感が強いし、一度友達になったらとても楽しいひとだ。ちょっと父親に夢を見すぎてる気もする。あと、かわいい生き物が大好きだし、キレイな花も、ドレスもお菓子も大好きだ…あと…」
ルーファスが、と言う前に、彼女はぱっと飛びついてきた。飛びついて、私の唇にやわらかな感触が残った。
「そこまでわたくしをご存じなら、何も申し上げることはありません!」
アイリスは真っ赤になって駆け出した。あわてて私も彼女をおいかけた。
秋の終わりには婚礼の準備がととのう。
レイノルズ公爵令嬢、アイリス・マリアンナ・レイノルズ。
かつてレイノルズの悪魔と呼ばれた、いまは社交界随一の淑女の、婚礼が。
千の絹と万のレースに彩られた彼女は、そののちレイノルズの花嫁として、長く少女たちの憧れでありつづけた。
終わり
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